こんにちは。弁護士の浅見隆行です。
中居正広の性的トラブル報道を発端に、現在はフジテレビが集中砲火を受けています。
フジテレビの危機管理広報の拙さとその要因については別途記事にまとめましたので、近日中にこのブログ以外の場で公開する予定です。
今回は、2025年1月17日に行われた社長による記者会見を受けて、スポンサー企業がテレビCMをACジャパンの広告に差し替えている動きの背景について、です。
社長による記者会見の失敗
2025年1月14日に持株会社のフジメディアHDの株主であるダルトン インベストメンツの関連会社ライジング・サンマネジメントが第三者委員会の設置を要求する書簡を送付したことが明らかになり、それを受けて、1月17日に社長が記者会見を行いました。
社長の記者会見は方法と内容の両方の点で失敗に終わりました。
記者会見の方法の失敗
フジテレビは「2025年1月度定例社長会見」として記者会見を行いました。
それ故に、出席できるのは全国紙やスポーツ紙が加盟する「ラジオ・テレビ記者会」や、オブザーバーとしての参加が認められたNHKと民放テレビ局などに限定し、かつ、記者クラブ加盟社でも出席できるのは1社2人まで、写真撮影も冒頭の約10分に制限し、動画撮影のほか、記者会見が終わるまで内容を報じるのも禁止しました。
「定例会見」に留まり緊急会見ではないことからフジテレビが重大事とは捉えていないこと、また、出席者やその撮影・配信方法まで限定したことから情報を積極的に公開する意思がないことがわかります。
フジテレビはこれまで多くの企業の不正・不祥事を取材してきた側です。
にもかかわらず、このような方法で記者会見をしたら炎上してしまうことを予期できたはずです。
果たして、こうした企業姿勢は世の中の人たちの期待を裏切るもので、信頼の回復にはほど遠く、SNSやメディアにはフジレテビを擁護する声はほとんど見られず、批判・非難する声であふれました。
記者会見の内容の失敗
社長は記者会見の冒頭で「第三者の弁護士を中心とする調査委員会」の設置を明らかにしました。
しかし、その後は、自分自身も調査対象になることから説明に限りがあることと予防線を張り、かつ、2023年6月初旬には性的トラブルの問題について報告を受けていたにもかかわらず、被害女性の心身の回復とプライバシーの保護を優先したためにこれまで社内調査を行わず、中居氏が出演する番組を終了することもなかったなどと説明しました。
結局のところ、社長が事態を把握していたのに調査をすることはなく、加害者である中居氏は何のお咎めも受けず、被害女性は守られることはなかったということです。
むしろ、「中居氏が結果を出しているから、社長は報告をきいたけれど、そのまま取引を続けている」とさえ受け取られかねない内容です。
ガバナンスが機能していなかったのと結果が同じです。
それ故に説得力がまったくなく、SNSやメディアでもこの説明を聞いて納得している声はほぼ見られませんでした。
スポンサー企業によるCM内容の差し替え
社長の記者会見を受けて、テレビCMの内容をACジャパンに差し替える企業が相次ぎました。
1月20日時点で50社を超えています。
スポンサー企業がCM広告をACジャパンに差し替えた理由は、
- 会見を通じてフジテレビのガバナンスが機能していないこと、特に女性従業員の人権を保護するという意味での「ビジネスと人権」の意識が欠落していることが明らかになった
- そのようなフジテレビに自社の商品・サービスの広告を提供していれば、自社の社会的評価や企業価値も低下してしまうこと
の2点だと思われます。
特に決定的な要因は 1 でしょう。
2023年に明らかになったジャニーズ事務所の性加害問題でも、多くの企業が同事務所の所属タレントをCM・広告に起用することを見直した理由と同様、今回のスポンサー企業がCMを差し替えるとの意思決定に決定的な影響を与えた要因は「ビジネスと人権」だと思われます。
「ビジネスと人権」については過去に何度か解説しましたので詳細はそちらを確認して下さい(UNIQLOの解説をしたときの投稿が、わかりやすいと思います)。
現在、上場企業の多くが「ビジネスと人権」に照らして「人権に関する行動指針」の類を整備しています。
今回のスポンサー企業の多くもそうした行動指針を整備しているはずです(確認してませんが)。
これらの企業はこれまでの長年の取引の実績よりも、自分たちが定めた行動指針を判断軸として行動します。
そのため、スポンサー企業は、取引先であるフジテレビで女性従業員に対する人権侵害を行われているおそれがあると判断したときには、その助長・促進にならないように取引(テレビCMの出稿)を止める、あるいは取引先であるフジテレビに対して文書で人権侵害を止める(人権侵害の疑いを調査する)ように申し入れをしていくのは当然と言えます。
また、フジメディアHDは1月17日、「当社子会社に関する報道及び「グループ人権方針」の徹底について」と題する開示をしました。抽象的・一般的な内容ながらも、人権を尊重して事業活動に取り組むことを要請しています。
そうだとすると、フジテレビが危機管理を行う際には、自分たちの身を守るという保身的な意識で行っていては到底うまくいきません。
取引先であるスポンサー企業が、自社の危機管理を見てどう意思決定をするだろうかを予測しながら危機管理をしなければならないのです。
CM差し替えの株価・保有株主への影響
株価への影響
日経の記事にもあるように、CMの内容をACジャパンに差し替えても、スポンサー企業が抑えているCM枠の出稿料はスポンサー企業が支払います。
しかし、スポンサー企業は自社の商品・サービスの広告を流さないのにCM出稿料だけを支払うことはあり得ません。契約期間が満了すると同時にCMの出稿を止めることになるでしょう。
こうした背景から、フジメディアHDの株価は、1月17日の記者会見後に株主(アクティビスト)による経営改革や堀江貴文氏らによる株式取得への期待によって急伸したものの(フジメディアHDによる自社株買いは1月7日に完了しているので17日以降の株価上昇とは関係がなさそうです)、1月21日になり急落しています。
以下はGoogleの株価
21日現在は記者会見前よりも株価は高く維持していますが、これが急落することになればフジメディアHDにとっては存続の危機にもなりかねません。
保有株主への影響
現在、東証による持ち合い株式の解消の要請を受けて、多くの法人株主が持ち合い株式を解消する動きが進んでいます。
持ち合い株式の解消の要請を大義名分として、上位の法人株主がフジメディアHDの株価が下落しきる前にフジメディアHDの株式を手放すことはあり得ます。
また、法人株主が「ビジネスと人権」の観点から、フジテレビの株式を継続して保有していることは適切ではないと判断して、株式を手放すことも十分にありえます。
法人株主が手放した株式をアクティビストなどの株主・投資家が取得することも予測できます。
そうなれば、6月の定時株主総会への影響も見込まれます。
危機管理ができていないとその影響が連綿と続いていくことになることをフジテレビは自覚すべきではないかと思います。
フジメディアHDの株主総会で行ってはいけないこと
フジ メディア HD の株主にアクティビストが増えれば、6月の定時株主総会が荒れることは十分に予測できます。
そうした場合に定時株主総会で行ってはいけないのが、従業員株主を使用したヤラセ質問です。
フジ メディア HD は、2014年6月に行った株主総会で、フジテレビの従業員にヤラセ質問をさせたことを理由に株主総会決議の取消しを求めて提訴されたことがあります(請求棄却。東京地裁2016年12月15日)
手を挙げていたのに議長から指名されなかった株主が、質問した株主16名のうち8名がフジテレビの従業員株主で、総務部長があらかじめ用意したヤラセの質問だったことなどが「一般株主の質問権又は株主権の侵害に当たり、決議の方法が著しく不公正である」と主張して、株主総会決議の取消しを求めたのです。
株主の請求は棄却されましたが、裁判所は、
一般に、上場会社の株主総会において、会社が従業員である株主に対し、会社自ら準備した質問をするよう促し、実際にも従業員株主が自らの意思とは無関係に当該質問をして会社がこれに応答した場合には、当該質疑応答に相応の時間を費やすことになり、その分、一般株主の質疑応答に充てられる時間が減少し、質問又は意見を述べることを求めていた一般株主がそれを行うことができなくなるおそれがあるというべきであって、このような事態が生じることは、従業員株主もまた株主であることを考慮しても、多数の一般株主を有する上場会社における適切な株主総会の議事運営とは言い難い
と、適切な議事運営とは言いがたいことを認めました。
もし万が一、フジ メディア HD が来る6月の定時株主総会で同じようにフジテレビの従業員株主にヤラセ質問をさせて総会を乗り切ろうとしたときには、たとえそれが適法であったとしても、株主・投資家、取引先、世の中の人たち、さらには従業員からの信頼を失い、再建は難しくなるかもしれません。
批判・非難する株主の声と向き合うことが再建のためには必要であると思います。