金融庁に出向中の裁判官と東京証券取引所社員がインサイダー取引の疑い。日本取引所グループ(JPX)の株価は下落。親族との会話による情報伝達・取引推奨には気をつけて。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2024年10月に、金融庁に出向中の裁判官によるインサイダー取引の疑いと、東京証券取引所の社員によるインサイダー取引の疑いが相次いで報じられました。

今回はこの2つのケースを取り上げます。

金融庁に出向中の裁判官によるインサイダー取引の疑い

金融庁に出向しTOBの審査を担当していた裁判官が、4月の出向直後から8月に証券取引等監視委員会による調査を受けるまで、職務を通じて知った情報をもとに本人名義で株式を売買するインサイダー取引を行っていた疑いがあることが明らかになりました。

そもそもインサイダー取引をすること自体がありえないのですが、報道では「本人名義」でインサイダー取引をしていたようです。

しかも、出向直後から証券取引等監視委員会による調査を受けるまでの約4か月にもわたって、です。

「バレるかもしれない」との警戒心や「やってはいけないことだ」との規範意識のかけらも感じらず、あまりにお粗末です。

なお、過去には公務員によるインサイダー取引の刑事責任が問われたケースとして、次のようなものがあります。

経産省大臣官房審議官インサイダー取引事件(東京地判2013年6月28日)

経済産業省大臣官房審議官(当時)が、職務上知り得た情報を利用して、妻名義で、2009年4月21日から27日にかけて、NECエレクトロニクスとルネサステクノロジの合併計画が公表される前に、NECエレクトロニクス株計約5000株を7回に分けて約490万円で購入し、かつ、2009年5月15日と18日に、改正産業活力再生特別措置法の適用によるエルピーダメモリの再建策が公表される前に、エルピーダメモリ社株計3000株を2回に分けて約305万円で購入したことにより、懲役1年6月、執行猶予3年、罰金100万円に処せられ、また1031万9500円が追徴されました。

今回の裁判官のケースと異なり「妻名義」で購入しているので、「バレるかもしれない」との警戒心はあったのかもしれません。(もちろん、許されるわけではありません)

なお、控訴、上告はいずれも棄却されています(東京高判2014年12月15日、最決2016年11月28日)。

このケースは、審議官が株式を購入した時点でメディアに情報がリークされ記事にもなっていたことから、重要事実が「公表」されているかが争点となりましたが、裁判所は「公表」には当たらないと判断しました。その点でも法的にも注目された裁判例です。

東京証券取引所の社員によるインサイダー取引

2024年10月23日、東京証券取引所の適時開示を担当する社員が、業務で上場会社のTOBに関する非公表情報を知った上で、親族に対象会社の株取引を勧めていた疑い(取引推奨)で、証券取引等監視委員会による調査を受けていることが明らかになりました。

東京証券取引所が属する日本取引所グループ(JPX)は、証券取引等監視委員会による調査を受けていることを認めるリリースを出しました。

なお、この報道の結果、JPXの株価は一時下落しました。

親族への情報伝達・取引推奨

東証のケースの特徴は、本人から親族に取引を推奨した点です。

金融庁が公表している「金融商品取引法における課徴金事例集」を見ると、2014年にインサイダー取引の情報伝達・取引推奨に関する規制が導入された後2023年までに情報伝達は23件、取引推奨は12件の合計35件発生し、そのうち、親族に情報伝達・取引推奨した事例は8件(約20パーセント)あります。

気をつけるべき場面

情報伝達・取引推奨で多いのは、上場会社の役職員と家族や知人との会話です。

「金融商品取引法における課徴金事例集」によると、2019年から2023年までにインサイダー情報を伝達した34件のうち17件(50%)が会食の席、7件(21%)が自宅での会話となっています。

家族や知人に「最近こんな仕事をやっている」「今度、こんな商品が発売される」「こんな儲かる話がある」と話してしまうと、その情報をもとに家族や知人が株取引を行う可能性があることを意識して警戒する必要があります。

名古屋電機工業インサイダー事件

実際に親族が株式を購入して課徴金を命じられたケースもあります。

名古屋電機工業(名証二部。当時)の従業員が、2021年1月22日に出席した社内会議にて、担当部から説明、報告を受けるなどしたことにより、その職務に関し、業績予想値(経常利益及び親会社株主に帰属する当期純利益)の上方修正の事実(インサイダー情報)を知り、1月24日に親族との会話でその情報を伝達したところ、その事実が公表される前日の2月1日に、親族が同社の株式を1000株を137万4000円をネット取引で買い付けた(公表後に全部売り付けた)、というケースです。

このケースでは、株式を買い付けた親族が73万円の課徴金を命じられました。

証券取引等監視委員会が公表した概要図は次のとおりです。

家族や知人をインサイダー取引に巻きこみたくなかったら

今は、スマホ一つあれば誰でも株取引ができてしまう時代です。

配偶者だけでなく、両親、子どもなどをインサイダー取引に巻きこみたくなかったら会話は慎重にする必要があります。

特に、お酒が入ると口が軽くなってしまう人や自慢したがる人は細心の注意を払うことが必要です。

過去にはインサイダーではありませんが、産業スパイがあえて京都祇園にクラブを作ったケースもありました。

役職員の回りには、利益に繋がる情報を知りたがっている人がたくさんいるという警戒心を忘れないようにして下さい。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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