こんにちは。弁護士の浅見隆行です。
歯科矯正サービス(マウスピース?)を提供する会社「Oh my teeth」が配布したポスティング広告のデザインが、ヤマト運輸の不在連絡票に酷似しているとSNSで話題になりました。
SNSで話題になった不在連絡票に酷似したポスティング広告のデザイン
きっかけとなったSNSの投稿はこちらです(個人アカウントのようなので、あえてアカウント名は消しています)。

これを受け、同社は2025年3月6日付けで公式サイトに謝罪文を掲載し、ポスティング広告の配布を停止することを明らかにしました。

不在連絡票に酷似したポスティング広告の法的問題点
「迷惑」との指摘を受け、SNSでも話題になったことを受けてただちに対応した危機管理は十分評価できます。
今回のケースが法的な問題点がどこにあるか、もっと言えば、社内でこのようなデザインの広告を企画したときに検討することが求められた点はどこにあるでしょうか。
法的には
- 不正競争防止法の周知表示混同惹起行為あるいは形態模倣行為に該当するか?
- 「宅急便」との表現を使ったことが商標権侵害になるか?
- ヤマト運輸の不在連絡票のデザインに酷似していることは著作権侵害になるか?
などが検討すべき問題点として考えられます。
以下では主に不正競争防止法について検討して、商標権と著作権は簡単に触れるに留めます。
不正競争防止法の周知表示混同惹起行為・形態模倣行為に当たるか?
今回のポスティング広告のデザインは、ヤマト運輸の不在連絡票に酷似しているとの声が多く見られました。
こうした他社のデザインを模したポスティング広告を作成するときには、不正競争防止法の周知表示混同惹起行為あるいは形態模倣行為に当たるのかは検討しなければなりません。
周知表示混同惹起行為に当たらない可能性
不正競争防止法が混同惹起行為の規制対象としている「商品等表示」とは、商品の出所・営業の主体を示す表示をいい、具体的には、人の業務に係る氏名、商号、商標等をいいます。
そのため、自他識別力又は出所表示機能を有するものであることが必要で、表示が、単に用途や内容を表示するにすぎない場合は「商品等表示」には該当しません。
ヤマト運輸の不在連絡票のデザインは黄色と黒と白の配置、書式、書体、ギザギザの形状など特徴的なので、それ自体がヤマト運輸の不在連絡票であると自他識別機能(他の運送会社の不在票とは区別できる能力)を備えていると言えるでしょう(写真はヤマト運輸のサイトから引用)。

問題となっているポスティング広告のデザインは黄色と黒と白の配置、書式、書体などは、ヤマト運輸の不在連絡票に類似しています。
しかしながら、不在連絡票として使用するためにヤマト運輸の不在連絡票と類似したデザインを表示したのではなく、歯科矯正サービスのポスティング広告のデザインとして表示しているので、運送会社として誤認させたり、ヤマト運輸の関係会社(同一グループ)と誤認させたわけではありません。
そうすると、法的には「混同を生じさせる」とまでは言えません。
ヤンマーラーメン事件
この参考になるのが、ヤンマーラーメン事件(大阪高判1972年2月29日)です。
農業用や船舶用等の各種ディーゼルエンジンの製造販売メーカーとして国内で周知なヤンマーディーゼルが、インスタントラーメンに「ヤンマーラーメン」等の表示を使用し、宣伝広告している行為を周知表示混同惹起行為として差止めようとしたのです。
しかし、裁判所は、以下の理由によって、「混同」には当たらないと判断しました。
不正競争防止法(旧)一条一号、二号の『混同』については、単に文字的、数学的な基準によることなく、当該表示の使用方法、態様等諸般の事情に照らし、かつ、取引界の実情、並びに常識ある普通人の取引上における客観的注意を標準として、具体的に評価判断すべきものである(それは単なる事実問題ではなく法律問題である。)こと前記のとおりであるから、たとえ前記各調査の結果、『事実上の混同』を肯定する比較的多数人の回答ないし統計的数値が得られたとしても、直ちに右法条の『混同』を認めうるものでない。
どういうことかというと、ヤンマーの部分は共通していても、「ヤンマーラーメン」という表示の使用方法、使用態様と、常識ある普通の人が注意すれば、ヤンマーラーメンをディーゼルエンジンメーカーのヤンマーディーゼルとは誤認しないから、「混同」ではない、ということです。
これを参考にすれば、ポスティング広告は一見するとヤマト運輸の不在連絡票に見えるけれど、内容を読めば、運送会社であるとは誤認しないし、ヤマト運輸のグループ会社とも誤認しないから、「混同」しない、と考えることができます。
もちろん、一見してヤマト運輸の不在連絡票かと思って手に取らせること自体が「誤認混同」した結果であるという主張もできないわけではありません。
裁判しないと決着はつきません。
形態模倣行為に当たらない可能性
ポスティング広告のデザインはヤマト運輸の不在連絡票に酷似していることから、形態を模倣しているようにも見えます(「模倣」とは、他人の商品の形態に依拠して、これと実質的に同一の形態の商品を作り出すことを言います)。
しかし、不正競争防止法が形態模倣行為として禁じているのは「他人の商品の形態を模倣した商品」です。
模倣される「商品」と模倣した「商品」とが同一であることを前提にしていると考えて良いでしょう。
ところが、問題になったポスティング広告は広告物・宣伝物であって、運送会社の不在連絡票であって別ものです。
そうすると、「他人の商品の形態を模倣した商品」には当たらないように思います。
商標権侵害には該当しない可能性
ヤマト運輸は「宅急便」を商標登録しています。
ポスティング広告では「種別」の欄に「宅急便」がチェック項目として列挙されているに留まります。
「宅急便」との用語を、他社と識別するために使用する商標的使用をしているとは言いがたいです。
そのため、商標権侵害には該当しない可能性が高いです。
著作権侵害にもならない可能性
ヤマト運輸の不在連絡票は、黄色と黒と白を配分したデザインは特徴的ではありますが、そのほかは、書式に必要な項目の配置に創作性は乏しく、書体はゴシック系、内容も事実が書かれているだけです。
そうすると、そもそも著作物と言えるのかも微妙ではないかと思います。
法的に許される余地があるとしても予防的危機管理の観点からどうなのか
このように検討すると、今回のポスティング広告は違法性は低いかもしれません。
むしろ、ここまで話題になったことで多くの人に認知してもらう広告に求められる役割を十分果たしたかもしれません。
ただその一方で、このポスティング広告が歯科矯正サービスを提供する会社の企業価値の向上に貢献したかと言えば、むしろ企業価値を低下させたようにも思います。
会社の知名度アップには多少貢献したかもしれないけれども、他社(ヤマト運輸)の権利への尊重が不足しているのではないか、こうまでして手に取らせたいか(潜在的な顧客の時間と手間を奪っている)などの批判も見られました。
もちろん、石橋を叩いて渡るような企画広告ばかりではつまらない内容になってしまうので、こうしたチャレンジする姿勢は評価できます。
しかし、本来なら、社内で企画したときに「人に手に取ってもらうために、こういうデザインどうだろうか」とのプラスの側面だけでなく、ヤマト運輸からの反響や世の中の人たちからの批判があることを想定して、予防的な危機管理として「止めた方が良いのでは」という意思決定をして欲しかったところです。