JR貨物が輪軸組立作業(圧入作業)の際に、圧入力が基準値を超える検査結果データを基準値内のデータに差し替えるなどの不正行為。データの不正を予防するための内部統制が機能していなかった点と、従業員からの申告後の危機管理の迅速さ。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

JR貨物は、2024年9月10日に、

  • 関西支社広島車両所で、車輪及び大歯車の圧入作業(車軸(円柱形)に、車軸の外径よりわずかに小さい内径の穴が中心にある車輪や歯車を嵌め合わせ、両者を締結する作業)の際に、圧入力が基準値を超過していた場合、検査結果データを基準値内のデータに差し替えて検査を終了させていたこと
  • 社内調査を行ったところ、北海道支社輪西車両所、関東支社川崎車両所でも、圧入力が基準値を超過した状態で、検査を終了させていたこと

が判明したことを明らかにしました。

社員(従業員)からの申告後の危機管理の迅速さ

この件は、7月24日に発生した山陽線新山口駅構内での貨物列車脱線事故を受けて、9月6日に広島車両所内において輪軸組立作業の確認を行っていた際に、社員(従業員)からの申告により発覚しました。

9月6日に社員からの申告により事実が発覚し、他の車両所でも社内調査を済ませ、9月10日に公表まで至ったのですから、危機管理(広報)の対応としては非常に迅速である印象を受けます。

JR貨物ほど会社の規模が大きい場合、従業員からの内部通報があったとしても、通報の内容を社内で然るべき部署で共有し、取締役・取締役会に報告をあげ、社内調査を実施することを決定するまでに週単位や下手すると月単位で時間を要することも珍しくありません。

仮に社内調査を実施するにしても通報があった内容だけを調査し、支店・営業所・部門・部署全体を調査せず、他の支店・営業所・部門・部署まで横展開しない会社も多い印象を受けます。

その意味では、9月6日に従業員からの申告を受け、関西支社広島車両所だけではなく全社的な社内調査を実施し、北海道支社輪西車両所や関東支社川崎車両所でも不正行為が行われていたことを確認できたことは、危機管理を行うまでの判断のスピード感、社内調査のスピード感のどちらも目を見張るものがあります。

さらに、JR貨物は、9月11日には、すべての貨物列車の運行を停止し、社内調査を実施しました(同日23時30分には順次運行再開)。

JR貨物の輸送能力を考えると、すべての貨物列車の運行を停止することはインフラへの影響が大きすぎます。

貨物列車の運行を停止することで、取引先に対して賠償や補償をしなければならない状況にあるのではないかとも想定できます。

それでも、JR貨物は社内調査を優先しすべての貨物列車の運行を停止しました。安全を優位に考えての英断と言っても良いでしょう。

7月24日に発生した山陽線新山口駅構内での貨物列車脱線事故をきっかけに輪軸組立作業の確認を行うという安全に関する作業を行っている際に従業員から申告があったので、安全を最優先にしてすべての貨物列車の運行を停止する判断がしやすかったことのかもしれません。

また、今年1月に出たTOYO TIRE株主代表訴訟判決が、大臣認証基準を満たしていないゴムを出荷停止しなかった取締役の責任について、「当該製品が前記の基準を備えていないときは、取締役には、出荷停止によって当該会社に生じる直接的な損失の存在を考慮しても、当該製品の出荷の停止を判断することが求められている」と判断したことも影響しているかもしれません。

TOYO TIRE 株主代表訴訟判決は、以前に詳しく解説しましたので、そちらを見てください。

なお、JR貨物は、9月12日には、不正行為の対象となる車両件数を追加することも公表しました。的確な危機管理広報ができている印象を受けました。

データの不正を予防するための内部統制が機能していなかった

JR貨物の広島車両所では2014年から続き、少なくとも11人が関与していたとも報じられています。

10年にわたりデータに関する不正が行われ続け、しかも11人も関与しているのに、その間、誰からも声が挙がらず、不正を是正していなかったことからは、データに関する不正を予防するための内部統制が機能していなかったと理解することができます。

2016年には三菱自動車の燃費データ不正問題、2017年には神戸製鋼所の品質データ不正問題が公表されるなどして、データに関する不正は社会問題になりました。

2023年にもダイハツ工業の認証試験での不正、2024年には自動車メーカー5社でも型式指定申請での不正が明らかになるなど、最近でも不正が社会問題になっています。

乗り物や重工業という広い意味では同業にあたる他の会社でデータに関する不正が問題になっていたのに、その際に、JR貨物が自社ではデータに関する不正が行われていないかを点検しなかったことや、現場で働く従業員の人たちがこの不正はマズいのではないかと自主的に是正できていなかったことは、取締役・取締役会レベル、現場の管理職・従業員レベルの両方が、不正を予防する意識が乏しかった、と言うこともできるかもしれません。

JR貨物のリリースによると、「作業担当者は基準値を下回った場合は固定に不具合が生じる可能性があると認識していたが、超過する分には問題がないと考えていた」ことが原因であると触れられています。

「基準値を下回っている場合」には輪軸が車輪に嵌合していないので脱落する可能性があるかもしれないけれど、「基準値を超過している場合」には輪軸と車軸が嵌合しているので脱落する可能性がないから安全だと考えていた、という意味だと思います。

輪軸と車輪が外れるかどうかだけを気にしているなら作業担当者の感覚は理解できます。

しかし、これだと、基準値(の上限)を超過している場合には、無理な力で嵌合しているので、嵌合させた際に輪軸・車輪のどちらか一方が壊れるかもしれない可能性や、輪軸・車輪が傷ついた結果脱落するかもしれない可能性からは意識が及んでいません。

会社や国が定めた仕様や規格を現場レベルで自分の判断でアレンジしてはいけないことをあらためて徹底する必要があります。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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