広島原爆の日に、大学・学校法人における危機管理広報の始まりである「折り鶴放火事件」での広報対応を振り返る

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

今日8月6日は広島に原爆が投下された日です。平和記念公園では平和記念式典が行われました。

平和記念公園(祈念じゃないのですね)には、毎年、平和を願う折り鶴が捧げられますが、2003年8月1日、旅行中だった関西学院大学(以下、関学)の4年生の学生によってこの折り鶴約14万羽が放火される事件が起きました(折り鶴放火事件)。

関西学院大学の危機管理対応

放火したのは関学の学生です。学生は大学の行事で広島に行ったわけではなく、友人との旅行中というプライベートな時間に放火しました。

これに対して、関学は、学生が器物損壊罪を理由に逮捕された8月1日当日夜に記者会見を開催し、副学長は「怒りや悲しみを新たにする時期に、言語道断というしかない。心からおわびします」と謝罪しました。記者会見には、学部長、学生が所属しているゼミの指導教授も出席しています。

また、関学は、翌8月2日には、学長と副学長が広島市を訪問し、謝罪しました。

学生がプライベートで起こした問題であるにもかかわらず、大学・学校法人が記者会見を行い、その後の謝罪まで行った当時としては異例のケースでした。

それまでは、学生がプライベートで起こした問題であれば、大学・学校法人が記者会見をすることや学長が謝罪に行くなど危機管理対応をすることはありませんでした。

例えば、比較的最近(それでも20年以上前ですが)のスーフリ事件などで、スーフリの学生が在籍していて大学は記者会見などはしていません。

しかし、平和記念公園の折り鶴を放火するという重大事であり、世の中からの反響が大きい事件だったため、大学・学校法人が動いたのです。

大学・学校法人が研究機関であると同時に、教育機関でもあるという側面を重視したのかもしれません。

当時の関西学院大学新聞には、関学が謝罪した理由について「今回の事件は、折り鶴を通して平和を願う人々の思いを踏みにじった。これに対して大学として責任のある対応を取らなければならないと判断した」「この事件の持つ社会的背景が大きかったから」と説明し、また、広島市まで謝罪に訪れる理由についても「過去に平和学を開講しており、また広島の現地教育を検討していた矢先に起こっただけに、広島との協調姿勢を確認したかった」とも説明したことが報じられています。

この関学の危機管理対応が、その後、学生がプライベートで起こした重大事における大学・学校法人の危機管理対応や危機管理広報のスタンダードになりました。

なお、学生は8月18日に処分保留のまま釈放され、関学は、9月16日に、学則に基づき8月1日付けで無期停学処分にしました。

関西学院大学の学生たちの行動

関西学院大学新聞には、学生の逮捕を受け、他の学生の間で自主的に折り鶴を広島市に送る運動が始まり、それをきっかけに、8月3日に大学が取りまとめ窓口を設置したところ、関学の学生だけでなく全国から折り鶴が送られてきて、8月7日に窓口を閉鎖してからも送られ続け、最終的に120万羽に達したとも報じられています。

他の学生の間で自主的に折り鶴を広島市に送る運動が起こったという学生の気質は、非常に良い雰囲気だと思います。

企業であれば、不正・不祥事が発生した後に、他の従業員の間でコンプライアンスを守ろうという動きが見られると置き換えて理解することもできます。

普通の企業ではそんな動きをする従業員は担当部署以外ではまず現れないので、その点でも他の学生たちの気質が優れていることがわかります。

また、こうした学生の動きに応じて、8月3日には大学が取りまとめ窓口を設置する動きも異例で、かつ、非常にスピーディです。

記者会見や謝罪までは行っても、それ以上を積極的に、かつ、迅速に行う大学の姿勢は、他の大学・学校法人のみならず、企業も見習えるのではないでしょうか。

今回は、通常の危機管理とはちょっと違う事例をご紹介してみました。参考になればと思います。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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