労務費、原材料価格、エネルギーコストの取引価格への転嫁(反映)について労務費転嫁交渉指針に沿った行動をしない発注者9,388社に、公正取引委員会が注意喚起。「令和6年度価格転嫁円滑化の取組に関する特別調査」の結果。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2024年12月16日、公正取引委員会は、「令和6年度価格転嫁円滑化の取組に関する特別調査」の結果を公表しました。

以下のとおり、公正取引委員会が注意喚起の文書を送付したことが記載されています。

通常調査の結果、労務費転嫁交渉指針を知っていたものの、発注者としての行動指針及び発注者・受注者共通の行動指針のうち、一つでも行動指針に沿った行動を採らなかった発注者9,388名に対し、優越的地位の濫用の未然防止及び労務費の転嫁円滑化の観点から、注意喚起文書を送付した(第3.1(6))

通常調査及び注意喚起対象8,175名に対するフォローアップ調査並びに立入調査の結果、独占禁止法Q&Aに該当する行為が認められた発注者6,510名(通常調査4,153名、フォローアップ調査2,357名)に対し、優越的地位の濫用の未然防止の観点から注意喚起文書を送付した(第3.3(1))

価格転嫁(値上げ)に向けた公正取引委員会の施策

今回の調査は、2022年1月に下請法運用基準を改正し、かつ、同年2月に下記2つの行為が独禁法の「優越的地位の濫用」の要件の一つに該当するおそれがあることを明確にしたことに基づいて行われた調査です。

なお、内閣官房と公正取引委員会は2023年11月29日には労務費転嫁交渉指針を公表しています。

また、下請法運用基準は2024年5月27日にも改正され、下請法が適用される場合には、下記2つの行為が「買いたたき」に該当することが明記されました。

  1. 労務費、原材料価格、エネルギーコスト等のコストの上昇分の取引価格への反映の必要性について、価格の交渉の場において明示的に協議することなく、従来どおりに取引価格を据え置くこと
  2. 労務費、原材料価格、エネルギーコスト等のコストが上昇したため、取引の相手方が取引価格の引上げを求めたにもかかわらず、価格転嫁をしない理由を書面、電子メール等で取引の相手方に回答することなく、従来どおりに取引価格を据え置くこと

価格転嫁に関する公正取引委員会の動向、労務費転嫁交渉指針、2024年5月の下請法運用基準の改正については、以前に解説する記事を書いたので、そちらを確認して下さい。

以下では、受注者・下請事業者の目線で解説します。

労務費、原材料価格、エネルギーコスト等に価格転嫁するために

発注者・親事業者が労務費転嫁交渉指針を知っているかどうかによる差

「人件費(労務費)、原材料価格、エネルギーコスト等が高くなったからとって、それを理由に発注者・親事業者に値上げ(価格転嫁)を要求するのは難しい」と思い込んでいる受注者・下請事業者は少なくないと思います。

しかし、公正取引委員会の調査結果を見ると、発注者・親事業者は受注者・下請事業者からの値上げの要請を消極的ではあるけれど受け入れつつあります

調査結果によると、実情は次のとおりです(第3.1(1)〜(3))。

  • 2024年5月末時点における労務費転嫁交渉指針の認知度については、「知っていた」と回答した者の割合が全体の48.8%、「知らなかった」と回答した者が51.2%
  • 労務費転嫁交渉指針を知っていた者のうち、受注者の立場で、「労務費の上昇分として要請した額について、取引価格が引き上げられた」と回答した者の割合は51.8%となり、労務費転嫁交渉指針を知らなかった者の同割合の38.9%よりも12.9ポイント高い
  •  発注者の立場で、受注者からの労務費上昇を理由とした取引価格の引上げの求めに応じて、全ての商品・サービスについて価格協議をした割合は59.8%であり、一部の商品・サービスについて価格協議をした場合までを含めると68.0%
  • 全ての受注者と定期的な協議の場を設けた発注者の割合は少なく(23.7%)、受注者から協議を要請されれば応じるが、発注者自ら協議を呼び掛けることには消極的

この調査結果を見ると、労務費転嫁交渉指針の存在を知らない発注者・親事業者が半数を超えています。

また、労務費管理交渉指針の存在を知っている発注者・親事業者は、自発的な価格転嫁には消極的ではあるけれど、受注者・下請事業者から値上げを要請されれば協議に応じる姿勢もわかります。

労務費転嫁交渉指針、下請法運用基準を発注者・親事業者に認識させる

そうだとすると、受注者・下請事業者の立場では、何よりもまず、労務費転嫁交渉指針の存在を発注者・親事業者に知らせ、労務費、原材料価格、エネルギーコスト等を価格転嫁しない(値上げしない)ことが違法であることを発注者・親事業者に認識させることが最優先であることがわかります。

他方で、労務費転嫁交渉指針の存在を知っている発注者・親事業者の過半数は、価格転嫁に応じています

営業の現場ではなかなか難しいところかもしれませんが、まずは、取引の雑談の中で、労務費転嫁交渉指針の存在と下請法運用基準の改正を指摘するなどして発注者・親事業者に価格転嫁に応じないことは違法になるおそれがあることを認識させる工夫を試みて欲しいです。

もちろん、雑談でなく面と向かって価格転嫁に応じないことは違法となるおそれがあると対峙することができれば、それがベターです。

その上で、受注者・下請事業者から価格転嫁して値上げしてもらうように要請してください。

「値上げして欲しいな」と思っていても「値上げを要請したら、次の取引に影響がでるかもしれない。契約を切られるかもしれない」と心配して口に出さなければ、発注者・親事業者から積極的に「値上げしましょうか」とは言ってくれません。

発注者・親事業者の立場からすれば、値上げすれば販管費が増えるのですから、自分たちから言うわけがありません。

しかし、調査結果を見ると、受注者・下請事業者から価格転嫁を要請されれば交渉には応じるという実態がわかります。

価格転嫁交渉指針や下請法運用基準の存在を知っているのに、交渉に応じなければ違法・コンプライアンス違反になることは理解しているからです。

受注者・下請事業者は価格転嫁して値上げしてくれる要請する勇気を持つことが大事です。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。

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