大手企業で、従業員が会社のお金を不正に着服する事案が相次いでいます。
3月3日には、楽天モバイルの元従業員が詐欺の被疑事実で逮捕されました。
4月10日には、クボタの子会社の元従業員が業務上横領の被疑事実で逮捕されました。
今回は、従業員が金銭を着服する事案が発生してしまう原因や、それに対する役員の責任を分析します。
従業員が金銭を不正に着服する原因
なぜ従業員は懲戒解雇でクビになるリスクや刑事罰を受けるリスクを冒してまで会社の金銭を不正に着服してしまうのでしょうか?
過去の事例を分析すると、従業員が金銭を不正に着服する原因は、2つの角度から整理できるように思います。
- 従業員個人の金銭に対する欲求が高い(従業員側の原因)
- 会社が不正に着服されることを想定した組織・体制を作っていない(会社側の原因)
1.金銭に対する欲求が高い
ひとつ目は、そのままです。お金が欲しい人の目の前に大金があったために、手をつけてしまったケースです。
お金が欲しいというのも、いくつかパターンがあります。
1.1競馬やパチンコ、キャバクラ通い、ブランド物購入などで遊ぶ金が欲しいパターン
冒頭に挙げた楽天モバイルやクボタの事例がこのパターンです。
1.2投資にハマったパターン
マクドナルドの社員が、2019年、7億円を業務上横領したケースは、投資に充てたパターンです。その後、懲役9年の実刑判決を言い渡されています。
医療用人工知能の開発をするエルピクセルの元取締役は、投資の資金ほしさのために33億5000万円を業務上横領したことで、懲役11年の実刑判決を言い渡されています。
1.3「推し」に使うパターン
最近の傾向としては、アイドルグッズの購入に使うパターンもあります。
2.会社が着服されることを想定した組織・体制を整えていない
従業員が金銭を不正に着服する原因の2つめは、会社が着服されることを想定した組織・体制を作っていないケースです。
2.1権限を持っている者が不正をすることを想定していないパターン
権限を持っている者が必ず不正をするわけではありません。
しかし、現実問題として、一番不正をしやすいポジションにいるので、不正に手を染めてしまう人が現れやすいです。
日本マクドナルドの事例では、「財務税務IR部統括マネージャー」として、小切手の作成や取引先への送金を担当していた者が横領しました。
日本食品化工の事例では、経理部門管理職が保管していた現金や小切手、キャッシュカードを無断で持ち出すなどして横領しました。
2.2長期間異動しないので他からの牽制が効かないパターン
権限を持っている者が長期間異動していない場合には、他からの牽制が効かないので、なおさら不正が起きがちです。
グローリーの子会社では、経理担当者が13年間にわたって総額21億円を超える横領をしていました。
役員の責任
従業員が不正に着服する業務上横領事件が発生したとき、それを予防できなかった取締役、監査役には責任はあるでしょうか。
これは内部統制、ガバナンスと呼ばれる問題です。
内部統制、ガバナンスの整備義務
会社法は、取締役、取締役会に、こうした不正を予防するように内部統制を整備することを義務づけています(業務適正確保体制整備義務といいます)。
そのため、何も体制を整備していなければ、取締役、取締役会は義務を果たしていないことになります。
従業員の業務上横領によって会社に損害が発生したときに、監査役や株主が取締役を訴えることがあれば、取締役、取締役会はその損害を賠償する義務を負います。
もっとも、現在、何ら体制を整備していない会社というのは稀です。
業務上横領が問題になったどの会社も金銭や印鑑、カードなどの管理体制、管理権限などは一応整えていたはずです。
そのため、整備していないことを理由に取締役の責任が認められることはほぼありません。
内部統制、ガバナンスの程度は十分なのか
現在では、取締役に責任があるかどうかは、一応の体制は整えられているとの前提で、その体制は十分な内容を整えていたのか、機能していたのかによって判断されることがほとんどです。
これが問題になったのが日本システム技術事件という最高裁判例(2009年7月9日)です。
事案の概要は次のとおりでした。
- 事業部長(※営業部門)は部下の営業職に取引先との契約書を偽造することを指示し、部下は契約書を偽造した(契約書に使用する印鑑から偽造した)。
- 事業部は偽造した契約書に基づいて売上があがったことにしてビジネスマネージメント課を通じて財務部門で処理。財務部門はその数字をもとに決算処理して開示。
- 契約書の偽造が発覚したので、売上等決算の数字が下方修正された。
- 株主は、これを予防できなかったことを理由に、取締役に損害賠償請求した。
結論から言うと、取締役は責任は免れました。その理由は、3つあります。
- 通常想定される架空売上の計上等の不正行為を防止し得る程度の管理体制は整えていた
- (印鑑を偽造してまでの契約書の偽造は)通常容易に想定し難い方法であった
- 本件以前に同様の手法による不正行為もなかったため、本件不正行為の発生を予見すべきであったという特別な事情も見当たらない
要は、体制は整備され、その内容も一定程度の水準に達しているから、取締役には責任がないという結論です。
日本システム技術事件の判例から学ぶべきこと
この日本システム技術事件の判例を参考にして、取締役は自社の内部統制の内容を見直してほしいと思います。
ここからは、どのように見直したらよいかを見ていきます。
「通常想定される不正行為を防止できる程度の管理体制」として必要なこと
この判例によれば、取締役、取締役会は、通常想定される不正行為を防止できる程度には管理体制を整備することが求められています。
従業員が金銭を不正に着服するのは、上記のとおり、いくつかのパターンに整理できます。
要するに、これらのパターンによる着服は「通常想定できる」不正です。
そのため、これらのパターンによる着服を「防止できる程度」の体制は整備しなければならないことになります。
例えば、浪費癖がある従業員、投資を行っている従業員は、金銭の管理をする立場に置いてはいけない、ということが言えます。
また、権限を持っている者が不正をすることを防ぐように、金銭の取扱いについてはダブルチェック体制にする、長期間同じ者が業務を担当しないように異動させることが必要である、ということも言えます。
「通常想定しがたい方法」とは
「通常」というのは、時々刻々アップデートされます。
新聞やニュースで新しい着服のパターンが報じられれば、その時点で、その新しいパターンも「通常予想できる不正」になります。
そうなれば、その時点で、新しいパターンの着服を防止できる程度の体制にアップデートしなければならないのです。
アイドルなどの「推し」に注ぐためにお金が欲しかったというニュースが報じられたら、「推し」がいるような趣味にハマっている者は金銭の取扱いからは外す、あるいは厳しく管理することが望ましいということです。
「本件以前に同様の手法による不正行為がなかった」
判例では、本件以前に同様の手法による不正行為がなかったことが、取締役の責任を免れる要素になっています。
裏を返せば、同様の手法での不正が再発したときには、取締役に内部統制上の責任がある、ということです。
これは、自分の会社で起きた過去の懲戒事例を参考にしてください。
過去に金銭を着服した懲戒事例があったなら、その手法を分析して、「このパターンは、今の組織・体制では防げるのか」を確認してください。
防げないようならアップデートが必要ということです。
2022年2月には、山形県新庄市で職員が下水道受益者負担金・分担金を横領したケースでは、過去に横領を起こした後に一度現金を取り扱う業務から外しましたが、所属部署の業務が忙しくなったことから再び現金を扱わせたら約4か月後には横領を開始しました。
このケースは、「通常想定される不正行為を防止できる程度」の管理体制を整備していなかった、あるいは「本件以前に同様の手法による不正行為」があった、と言ってよいでしょう。
市で起きたケースなので取締役の責任という問題は生じませんが、しかし、企業が参考にできるケースだと思います。
まとめ
従業員が金銭を不正に着服する原因はある程度パターン化できます。
取締役、取締役会は、
- お金に困っている従業員は、お金を取扱い・管理するポジションには置かない
- 長期間同じ人物をお金を管理するポジションに居続けさせないなど
金銭の不正が起きないよう配慮をしてください。
なにもしなかったときには、いざ不正が起きたときに取締役の責任なってしまいます。
なお、取締役相互の監視監督については、別の記事に書いています。