こんにちは。弁護士の浅見隆行です。
急な気温の変動もあり11月に入ってからしばらく体調を崩し、微熱や頭痛が10日ほど続きました。皆さんも健康には気をつけてください。
さて、2024年10月31日と11月1日に、日経新聞の「ビジネスINSIDE」が「迷走エネチェンジ」と題し、2024年3月に公になったENECHANGEが新規事業の電気自動車(EV)充電事業にて採用するSPCスキームを巡る会計処理についての社内対応と会計監査人であるあずさ監査法人の対応を取り上げていました。
今回は、このケースを題材に、なぜ、あずさ監査法人がこれほど厳重な体制で会計監査を行ったのか、会計監査人の法的責任を踏まえて整理しよう、と思います。
ENECHANGEを巡るSPCスキームとは
ENECHANGEが2024年6月27日に公表した外部調査委員会による調査報告書によると、問題になったSPCスキームの概要は次のとおりです(調査報告書16ページの図を引用)。
- SPC(図の真ん中にある「EVインフラ同号会社」)の出資者(図の上にある赤い枠の「スポンサー」)には、ENECHANGEの当時の代表取締役CEO城口氏(図の左上の赤い枠)が融資していた。
- スポンサーは、出資当初の一定期間は社債権者で金利を受け取るのみで、一定期間経過後に社債が匿名組合持分に強制転換され匿名組合出資者になる。
- スポンサーとENECHANGEとの間では、契約書で、当該出資者の出資持分に係るプットオプション及びコールオプション(一部の出資者についてはプットオプションのみ)並びに各オプションの行使条件を定めていた。
- 保有する持分の全部をENECHANGEまたはENECHANGEが指定する第三者に売り渡すことを請求できる(プットオプション)か、ENECHANGEに買い取ることを請求できる(コールオプション)
- 会計処理
- ENECHANGEは、SPC をENECHANGEの子会社ではなく連結対象外の企業であることを前提にした。
- ENECHANGEの子会社であるEVラボ(図の真ん中右の赤枠)が SPC(リースを利用する場合はリース会社。以下同様。)から収受するEV 充電機器等の売買代金及び工事代金や、ENECHANGEが SPC から収受する運営委託料を、ENECHANGEの連結財務諸表に売上として計上しようとした。
これに対して、あずさ監査法人は、2024年2月16日頃に、このSPCを利用した会計処理について疑義を呈する外部通報を受け、その後、SPCをENECHANGEの連結対象に含むべきか等をENECHANGEと協議し、最終的に、ENECHANGEはSPCを連結対象とすることで会計処理しました。
かなり端折った説明なので、詳しくはENECHANGEの調査報告書をご参照ください。
なぜ、あずさ監査法人は100人体制で厳しく会計監査を行ったのか
あずさ監査法人が100人体制で会計監査を行ったきっかけ
日経新聞の記事は会員有料記事なので詳細に引用することは避けますが、2月に外部通報を受けたあずさ監査法人は、ENECHANGEに調査委員会を設けることを要請しただけでなく、あずさ監査法人自体も、61人の公認会計士やその他の人材39人の計100人と、2022年12月期の9倍に増強した体制で会計監査を行い、その結果、2023年12月期の監査報酬は3億2000万円と前年度比10倍に達したそうです。
きっかけとなったのは、あずさ監査法人が2月に外部通報を踏まえて、ENECHANGEに「営業資料でどのように説明されているか把握したいため、営業資料もご教示ください。」と要請していたものの、それに対し、執行役員B が、2023 年当時に実際に用いられていた営業資料から「原則として 年後の Exit を想定」との記載を削除したものをあずさ監査法人に送付したり、当時CEOだった城口氏と B 氏が、2月24日頃から27日頃にかけて、城口氏からスポンサーに対する金銭消費貸借契約に関連する複数のメールやSlackを削除するなどしていたことです(報告書47ページ以下)。
このため、あずさ監査法人は調査報告書の公表に合わせENECHANGEに「見解書」を送り、「報告書の内容を踏まえてもなお、財務諸表の重要な虚偽表示の原因となる経営者の不正があった」と主張しました。
あずさ監査法人に求められる法的責任
ただし、これはあくまでもきっかけです。
あずさ監査法人が100人体制で会計監査を行ったのは、会計監査人の法的責任を踏まえたものと考えることができます。
そもそも、会計監査人も取締役らと同様に善管注意義務を負い、任務を怠ったときには任務懈怠責任として損害賠償責任を負います。
ENECHANGEの会計処理に疑義があるとの外部通報を受け、また、その後に執行役員B氏が情報を削除する動きがあったのに、あずさ監査法人が、通常通りに会計監査を行ったのでは任務を怠ったと判断され、任務懈怠責任を負う可能性があります。
キムラヤ事件判決(東京地判2007年11月28日)
過去の判例では、会計監査人に任務懈怠違反があったかどうかは、財務省の諮問機関である企業会計審議会が定めた監査基準や、公認会計士協会が定めた行為準則に準拠した会計監査を行ったかどうかによって判断される、と考えられています。
これが問題になったのが、キムラヤ事件判決です。
三菱東京UFJ銀行(当時)が、キムラヤの決算書類を参考資料としてシンジケート・ローンを組み、三菱東京UFJが5億円、日新火災海上保険が2億円をそれぞれ貸し渡したところ、キムラヤがその13日後に民事再生手続開始を申立てて民事再生手続を行い、その結果債権の大半が回収できなくなったため、両行が、決算書類が粉飾決算であると主張して、キムラヤの代表取締役らに損害賠償を請求し、かつ、監査報告書内の適正意見は虚偽記載であるとして会計監査人にも損害賠償を請求した、という事件です。
そうしたところ、会計監査人の責任に関して、裁判所は、以下のように判断しました。
企業会計審議会の定めた「監査実施基準」は一般に公正妥当と認められる監査の基準であるから、会計監査人がこれに準拠した監査手続を実施し、その過程において、会計監査人として通常要求される程度の注意義務を尽くした場合には、決算書類に虚偽記載があることを発見するに至らなかったとしても、当該会計監査人は、その職務を行うについて注意を怠らなかったということができ、商法特例法10条ただし書の適用により損害賠償責任を免れると解するのが相当である。
(中略)
会計監査人は、日本公認会計士協会の定める実務指針に準拠して監査計画を策定し、これに基づき通常実施すべき監査手続を実施したのであるから、企業会計審議会の定める「監査実施基準」に準拠した監査手続を実施したものといえ、その過程において、会計監査人として通常要求される程度の注意義務を尽くしたものということができる。
注意すべき点は、単に、企業会計審議会が定める監査実施基準、日本公認会計士協会が定める実務指針に準拠した監査手続きを行うだけではなく、「その過程において、会計監査を行ったとして通常要求される程度の注意義務を尽くす」ことが必要ということです。
ナナボシ/監査法人トーマツ事件(大阪地判2008年4月18日)
では、監査法人は、どの程度の監査手続きを行えば「過程において、通常要求される程度の注意義務を尽くした」と言えるでしょうか。
これが問題になったのが、会計監査人であるトーマツが、被監査会社であるナナボシが組織ぐるみで行った架空工事代金を売上として計上するなどの粉飾決算を発見できなかったことについて責任を問われたケースです。
裁判所は、以下のように判示し、会計監査人であるトーマツの責任を認めました。少し長めに引用します。
会計監査の目的は、第一次的には会社の財務諸表が適法かつ適正に作成されているかを審査することにある。粉飾決算の発見は、財務諸表に虚偽の記載があると疑いがもたれる場合には監査の対象となるものであるから、副次的な目的であるとはいえる。しかし、監査人としては、被監査会社の監査上の危険を正確に検証し、財務諸表に不自然な兆候が現れた場合は、不正のおそれも視野に入れて、慎重な監査を行うべきである。このことは、監査基準や監査基準委員会報告書においても、監査人に一般的に要求される職務として、指摘されており、平成3年の監査基準の改正により、リスク・アプローチが導入されたことにより、より強く監査人の職務として、要請されるようになったと解される。
被告(※トーマツ)は、ナナボシの財務諸表の監査に当たり、監査上の危険性を適切に評価した上で、御坊地区の工事について、不自然な兆候を読みとっていた以上は、その原因を解明するような追加の監査手続を行うべきであった。したがって、被告がこれを行わなかったといえる場合には、「通常実施すべき監査手続」を怠ったことになり、債務不履行責任を負う。
(中略)
任意監査とは異なり、商法上の会計監査人は、法令上の権限を有しているのであるから、強制的な捜査権限はなくとも、監査意見の表明のために必要な監査証拠の収集の権限はあるといえる。そして、必要な監査資料の提供を受けられないような場合は、被監査会社の対応を疑い、監査意見の表明を差し控えるという手段もとりうる。
財務諸表に対する粉飾などの不正は、経営者が主導して行うことが一般的であるから、もともと経営者に対する確認では、不正がないことの確認の効を奏するはずがない。また、ナナボシのように会長が強大な権限を有しており、業績が低迷し始めているような会社においては、財務体質を健全なものに見せかけようと粉飾決算をする傾向が強いと考えられることは前述のとおりである。それゆえ、ナナボシの内部統制に依拠するとしても、それには自ずと限界があるのであり、特に、経営状態が悪化しているような場合は、内部統制への依拠を縮小するべきであった。監査人は、経営者を信用し協力して監査を行うべき立場もあるとしても、第三者の視点から財務諸表が適正かつ適法に作成されているかを監査する役目をまず負っているのである。
リスク・アプローチは、監査の効率性を念頭に置いて、重点的に監査すべき部分と内部統制に依拠した監査でもよい部分とを区別して、不正や誤謬のないような監査を行うことを義務づける概念であるから、監査の効率性を理由に必要な監査手続を実施できないというのは、この概念に反するものである。また、試査や内部統制に依拠した監査手続を行うことも、リスク・アプローチに根ざした上で、採用するべきであって、試査や内部統制に依拠した監査手続を前提とするから、本来行うべき追加監査手続は行えないとすることは、本末転倒であり、事案毎の柔軟な対応を求めるリスク・アプローチにそぐわないものである。
何度か、「リスク・アプローチ」という言葉が出てきますが、これは、監査の人員や時間などの監査資源が有限であるため、すべての項目に対して総括的に監査を行うのではなく、経済環境、会社の特性などを勘案して、財務諸表の重要な虚偽表示に繋がるリスクのある項目に対して重点的に監査資源を投入し、効果的・効率的に監査を行う手法のことを意味します(日本公認会計士協会 会計・監査用語「リスク・アプローチ」)。
日本公認会計士協会では「効果的・効率的に監査を行う手法」と定義されていますが、他方で、ナナボシ事件判決では、監査の効率性を理由に必要な監査手続きを実施できないのはリスク・アプローチの概念に反する、と指摘しています。
要は、監査を効率的に行うのは、それによって不正や誤りのない監査を行うためなので、不自然な兆候を読み取ったなら、効率性を優先するのではなく、不正のおそれを視野に入れて慎重な監査を行い、また追加の監査手続きを行い、さらに必要な資料の提供を受けられないなら監査意見の表明を出さないことも選択肢の一つである、ということです。
こうした裁判例の存在を踏まえ、今回、あずさ監査法人は、ENECHANGEのCEOである城口氏らによる不正の兆候があると判断し、100人体制による重点的な会計監査を行ったのだと考えられます。
なお、あずさ監査法人は、「外部調査委員会の調査結果を踏まえてもなお、財務諸表の重要な虚偽表示の原因となる経営者による不正があったと判断したことから経営者の誠実性について問題があると評価しており、監査の前提となる信頼関係が低下し、今後の監査契約を継続することが困難になったと判断したという説明とともに辞任の申し入れ」(2024年7月5日付け「公認会計士等の異動に関するお知らせ」)、2024年7月29日を以て、ENECHANGEとの監査契約を終了し、会計監査人を退任しました。
最近はENECHANGEに限らず、会計監査人が「責任をもって適正意見を出せない」などの理由で会計監査人を辞任するケースが少なくありません。
また、2023年3月には、会社の経営陣、管理部門と会計監査人である監査法人との年齢層のギャップにより円滑なコミュニケーションが取ることが難しいといった理由で会計監査人が辞任する事態も起きました。
モブキャストホールディングスの会計監査人であるみかさ監査法人が「当社(※モブキャストHD)の経営陣・管理部門社員は比較的年齢層が高く、会計監査人との年齢差から円滑なコミュニケーションを取ることが難しい場面が監査プロセスの中で生じて」いたことを理由に辞任し、「監査法人社員が当社管理部門社員との年齢層も近」い監査法人アリアが一時会計監査人に選任されたのです。
これもコミュニケーションが不足していれば、会計監査人としての任務を遂行することができないことを理由にするものと理解できます。
会計監査がますます厳しい時代になっていることを感じさせられる一例と言っても良いでしょう。