わかもと製薬に「動物別購入頭数の開示」のための定款変更を求める株主提案。企業価値の向上、ESGへの配慮と開示のバランスは?

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

わかもと製薬が2024年6月27日に開催する定時株主総会に向けて、「実験動物の動物別購入頭数の開示を定款目的事項へ追加する定款一部変更の件」との株主提案が出されました。

以下は、招集通知からの引用です。

これに対し、わかもと製薬の取締役会は反対しています。

動物実験の実施とESGとの関係

昨今の企業活動にESGを求める風潮からは、製薬会社が研究開発の過程で動物実験を行うに際して、動物の生命・身体を軽んじないように求めること自体は、おかしなことではありません。

例えば、農水省は2023年7月には動物の飼育に関する「アニマルウェルフェアに関する飼養管理指針」を策定し、厚労省は2015年2月に動物実験に関する「厚生労働省の所管する実施機関における動物実験等の実施に関する基本方針」を一部改正ています。

厚労省の指針は厚労省が所管する実施機関に向けて策定されたものですが、企業が事業活動を行うにも参考になる指針です。

わかもと製薬の取締役会の反対意見の中でも言及されています。

こうした方針や指針を参考に、企業が動物実験を行うための体制を整え、実験計画を立て、適正な方法で動物実験を行うことは、環境や社会への影響への配慮を求めるESGに適うと言っていいでしょう。

動物をむやみに殺傷せずに企業活動していることは、企業価値の向上にも繋がるはずです。

「動物別購入頭数の開示」のための定款変更まで必要なのか?

企業が動物実験を行うための体制を整え、実験計画を立て、適正な方法で動物実験を行うことは、ESGに適い、企業価値の向上にも繋がるのですから、企業は積極的にアピールしていくべきです。

わかもと製薬も、自社サイトに「研究開発活動」として掲載しています。

掲載している内容の文章が良いだけに、せっかく掲載するなら、「こんなことやってますよ」と写真などを用いて、もっと見せ方を工夫したアピールをしたほうがよいとは思います。

とはいえ、こうしたアピールの範囲を超え、「動物別購入頭数の開示」のために定款変更することが妥当かといえば、そうは思いません。

「動物別購入頭数の開示」と、定款に組み入れ開示を義務にすることの2つの要素に分けて考えても、いずれも必要ない気がします。

「動物別購入頭数の開示」

提案株主が「動物別購入頭数の開示」を求めている趣旨は、動物をむやみに殺傷していないことを株主・投資家にアピールするためと理解することができます。

しかし、「動物別」に開示することは、同業他社にすれば、わかもと製薬がどんな実験や研究開発をしているのかを探ることが可能になります(専門家ではないので、よくわかりませんが)。

動物別購入頭数の年次別推移を見て、小型動物が減り大型動物が増加していることがわかれば、それだけで実験や研究開発の進捗状況を察することもできるのではないでしょうか。

そうすると、「動物別購入頭数の開示」は企業秘密に準じる情報の開示とも言えるので、開示する内容としては相応しくないと考えることができます。

「3Rの原則」を意識したとしても、せいぜい実験に用いた動物の総数、動物を購入するために要した費用などの開示に留めるべきでしょう。

なお、日経新聞によると、ドイツのバイエルは動物別購入頭数を開示しているようです(バイエルのサイト内で見つけられませんでした・・)。

定款に組み入れ開示を義務にすること

「動物別購入頭数の開示」を定款に組み入れて開示を義務づけすることも、おかしな話しです。

定款に入れるということは、会社の目的になるわけです。

しかし、会社は開示をするために事業活動をしているわけではありません。事業活動の内容を株主・投資家にアピールするために開示をしているのです。

例えば、「人的資本開示」は、わが社は人材の確保・育成と環境整備のために、これだけ取り組んでいるということを株主・投資家にアピールして、株主・投資家に「これだけ取り組んでいるなら、この会社の将来は安泰だ」と安心・期待してもらうために行っています。

また、ESGを考慮しても、動物実験などの内容が世の中の人たちに受け入れてもらえるためにアピールができれば十分でしょう。

あくまでも任意の開示に留めるべきでしょう。

去年、トヨタ自動車の定款に「気候変動に関連した情報開示」を追加するように要求した株主提案への考え方と共通します。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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