NHKラジオ国際放送で業務委託先の中国籍のスタッフが、尖閣諸島の帰属などに関して、原稿にない、日本政府の公式見解と異なる発言を行う「放送乗っ取り(放送ジャック)」事故。産業スパイ問題と根っこは同じ。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

毎年この時期は各社の役員・管理職向けの社内研修や従業員向けの研修が続き、朝から移動していることもあり、かつ、普通の業務もあるので、ブログを更新する時間を確保できず、ちょっと間が空いてしまいました。(まだしばらくこんなペースです)

今日は、少し前の事件を取り上げます。

日本放送協会(NHK)のラジオ国際放送などの中国語ニュースで、2024年8 月19日、業務委託先の中国籍のスタッフが、沖縄県の尖閣諸島の帰属などに関して、原稿にない、日本政府の公式見解とは異なる発言を行う「放送の乗っ取り(放送ジャック)」事故を起こしました。

NHKは、即日で謝罪のリリースを公表した後、8月22日には発言の経緯と対応を公表し、9月10日には原因究明の報告書と役員の処分内容を公表しました。

外国人による「産業スパイ」と根っこは同じ

NHKの報告書の内容を見て感じたのは、これはNHKだけの特有の問題ではなく、国内企業の技術情報が外国人の「産業スパイ」に盗まれるのと構造は同じだということです。

どういうことかというと、外国人が国内企業に関与し始めた当初は殊勝に仕事をして、周囲の人たちから信頼・信用されるようになり、数年後に正体を現して、当初からのスパイとしての目的を果たす、ということです。

NHKと中国籍のスタッフとの契約関係や人物像

報告書によると、NHKと中国籍のスタッフとの契約関係は、次のようになっていました。

  • 2002年にNHKと業務委託契約を締結した後、ラジオ国際放送の中国語ニュースの原稿翻訳とアナウンス業務を担当
  • 2018年にNHKは出演者との契約やシフト調整などの業務をNHKグローバルメディアサービス(Gメディア)に委託。これに伴い、Gメディアと業務委託契約を締結し、かつ、国際放送局とも業務委託契約を締結。

また、2016年には、中国当局の反応への不安や懸念を職員に伝えることがあり、NHKとの契約の仕様変更に伴い、2023年秋には、報酬ランクの公平性やシフト調整について、労務担当の専任部長やチーフプロデューサーに不満や疑問を伝えることもあったようです。

その際、尖閣諸島を例に挙げて翻訳を拒否できるか尋ねたこともあったようです。

こうした報告内容からわかるのは、2002年にNHKと業務委託契約を結んでから20年近くは問題を起こすことなく仕事を続けていたということです。

2016年に中国当局の反応への不安を示したことが、今にして思えば、産業スパイとして中国当局に誤解されることを恐れた心境を吐露したのかもしれないと見ることもできますが、そうはいっても、2016年にこの不安を示されたことで「スパイかも?」と感づくことはほぼ不可能でしょう。

尖閣諸島に関する翻訳拒否の発言も、中国人の立場として翻訳したくないのかなと感じることはあっても、「スパイかも?」と思い至ることは難しいと思います。

要は、20年近くはNHKのスタッフから信頼・信用されるような仕事ぶりだった、ということです。

外国人スタッフとの付き合い方はどうしたらいいか

過去にも同様のパターンの産業スパイ事件を紹介した記事を書きました。

NHKの事件やこれらの事件とも共通するのは、1人のスタッフや従業員を信頼・信用し続けて、長期間にわたって同じ業務を任せ続けると、産業スパイをする余地が生じる、ということです。

実は、これは、外国人スタッフだけに限りません。

日本人でも1人のスタッフや従業員を信頼・信用して、長期間にわたって同じ業務を任せ続けた結果、業務上横領や背任に至るケースがあります。

問題の発生原因は同じです。

ただ、業務上横領や背任が生じる部署は経理や営業なので、人材をローテーションすることで、会社としても防ぎやすい面があります。

これに対して、外国人スタッフが携わる業務の場合、人材をローテーションしようにも、代わりになる外国人スタッフがいないので、人材をローテーションしにくい面があります。

それだけリスクが発生しやすいということです。

外国人スタッフを採用している企業の場合、産業スパイを防ぐためにも、人材ローテーションできるだけの数のスタッフを採用することも必要である、との問題意識をもったほうがよいかもしれません。

とはいえ、別のスタッフもスパイかもしれない・・・という可能性はゼロではありませんが、不安を考え出したらキリがありません。

信頼・信用とリスク管理のバランスかなと思います。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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