2025年の株主総会に向けての雑感。政策保有株式の解消、「資本コストや株価を意識した経営の実現」、PBR1倍超対策に、円安と機関投資家(アクティビスト)の要素を考慮すると、ガバナンスに対する理解、社外取締役に求められる役割と資質が変わってくる。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2024年の上場会社の定時株主総会の集中期が終わりました。

2025年の株主総会に向けて記事のタイトルに書いたとおり雑感をツラツラと。

2024年の定時株主総会と相前後して、多くの上場会社が、

  • コーポレートガバナンス・コードが要請する政策保有株式の解消
  • 東証が「資本コストや株価を意識した経営の実現」のために「PBR1倍割れ改善」を要請したことを受けての自己株式取得や配当性向の改善

に取り組んでいます。

目的を持ってこの2つに取り組んでいるなら杞憂なのですが、コーポレートガバナンス・コードと東証の要請だからという受け身の発想で取り組んでいると後で怖い事態が待っていると思います。

解消された政策保有株式を取得するのは機関投資家(アクティビスト)

政策保有株式(持ち合い株式)の解消をコーポレートガバナンス・コードが言及している狙いは、「もの言わぬ安定株主」を減らし、「もの言う株主」に株式を取得させ、「政策保有株式を解消された」会社に対して株主によるガバナンスを機能させるためです。

ガバナンスの観点からの意義については、以前にブログに書きました。

政策保有株式が市場に流通することで個人株主が株式を取得することもあるかもしれません。

しかし、上場会社各社の政策保有株式の比率を考えると、個人株主だけでは、市場に流通した政策保有株式を取得しきれません。

必然的に「お金を持っている投資家」が、その多くの株式を取得します。

となると、市場に流通した政策保有株式の多くは、機関投資家に取得されることになります。

しかも、現在は円安です。

海外の機関投資家(アクティビスト)にとっては、破格の安さで、日本の上場会社の株式を大量に取得することができます。

発行済み株式総数の33%以上を海外の機関投資家が取得することは容易に実現するでしょう。

海外の機関投資家同士がお互いに意思を連絡して、特定の上場会社の株式を大量に取得し、自分たちの要求を呑ませる「ウルフパック」も容易に実現しやすい状況ともいえます。

政策保有株式の解消は、解消された上場会社が海外の機関投資家に呑み込まれるリスクがあるということです。

グループ会社で株式を持ち合いしていたのに、一斉に持ち合いを解消したことで、グループ全体が海外の機関投資家に呑み込まれる・・・なんてことが起きるかもしれません。

たとえコーポレートガバナンス・コードに書かれているとしても、今このタイミングで政策保有株式を解消することが本当に適切なのかは慎重に判断すべきです。

「資本コストや株価を意識した経営」「PBR1倍割れ改善」のための自己株式取得が海外の機関投資家による買収を加速させる

東証が2023年3月31日に上場プライム各社に向けて「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を公表し、その中で「PBR1倍割れ」の改善を要請しました。

この要請を受けて、「PBR1倍割れ」を改善すべく、自己株式の取得や配当性向の改善に取り組んでいる会社は少なくありません。

そもそも、この「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」「PBR1倍割れの改善」が、投資家視点であることは、以前にも書きました。

「PBR1倍割れ」を改善するために自己株式を取得するのは、数字上の取り組みとしては間違いはありません。

しかし、自己株式を取得すれば、それだけ市場に流通する発行済み株式総数が減ることになります。

自己株式は議決権を行使できないので、株式を保有している株主の議決権比率が上昇します。

「お金を持っている投資家」である海外の機関投資家(アクティビスト)は、円安による恩恵で、破格の値段で、日本の上場会社の株式を大量に取得することができます。

自己株式の取得が進めば進むほど、発行済み株式総数の33%以上を容易に取得しやすい状況になります。

気がついたときには、発行済み株式総数の過半数を海外の機関投資家(アクティビスト)が保有するなんてことが起きてしまうかもしれません。

自己株式の取得は、海外の機関投資家によって呑み込まれやすい状況を自分たちで作っているということです。

東証からの要請に応えるにしても、安易に、PBRを算出するための計算式だけを基準に、PBR1倍割れの改善のために自己株式を取得しようとは考えないで欲しいです。

ガバナンスの理解と、社外取締役に求められる役割と資質の変化

コーポレートガバナンスと「資本コストや株価を意識した経営の実現」の関係

政策保有株式の解消とPBR1倍割れの改善のための自己株式の取得が進めば進むほど、海外の機関投資家による影響力が高まります。

海外の機関投資家が求めているのは「資本コストや株価を意識した経営の実現」です。

売上・利益を上げるというP/Lベースの発想ではなく、投下資本回収が発想の根源です。

当たり前ですが、会社の資本である株式を取得した時点の株価よりも株価が圧倒的に上がるような経営をしているかに興味があります。

もちろん、その過程ではできる限り多くの配当を還元して、株式を取得したコストを回収できることも関心の的です。

これが「資本コストや株価を意識した経営の実現」です。

株主によるガバナンスは、この「資本コストや株価を意識した経営の実現」ができているかをチェックするためのガバナンスです。

コーポレートガバナンスというと、どうしても社内での不正の発生を防ぐ体制の整備や機能、不正が発生した後の危機管理に重きを置かれます。

しかし、そもそも、不正の発生を防ぐは何のためか、危機管理をするのは何のためかというと、株価が下がる事態の発生を防ぎ、還元される利益が減る要因を取り除くため、です。

コーポレートガバナンスの本質は、「資本コストや株価を意識した経営の実現」のためです。

別の言い方をすれば、コーポレートガバナンスは不正が起きなければ良い、不正発生後の危機管理が良ければいいに留まっているのではなく、不正が起きないのは当然であって、株価を上げるため、還元する配当を増やすために適切な経営(意思決定と業務遂行)をしているかを外部からチェックし、適切な経営ができていないなら経営陣の首を躊躇なくすげ替えるためのもの、です。

海外の機関投資家が株主提案に積極的なのもそのためです。

これからの社外取締役に求められる役割と資質

社外取締役は、社内の取締役だけだとお互いに空気を読んで厳しいことを指摘し合わなかったり、業界やその会社の社風特有の経営判断をしがちなので外部の声を経営判断に影響させるためにいる存在である、と一般的には理解されています。

その理解は間違ってはいないのですが、上で書いたコーポレートガバナンスの考え方を反映すると、もう少し違った見方ができます。

上記で書いた社外取締役に対する一般的な理解は、コーポレートガバナンスを不正を防ぐ、不正が発生した後に適切に危機管理をするためのものと理解したときには、非常に馴染む考え方です。

しかし、コーポレートガバナンスの本質を「資本コストや株価を意識した経営の実現」のためと理解し、株価を上げるため、還元する配当を増やすために適切な経営をしているかを外部からチェックし、適切な経営ができていないなら経営陣の首を躊躇なくすげ替えるためのものと理解したときには、社外取締役に求められる役割と資質も少し異なってくるように思います。

社外からの声を経営に反映させるためにスポーツ選手を招き入れたり、女性比率の調整弁として女性アナウンサーを入れたり、ビジネスに全く関与してこなかった大学教授、元裁判官や元検察官を入れることが、「資本コストや株価を意識した経営の実現」に役立つかと言えば、中には役立つ人がいるかもしれませんが、多くはそうではないような気がします。

社外取締役自身が、株価を上げるため、配当を増やすために適切な経営をしているかを判断できる程度には経営やビジネスに対する知見を有していることが不可欠です。

時には、海外の機関投資家(アクティビスト)が出してきた要請を、社内の取締役とは離れた立場から分析し、その是非を判断できなければならないでしょう。

例えば、株主総会時の株主提案に対して会社側取締役が反対意見を出す時に、社内の取締役とは別に、社外取締役が意見を出すなんてことも、あっておかしくないかもしれません。

社外取締役は、第三者の立場から会社側取締役の意思決定に賛成するときもあれば、株主・投資家目線で会社側取締役の意思決定に反対することがあって然るべきなのではないかと思います。

そういう役割を担っていること、そういう資質求められることを理解している人が社外取締役として選ばれるようになって欲しいです。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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