エルアイイーエイチ(旧東理HD)が、経営状況を無視した不適切な報酬増額要求、取締役会の承認を経ない不正送金、不適切な経費支出などを理由に、代表取締役社長を解職。取締役による監視義務が機能した例。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

エルアイイーエイチ(旧東理HD)は、2024年8月23日、取締役会決議により代表取締役社長を解職しました。

代表取締役を解職した理由

エルアイイーエイチの代表取締役社長は、2005年に第三者割当増資を実施した際にコンサルティング費用約23億9400万円を支払ったことで特別背任罪として起訴され、2011年に無罪が言い渡されていますが、今回の解職決議は、この特別背任の疑いとは別の理由によるものです。

エルアイイーエイチは代表取締役社長を解職した理由として、以下の事実を指摘し、「当社の代表取締役としての適格性を著しく欠くものであり、当社の意思決定及び業務執行にも著しい支障が出ていた」と説明しています。

  • 継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況が存在している状況にもかかわらず、役員報酬を、2024年4月から月額4000万円に改定し、さらに7月から月額1億円に増額するよう要求していたこと(不適切な報酬増額要求)
  • 取締役会の承認を経ずに、12億円を会社名義の銀行口座から出金し、うち2億円を代表取締役社長の個人名義の口座に送金したことが、解職決議の前日(2024年8月22日)に確認できたこと(不正送金)
  • エルアイイーエイチの決裁基準では1件300万円を超える経費については取締役会の承認決議が必要であるにもかかわらず、2023年4月から2024年6月にかけての出張経費のうち、取締役会の承認がないものは、2024年3月期では34回(合計1億5900万円)、2025年3月期(2024年6月までの時点)では2回(合計900万円)確認され、かつ、エルアイイーエイチが2024年3月期に計上した主要経費(交際接待費、旅費交通費、会議会合費)1億6300万円のうち交際接待費1億3900万円の大半を代表取締役社長が費消したことについて会計監査人から事業関連性の疑義が呈されていること(不適切な経費支出)
  • 他の取締役に対する度重なる罵倒、暴言などパワーハラスメントととられる言動によって、会社の円滑な業務執行の妨げになっていること

最近は、ENEOS HDやウエルシアHDのようにハラスメントや私生活での行動を理由に代表取締役社長を解職や辞任勧告する事例(ENEOS HDは代表取締役社長兼社長執行役員だったので解職と解任の両方)が相次いでいましたので、不適切な経費支出等を理由に解職するものは珍しいかもしれません。

比較的最近で言えば、タムロンの社長が辞任した事例や、テレビ宮崎前社長の退職慰労金を減額した事例がこれに近いかもしれません。

取締役からの辞任勧告までは決議しないのか

セイクレスト事件との共通点

エルアイイーエイチが代表取締役社長を解職する取締役会決議をしたことは、取締役による監視義務が働いたからと理解することができます。

今回のように、経営状態や財務状態が悪化している状況で不適切な支出をしたことを理由に、代表取締役社長を解職する決議をしたことは、セイクレスト事件(一審;大阪地裁2013年12月26日、控訴審;大阪高裁2015年5月21日)が示した裁判例の考え方を踏まえたものと言えます。

セイクレスト事件は、代表取締役が会社の資金を不正に流出したことによって会社が破産するに至ったために監査役の責任が問われた事件です。

責任が問われたのは監査役ですが、裁判所は、

  • 取締役会は、代表取締役又は業務執行取締役につき、不適任との結論に到達した場合には、当該代表取締役等を解職しなければならない
  • 破産会社の代表取締役として不適格であることを示すものであることは明らかであるから、監査役として取締役の職務の執行を監査すべき立場にある控訴人としては、破産会社の取締役ら又は取締役会に対し、代表取締役から解職すべきである旨を助言又は勧告すべきであった。 

と判示し、代表取締役・業務執行取締役が不適任・不適格なときには取締役会が解職決議することは法的義務であることを明らかにしました。

最近は辞任勧告決議までするのがトレンド?

セイクレスト事件のような裁判例の存在を踏まえると、代表取締役社長として不適任・不適格だと考えたときに、取締役会が解職決議することは最低限やらなければならない義務であることは明らかです。

ただ、代表取締役社長から解職しても、当該取締役は、平取締役として取締役会の一員ではあり続けます。そのため、取締役会で発言するなどして、影響力を残すことは可能です。

こうした実態を踏まえ、最近は、代表取締役社長や会長から解職するだけでなく、取締役からの辞任勧告まで決議するケースが目立ちます

今回は、不適切な支出以外に、他の取締役に対するパワーハラスメントまでも解職の理由としているので、代表取締役社長が取締役会の一員として残っていると、今後もパワーハラスメントを出来やすい環境のままになってしまいます。

そうだとすると、代表取締役社長が個人でエルアイイーエイチの36%以上の株式を保有する大株主であることを踏まえたとしても、解職決議に加えて辞任勧告まで決議してもよかったのではないかと思います。

TOKAI ホールディングスとの比較

2022年に話題になったTOKAI ホールディングスの例では、就任12年目の代表取締役社長が会社経費の不適切な使用や、会社施設で女性コンパニオンを呼んで混浴接待していたことなどを理由に、代表取締役社長から解職(グループ会社の取締役からは解任)し、かつ、調査報告書を受領した後、取締役からの辞任を勧告する決議まで行いました。

なお、TOKAI ホールディングスは、代表取締役社長に対する牽制が不十分であったこと、つまりは監視義務が機能していなかったことを理由に、残った取締役や監査役にも報酬減額処分を自ら課しています。

今回のエルアイイーエイチは、エルアイイーエイチの代表取締役社長からの解職までしか開示されていませんが、グループ会社の取締役を兼任しているのであれば、グループ会社の取締役からの解任まで決議することも必要であるように思います。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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