小林製薬の代表取締役会長・取締役、代表取締役社長が紅麹問題の一連の対応について経営責任を明確にすることを理由に辞任。危機管理体制が機能しなかった原因を整理した取締役会の総括が参考になる。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

小林製薬は、2024年7月22日に事実検証委員会から調査報告が提出されたことを受け、7月23日に臨時取締役会を開催し、紅麹問題の一連の対応について経営責任を明確にするため、代表取締役会長・取締役の辞任、代表取締役社長の辞任(取締役の地位には残る)を決議しました。

事実上の解任と言ってもいいかもしれません。

※2024/08/19追記

小林製薬は、2024年8月8日、「重大な健康被害を引き起こし、社会にご迷惑をお掛けしていること等を踏まえ」、紅麹事業から撤退することを発表しました。

小林製薬の取締役会が総括した内容

小林製薬の取締役会は、事実検証委員会の調査結果を踏まえて、以下の8点に問題があったと総括しています(取締役会の総括、5頁以下から一部引用)。

  1. 健康食品の安全性に対する意識が欠けていたこと
    • 消費者の立場に立って考えれば、重大な健康被害に関する症例の連絡を受けたのであれば、たとえ症例と製品との因果関係が不明であったとしても、まずはそのような症例があったことを知らせてほしいと期待するはずであり、また、本件製品の摂取により重大な健康被害が生じている可能性があるとの疑いを持って、早急に、そのような健康被害の拡大を防止するための有効な対策の検討、実行をすることを求めるものと考えられる。にもかかわらず、小林製薬ではその意識が欠けており、重大な健康被害に関する症例の連絡を受けた際に、健康食品を摂取する消費者の安全を最優先に考えることができていなかった。
  2. 消費者への素早い情報提供を実施しなかったこと
    • 小林製薬において、このように短期間のうちに医師から複数の重篤な症例報告を受ける経験は過去に存在せず、本件事案はそれだけ重大であった。にもかかわらず、危機意識が不十分なままに、消費者への情報提供を直ちに検討せず、また、症例を連絡してきた医師からの助言があったにもかかわらず、消費者に対する注意喚起も行わなかった
  3. 行政報告や回収決定が遅れたこと
    • たとえ健康被害が紅麹関連製品に起因するか否かが不明であったとしても、症例報告が紅麹関連製品に起因する可能性があるとの疑いがある以上、より早期に全品回収を決断すべきであったところ、行政報告と製品回収は併せて行うこととなるという考えの下、同様に本件症例の科学的な原因究明を継続し、全品回収を速やかに行わなかった
  4. 有事における危機管理が遅れたこと
    • 本件事案の重大性を考慮すれば、強い危機意識を直ちに組織全体で共有し、危機管理規程に基づき危機管理本部を設置し、小林章浩代表取締役社長が直接陣頭指揮をとって集中的に危機管理対応を進めるべきであった。にもかかわらず、週次で開催される執行役員等による会議体(「GOM」)での報告と連携を中心に組織的な検討を進め、その結果、対応の遅れを招いた
  5. 情報共有が十分に行われなかったこと
    • 情報共有という観点では、(i) 社外取締役および社外監査役に対する本件事案の報告が適時かつ十分に行われず、結果として、社外役員から独立した客観的な視点、あるいは消費者の視点での指摘や提言を受ける機会を逸し、(ii) 本件事案の検討を行っていた週次開催の会議体(「GOM」)においても、会議資料の作成に相当の時間と労力を費やす一方で、本件事案における具体的な本件症例に関する情報につき、その重大性を十分に認識できる程度にまで十分に会議体出席者に共有されていたかについては疑問があり、有事における情報共有が十分に行われなかったと言わざるを得ない。
  6. 信頼性保証本部による牽制の不足
    • 一歩引いた立場からブレーキを利かせる役割が期待されていた。にもかかわらず、その職責に照らして十分なブレーキを利かせられなかった
  7. 健康被害発生に対する平時からの備えの不足
    • 機能性表示食品に関して健康被害が発生した場合の行政報告や製品回収についての解釈が体系的に整理されていなかった。これが原因の一つとなって本件事案への対応に迅速さと円滑さを欠く状況をもたらした可能性があり、実際にも、行政報告を行うべき場合を「因果関係が明確な場合に限る」と解釈し、仮説的な原因究明に注力し、結果的に行政報告や公表の遅れを招いた
  8. 品質管理の失敗
    • M&A実施後の事業推進(PMI)において、人的・物的資源の投下や製造・品質管理工程の作り込みを十分に行うことなく製造ラインを拡張させており、結果的に現場任せの品質管理体制に陥り、現場に対するモニタリングや情報のエスカレーション体制も十分に構築していなかった

内容は、「危機管理の妥当性を欠いていた」と「ガバナンス体制が危機に対して機能していなかった」の二つに整理できそうです。

※事実検証委員会が認定した事実経過から学べる点については、今後、日経ヒューマンキャピタル・オンラインに連載している「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス」にて取り上げる予定です。

危機管理の妥当性を欠いていた

1~3は、危機管理の妥当性を欠いていたことを指摘する内容です。

概要だけ見ると4もここに含まれそうですが、内容的には、次項のガバナンス体制が危機に対して機能していなかった方に分類したほうがいいかもしれません。

上記に引用した部分のうち太文字部分は、私が以前にブログで危機管理の観点から問題があると指摘した内容とほぼ同じことが書かれています。

今年1月に言い渡されたTOYO TIRE の株主代表訴訟の判決にも通じるところがあります。

整備済みのガバナンス体制が危機に対して機能していなかった

これに対して、4~8には、小林製薬が整備済みのガバナンス体制が、危機に対して機能していなかった問題点が記載されています。

危機に対して機能していなかったとは、ガバナンス体制は整備されているけれども、運用がうまくいっていなかったと言い換えることもできます。

4と5は、危機的状況を招いているとの認識に至っていないために、せっかく危機管理規程を整備し、かつ、社外取締役がいるのに、その規程に沿った危機管理対応や社外取締役からの助言を得られるチャンスを逃したことを指摘しています。

「当社の製品から健康を害した可能性があること」を危機として認識できていないということは、平時から、危機管理に関する教育が不足し、人の口に入れる物を製造・販売しているとの緊張感や、安全・安心を最優先にしなければならない責任感が欠けていたのかもしれません。1と2にも通じます。

6と7は、根本的には自分たちに与えられている役割や手続きの制度趣旨を理解できていないことが原因です。

信頼性保証本部は何のために存在する部署なのか、行政への報告は何のために行うのか、「因果関係が明確な場合に限る」との消極的な解釈が許される状況なのかなどを、理解できていなかったのではないでしょうか。

これも、平時の危機管理に関する教育やガバナンスに関する教育が不足していたと言っても良いでしょう。

8はダイハツの問題にも共通します。

売上・利益に重きを置きすぎた結果、リスクを察知する部門をおろそかにし、人やお金が足りず、リスクを察知しきれなかったのが今回のケースです。

ダイハツのケースでは「時間と金と人の余裕の無さ」が認証不正の原因ではないかと指摘しました。

小林製薬の取締役会の総括をどう参考にしたら良いか?

小林製薬に限らず、ガバナンス体制は整備しているけれども、キチンと運用できていない企業は少なくありません。

特に、危機的状況を危機だと認識せず(認識できず)、また、社内の各部門が自分たちに与えられている役割や制度趣旨を理解できず、その結果、不十分な対応やタイミングが遅れた対応しかできなくて危機が拡大してしまうことは少なくありません。

それを防ぐためには、役員・従業員に対して、「わが社が危機的状況と設定している事例は、こういう事例である」「この部署が設置されているのは、こういう役割のためである。こうしたときに苦言を呈することがこの部署の役割である」と日頃から具体的に認識させることや、他社事例を参考に「他の会社では、こうした事例ではこういう対処を講じている」などと危機管理としてなすべき程度・水準を理解させることが必要です。

危機管理の第一歩は、危機的状況を危機と認識し、かつ、各部門が与えられた役割を果たすことです。

平時に何も問題がないと徐々に「平和ボケ」していきます。取締役・取締役会が「平和ボケ」したら危機管理はできません。「平和ボケ」を防ぐための方策を講じるように試みてください。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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