こんにちは。弁護士の浅見隆行です。
大阪高裁は2025年1月23日、社会福祉法人滋賀県社会福祉協議会が、技術職として職種・業務内容を限定して雇用した男性に対し、個別的合意なしに、総務課施設管理担当への配置転換を命じたことを違法と判断した最高裁判決(2024年4月26日)に基づき、社会福祉法人に88万円の支払いを命じました。
第1審(京都地判2022年4月27日)、控訴審(大阪高判2022年11月24日)は配転命令を適法としたものの、一転して最高裁は違法と判断しました。
判断が分かれた理由について配転命令の基本的なルールを確認したうえで、2023年の労働基準規則改正を踏まえた今後の実務への影響を確認します。
配転命令の基本的なルール
東亜ペイント事件判決(最判1986年7月14日)
配転命令に関する基本的なルールは、東亜ペイント事件判決が実務上の基準です。
上告会社の労働協約及び就業規則には、上告会社は業務上の都合により従業員に転勤を命ずることができる旨の定めがあり、現に上告会社では、全国に十数か所の営業所等を置き、その間において従業員、特に営業担当者の転勤を頻繁に行っており、被上告人は大学卒業資格の営業担当者として上告会社に入社したもので、両者の間で労働契約が成立した際にも勤務地を大阪に限定する旨の合意はなされなかったという前記事情の下においては、上告会社は個別的同意なしに被上告人の勤務場所を決定し、これに転勤を命じて労務の提供を求める権限を有する
使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を併う転勤は、一般に、労働者の生活開係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである
ポイントは2点です。
- 第1に、労働協約、就業規則、労働契約での個別的合意がなければ、使用者である会社には配転命令権が発生しない
- 第2に、配転命令権の行使は無制約ではなく、配転命令権は業務上の必要性がない場合、または必要性があっても他の不当な動機・目的によるときや、労働者が通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるときなどは転勤命令は権利濫用になる
ということです。
労働協約、就業規則、労働契約での個別的合意のいずれかがなければ、そもそも使用者である会社は配転を命じる権限すらないということが大前提です。
余談ですが・・
私が司法試験(旧司法試験)に合格した当時は、論文試験の受験科目が憲法、民法、刑法、商法のほかは、民事訴訟法と刑事訴訟法のいずれか1つまたは両方を選び、1つしか選ばなかったときには破産法、刑事政策、労働法、国際公法、国際私法、行政法からいずれか1つを選ぶ、合計6科目でした。
私は刑事訴訟法+労働法を選択していたので、受験生当時、東亜ペイント事件は何度も答練(答案練習会≒模試)で書いた思い出があります。
社会福祉法人滋賀県社会福祉協議会事件判決(最判2024年4月26日)
閑話休題。
差戻審の元になった最高裁判決も、東亜ペイント事件の判決の延長線上にあります。
最高裁判決は、まず、以下の事実を認定しました。
- 滋賀県福祉用具センターは、福祉用具について、その展示及び普及、利用者からの相談に基づく改造及び製作並びに技術の開発等の業務を行っている
- 福祉用具センターが開設されてから2003年3月までは財団法人滋賀県レイカディア振興財団が、同年4月以降は上記財団法人の権利義務を承継した被上告人(※社会福祉法人滋賀県社会福祉協議会)が、指定管理者等として上記業務を行っていた。
- 上告人(※男性)は、2001年3月、上記財団法人に、福祉用具センターにおける上記の改造及び製作並びに技術の開発に係る技術職として雇用されて以降、上記技術職として勤務していた。上告人と被上告人との間には、上告人の職種及び業務内容を上記技術職に限定する旨の合意があった。
- 被上告人は、上告人に対し、その同意を得ることなく、平成31年4月1日付けでの総務課施設管理担当への配置転換を命じた
上告人となった男性は、社会福祉法人滋賀県社会福祉協議会(採用当時は財団法人滋賀県レイカディア振興財団)と職種・業務内容を技術職に限定した労働契約を結んでいたことが特徴です。
この事実を踏まえて、最高裁判決は、
労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないと解される
と判断し、職種・業務内容を特定のものに限定する合意があれば、個別的合意なしには、そもそも配転命令権限がない、と判断しました。
つまり、東亜ペイント事件のポイント1とした配転命令権限の有無で判断し、ポイント2の配転命令の権利濫用に関する論点には進まなかったということです。
これに対し、1審、2審は権利の濫用か否かのポイント2で判断していました。
今後の実務への影響
雇用契約での職種、業務内容の限定の有無を確認する
上記2つの最高裁判例を見ると、今後、企業が配転を命じる際には、配転命令の対象となる労働者が職種・業務内容を限定した雇用契約を結んでいるかどうかを確認する必要があります。
雇用契約書に明示されている場合には争いになることはないと思いますが、契約書に明記がない場合には、ある程度の専門性がある職種でも職種が限定されているかは争いの対象になります。
限定しているかが争われた比較的最近なものとしては、
- 外科医について黙示の職種限定合意を認めた裁判例(岡山市立総合医療センター事件・広島高裁岡山支決2019年1月10日)
- 外傷・救急外科医について勤務場所、勤務内容の限定を認めた裁判例(市立東大阪総合医療センター・大阪地決2022年11月10日)
- 自動車製造工場で機械工として17年から24年にわたって継続して勤務したとしても、機械工以外の職種には一切就かせないとの職種限定の合意を否定した最高裁判例(日産自動車東村山工場事件・最判1989年12月7日)
などがあります。
これらの裁判例のとおり、雇用契約に職種・業務内容を限定することが明記されていない場合には、限定する合意があるかどうは判断が割れています。
「限定する合意がない」と軽々しく判断して配転を命じてしまうことがないように慎重になる必要があります。
2023年労働基準施行規則改正による「就業場所と業務の変更範囲」の明示義務
ただし、労働基準施行規則が2023年に改正され、2024年4月1日から施行されています。
これによって、使用者は労働契約の締結時に、「就業場所と業務の変更範囲」の明示することが義務づけられました。
そのため、改正を認識している企業では、今後は、雇用契約に職種・業務内容の限定が明記されていない場合は減るかもしれません。
とはいえ、今後も「雇用契約に職種・業務内容を限定することが明記されていないから、限定する合意がないから配転を命じて構わないんだ」と表面的な判断するのは早計だと思います。
無用なトラブルが生じないよう個別的合意を得ることを前提に配転を命じる方がよいでしょう。
なお、「就業場所と業務の変更範囲」に関する改正の説明内容を簡略化したリーフレットが厚労省から出ていますので、そちらも参考になるはずです。