日本企業は多様性推進の見直しにどう取り組んでいけば良いのか。アメリカにおける DEI 推進活動を見直す動きにどう呼応していくのがよいのか。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2025年1月8日の日経電子版で「企業の多様性活動、米で見直し相次ぐ」との記事が配信されていました。

これを受けての雑感です。

これまでの反ESG、反SDGs、反多様性の動き

過去にも同じテーマの投稿を何度か書きましたが、その時は、まだここまで反ESG、反SDGsを前面に押し出した流れにはなっていなかったので、私の投稿も「これから反ESG、反SDGsの流れになるかもしれない」程度のトーンでした。

一応、2024年11月には、「2025年には反ESG、反SDGs、反多様性から上場廃止する企業が増えるかもしれない」とまでは書きました。

アメリカからの流れと日本の現実との狭間

日本国内では、東証がコーポレートガバナンス・コードの基本原則2の解説でSDGs、ESGを推奨し、また、「女性活躍・男女共同参画の重点方針 2023(女性版骨太の方針 2023)」を受けて、東証が2023年10月4日に上場規程を改正し、女性役員比率の向上を推進しているのが現実です。

さらには、機関投資家や議決権行使助言会社が、国内企業のESGへの積極的な取り組みを評価し、ESGへの姿勢が消極的な会社の取締役選任議案では反対票を入れる動きが見られます。

例えば、キヤノンでは、2023年3月の株主総会では女性取締役候補者がいなかったために御手洗会長の取締役選任議案では反対比率が49.41%に達していたものの、2024年3月の株主総会では女性取締役候補者がいたために御手洗会長の取締役選任議案の賛成比率は90.86%になりました。

これほど露骨に賛成・反対の比率が変動しているのが現実です。

とはいえ、アメリカでここまで反ESG、反SDGs、反多様性の動きが本格化してくると、いずれその流れは日本にも上陸するのは間違いありません。

そうなると、日本企業は、東証による要請、機関投資家・議決権行使助言会社の動向と、アメリカからの流れに板挟みになることになります。

日本企業は反ESG、反SDGs、反多様性の動きにどう呼応していけばいいのか

営利性と企業の社会的責任(CSR)との「バランス」

では、日本企業は、反ESG、反SDGs、反多様性の動きにどう呼応していけばいいのでしょうか。

そもそも…で言えば、今までも日本企業の多くは、ESG、SDGs、多様性の要請を無視していたわけではありません

反ESG、反SDGs、反多様性とはいうものの、急に「明日からは拝金主義だ」「環境への影響など一切無視。世の中にどう思われても関係ない。女性差別上等だ」などと舵を切ることもないでしょう。

世の中の価値観の変化を見れば、そんな舵を切れば、世の中に受け入れられないことは間違いありません。

反ESG、反SDGs、反多様性で重要なのは、「バランス」です。

企業の社会的責任(CSR)の観点から、ESG、SDGs、多様性にも配慮はする。

しかし、会社は営利社団法人であってNPO法人ではないのだから「営利」を最重要視し、ESG、SDGs、多様性に重きを置きすぎない、ということです。

「何だ当たり前じゃないか」と思われるかもしれませんが、このバランスが崩れているからこそ、アメリカでは「反DEI」として、反ESG、反SDGs、反多様性になっているのです。

女性役員の「バランス」の例

女性役員に関してバランスをとる例としては、

  • 「女性役員の比重を高くすることが要請されているからといって、女性であることだけを理由に、同等かそれを上回る能力を有する男性よりも女性を役員候補者に優先的に選任するのはいったん止める」
  • 「女性であることを理由に出世・人事評価を不利益に取り扱うのは止める」
  • 「女性役員の候補者が選べるように5年先、10年先を見て、優秀な女性人材を確保、育成する計画を立てて取り組む」

ということが言えます。

これなら、女性役員候補者の選任に消極的な会社ではなく、将来的に女性役員候補者を選任することも視野に入れていると言えます。

「バランス」の実現には広報が大事

会社は、そうした考えや取り組みを株主・投資家に理解してもらえるように、「わが社はESG、SDGs、多様性を無視しているわけではない。取り組んでいるけれども、今回は相応しい人材がいなかっただけなので女性取締役候補者がいない(少ない)」などと理由を積極的に公表・説明していくことが必要なのではないでしょうか。

大事なのは、こうした企業の考えや取り組みの積極的な公表・説明、つまりは広報です。

東証、機関投資家・議決権行使助言会社も頭を使ってほしい

機関投資家・議決権行使助言会社も、女性取締役候補者がいるから取締役選任議案に賛成する、女性取締役候補者がいないから取締役選任議案に反対するなどという表面だけを見た議決権行使やその助言を慎むべきフェーズに来ていることを認識したほうがいいのではないでしょうか。

極論すれば、性別は女性だとしても実はLGBTで思考回路は男性という候補者の場合、その候補者を取締役に選任しても、取締役会での議論に性別による多様性は実現しません。

同じように、役員の性別は全員男性だけれども実はLGBTで思考回路は女性の候補者がいる場合、その候補者を取締役に選任すれば、取締役会での議論に性別による多様性は実現します。

機関投資家・議決権行使助言会社も頭を使って議決権行使・助言できるように成長してほしいと思います。

東証も同じく、です。

コーポレートガバナンス・コード、上場規程などに明文化にすることが、かえって企業価値の向上の足枷になっていることを自覚したほうがいいように思います。

いったん明文化してしまえば、その明文を削ることは難しいのが現実でしょう。

日本企業が成長しないことによって不利益を被るのは日本経済、日本国民です。

公器な存在である東証までが、安易にESG、SDGs、多様性の流れに乗るのは止めて欲しかった。

もし、そうした安易な動きが止まらなければ、以前にも書いたとおりに、戦略的に上場廃止する企業は少なくないように思います。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。

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