全樹脂電池に関する軍事転用可能な技術情報が中国に流出した可能性。株主・経営権の変更に伴う技術流出の仕組みと海外の実例紹介。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2025年2月27日に開催された衆議院予算委員会分科会にて、全樹脂電池を開発するAPB社の電池素材や生産設備に関する技術情報が中国企業に流出した可能性があることが質問されました。

軍事転用可能な技術情報の流出であり、国の安全保障に関わる事案のはずですが、あまり注目されていません。

この件については、2024年6月にもネットでは報じられています。

APB社からの全樹脂電池の技術情報流出の可能性

報道によると、全樹脂電池の技術情報が中国に流出した可能性があると指摘されているのは、次の内容です。

  • 福井県に本社を置くAPB社は、2018年10月に元日産の技術者堀江氏によって設立され、次世代の全樹脂電池を研究開発している
    • 全樹脂電池は、従来型に比べて発火や爆発のリスクを大幅に低減させる一方、容量は従来型の約2倍で生産コストも半減できる。安全性や機能性が高まり、次世代潜水艦への搭載も検討されている
  • APB社の研究パートナーでもある三洋化成工業が出資していたが、三洋化成工業は2021年に社長が交代し、2022年にAPB社の株式をTRIPLE-1(トリプルワン)に譲渡(トリプルワンの保有割合は35%)
  • 2023年3月、トリプルワンがHUAWEI日本の副社長、本部長、技術者ら4名とともにAPB社の工場を見学し、電池材料や生産設備などを視察
  • それ以降もトリプルワンの取締役から詳細な技術情報を問い合わせが頻繁にあり、この過程で中国側に情報が漏れた可能性がある

なお、報道では経営権(代表権)を巡る争いも繰り広げられているようで、それはそれで興味がありますが、今回はあくまでも情報漏えいの可能性に的を絞ります。

株主・経営権の変更による技術流出(未遂)の海外実例

APB社からトリプルワンやHUAWEIを通じて技術情報が中国に流出したかどうかはわかりません。

しかし、APB社のように軍事転用可能な技術情報を持っている会社の株式・経営権を他社や海外企業が買収するなどの方法で取得し、他社や海外企業に技術情報が流出するケースは決して珍しいことではありません。

こうした事態を想定して、ドイツとイギリスは軍事転用されるおそれがある技術や情報を保有している企業が中国企業から投資・買収されることを国として予防しています。国の危機管理が優れています。

以下では、中国企業からの買収を、ドイツ・イギリスの政府が予防がした実例をご紹介します。

中国航天科工集団によるドイツIMST買収未遂

2020年12月に、軍需関連の中国国有企業である中国航天科工集団(CASIC)が子会社を通じてドイツの衛星・レーダー関連技術企業IMSTを買収しようとしたケースがありました。

このケースでは、IMSTがドイツの地球観測衛星向けに重要な部品を開発しているため、買収されるとノウハウが中国に流出し軍事用途に活用される可能性があること、IMSTは商用無線技術の分野に従事しており将来技術にも携わっていることなどを理由に、ドイツ政府が安全保障を理由に対外経済法(AWG)に基づいて買収を阻止しました。

中国企業が買収の表に出てくるのではなく、子会社を通じて買収しようとしてくる点が狡猾です。

次に紹介する2つのケースも子会社を通じて買収しようとしました。しかも、海外の完全子会社を通じて買収しようとして、中国企業による買収であることを隠そうとした狡猾な買収です。

中国賽微電子によるドイツエルモス・セミコンダクター半導体生産ライン買収未遂

2022年11月には、中国の半導体メーカーの賽微電子(SMEI)が、100%子会社のスウェーデンのサイレックス・マイクロシステムズを通じて、ドイツの車載用半導体メーカーのエルモス・セミコンダクターからドイツ国内の半導体生産ラインを買収しようとしたケースもありました。

このケースも、子会社を通じた買収ですが、スウェーデンの海外子会社を装うことで中国への技術情報の流出を隠していました。

このケースでも、ドイツ政府は、技術と経済の主導権を守るとの理由で買収を阻止しました。

中国ウイングテックによるイギリスニューポート・ウエハー・ファブのマイクロチップ工場買収未遂

中国の半導体製造企業ウイングテックが、100%子会社であるオランダの半導体製造企業ネクスペリアを通じて、ウェールズのマイクロチップ工場ニューポート・ウエハー・ファブの買収しようとしたケースもありました。

このケースも、海外子会社を通じた買収であり、エルモス・セミコンダクターのケースと同じパターンと言えます。

このケースでは、2022年11月16日に、イギリス政府が、安全保障を理由に国家安全保障・投資法に基づく買収撤回命令を出しています。

日本の場合

日本では、経営に瀕している国内企業が中国企業に買収される事例が増加しています。

特に、2006 年に中国政府が「走出去」を打ち出してから中国企業による海外直接投資の事例は、急造しています。

しかし、日本では、現時点では、軍事転用可能な技術情報が流出するリスクを伴う、海外企業による株式・経営権の取得を阻止する法律がありません。

ようやく輸出管理を強化する検討を開始したくらい問題意識が低すぎます。

そのためには、日本の企業は自衛策として

  • そもそも中国資本の企業が出資や買収に名乗りを上げてきたときには、それに応じるか否かを見極める
  • 一見すると日本企業が名乗り上げてきたときでも、その企業の裏にはどんな勢力が存在するのかをしっかりと調査する必要があります。
  • 技術流出しそうな相手に買収されそうな場合(一部の株主が技術流出しそうな企業に保有している株式を譲渡する場合)に備えて、買収防衛策を導入する(株式譲渡制限会社にする)

を心しておく必要があります。

先に挙げたドイツやイギリスの例を見ると、中国ではない海外の子会社からの買収提案であっても、裏に中国企業がいるのではないかと疑って、相手を徹底かつ慎重に調査することは不可避です。

株主も、自分が保有している株式を高く購入してくれそうだからと目先の利益に飛びついて買収提案に応じるのではなく、株式を譲渡した後の展開を想像して自分を律して欲しいです。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。

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