野村證券の元従業員が顧客への強盗殺人未遂・現住建造物放火により逮捕・起訴。会社は従業員の社外での行動に対してどこまで監督責任を負うのか。危機管理・ガバナンスの観点から。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2024年11月20日、野村證券の元従業員が顧客への強盗殺人未遂・現住建造物放火により起訴されました。

従業員(当時)は、2024年7月28日に顧客の80代夫婦宅を訪問し、睡眠薬を夫婦2人に服用させて意識を朦朧とさせた後、現金約1787万円を奪い、放火して殺害しようとした、と報じられています。また、800万円については追起訴の予定があるようです。

これに対し、元従業員は、放火は証拠隠滅の目的によるもので殺害の意図がないと否認しています。

また、従業員(当時)は8月2日に現金を盗んだことを野村證券に報告し、野村證券は懲戒解雇していました。

従業員の社外での行動に対する会社の監督責任

野村證券の元従業員が訪問したのは、取引先である顧客夫婦の自宅です。

そうだとすると、元従業員の行為について雇い主である野村證券は監督責任を負うことになるのでしょうか。

法律論と危機管理・ガバナンスの観点とで分けて整理しましょう。

法律論の観点〜使用者責任と外形標準説

法的には、野村證券が顧客に対して責任を負うかどうかは、民法の「使用者責任」の問題です。

野村證券の従業員(当時)が顧客に対し強盗殺人未遂をしたこと、現住建造物等放火したことは、当然業務外の行為ではありますが、顧客宅への訪問は業務をきっかけとしているので、このような場合に野村證券に使用者責任が生じるかは論点になります。

法律論では「外形標準説」と呼ばれる理論を基準にして、このケースがどのように評価されるか、という話しです(外形標準説の詳細は省略します)。

最高裁1971年6月22日は、寿司屋の店員が出前を配達中に自動車の運転手と接触しそうになったことをきっかけに喧嘩になり暴行したケースで、「①事業の遂行行為を契機とし、②これと密接に関連を有すると認められる行為によって生じたもの」であることを理由に、使用者責任を認めました。

この基準を参考にすると、野村證券の元従業員が顧客の家を訪問したのは、①事業の遂行行為を契機としていることはほぼ間違いないので、②元従業員が行った強盗殺人未遂、現住建造物等放火が、事業の遂行行為と密接に関連を有すると言えるかどうかが争いになりそうです。

危機管理・ガバナンスの観点

このケースを危機管理の観点から考えるときに大切な視点は、どのような対応をすることが、野村證券の企業価値の低下を招かないか、です。

わかりやすく言えば、どうすれば野村證券が顧客や世の中の人たちからの信頼・信用を低下させないか/信頼・信用の低下を最小限に留めることができるか、です。

危機管理広報の遅さ

その点で気になったのは、野村證券による広報のタイミングの遅さです。

元従業員が逮捕されたのは2024年10月30日です。

これに対し、野村證券が自社サイトに「当社元社員の逮捕について」との声明を発表したのは、11月6日です。

1週間ものタイムラグがあります。

そもそも、元従業員は事件を起こしたことを8月2日に報告し、野村證券はそれを理由に懲戒解雇していたのですから、懲戒解雇をした時点で広報をしてもよかったと思います。

通常は一従業員を懲戒解雇をした程度で広報をすることはありませんが、今回の場合は、強盗殺人未遂、現住建造物等放火という重大事件をきっかけに懲戒解雇をしたのですから、通常の懲戒解雇の事案とは異なります。

仮に、懲戒解雇のタイミングで広報しないとしても、野村證券は8月2日時点でこの事案を認識したのですから、広報は、広島県警が逮捕するまでに声明を準備し、広島県警が逮捕を明らかにしたらすかさず自社サイトに掲載することはできたはずです。

その意味では、広報に対する姿勢・準備が整っていなかったと言えます。

こうした1週間のタイムラグがあったことで、SNSでは野村證券を批判・非難する声が多く見られました。

それだけ野村證券に対する信頼・信用が低下したと言ってもいいかもしれません。

仮に広報していたとしても野村證券を批判・非難する声を封じることはできませんが、それでも直ちに広報をしていれば、下衆の勘ぐりのような的外れな批判・非難の声が生じることはなかったかもしれません

危機管理・ガバナンスの内容

野村證券は、再発防止策として、以下の内容を公表しました。

当社は、(中略)当面の間の措置として、ウェルス・マネジメント部門の社員によるお客様のご自宅への訪問については事前承認のルールを導入いたしました。また、社員行動のモニタリングのルールを強化し、より厳格かつ実効性のある管理運用体制の構築を進めております。
加えて、不正検知のために社員が職場から一定期間離れる制度の導入コンプライアンスや行動規範の観点における評価の厳格化、職業倫理醸成のための研修強化も実施いたします。

なお、2024年11月5日よりウェルス・マネジメント部門の営業企画担当執行役員を広島支店に派遣し、現地での対応を強化しております。

これを見ると、野村證券は、これまで、自宅訪問には事前承認がなく、また従業員の行動のモニタリングのルール、従業員のローテーションをしていなかった等を不十分だと認識していることがわかります。

さすがに、顧客訪問して強盗殺人未遂をする、現住建造物等放火をすることは想定できないので、そこまでをカバーする対処をする必要はなかったとは思いますが、それでも、お客さまからお金をお預かりする金融機関としては会社による管理体制が緩やかだったのかもしれません。

営業車両のサボりを防ぐために車両にGPSを設置している会社を真似して、野村證券でも、今後は、外回りの従業員にはGPSを持たせるなどして、会社に事前申請したとおりに顧客託を訪問しているか、滞在時間がどれくらいかなど行動を記録に残すなども考えてもよいかもしれません。

また、元従業員は「奪った現金は自らの投資の損失への穴埋めや、さらなる投資にあてていた疑いがある」と報じられています。

そもそも、現在でも、金融商品取引法や金融商品取引業等に関する内閣府令、日本証券業協会の規則などによって、投機目的で有価証券の売買などを行うこと、株式信用取引や先物・オプション取引などを行うことが禁止されています。

今回は、これらの禁止事項が守られていなかったことが事件のきっかけと見ることができるので、野村證券としては、従業員に対してプライベートでは投資が制限されることを、より一層教育し、管理していくことが求められそうです。

元々守っていた従業員には「またか」と感じられる研修を再度受けることになるかもしれませんが、しかし、会社としては危機管理の観点からもガバナンスの観点からも繰り返し繰り返し教育を行うことが必要です。

さらに言えば、証券会社の従業員がプライベートで投資をしていたのであれば、多少なりとも身なりが派手になったり、生活が派手になっていたはずです。

そうだとすると、その時点で、何かやっているのではないかと気がつくことは出来たかもしれません。

もちろん、本人がバレないように普段通りの生活をしていたなら会社としては防ぐ手立てはありません。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。

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