こんにちは。弁護士の浅見隆行です。
2024年6月3日、国交省は、トヨタ、マツダ、ヤマハ発動機、本田技研工業、スズキの自動車メーカー5社から型式指定申請における不正行為をしていたとの報告があったことを明らかにしました。
自動車メーカー各社による報告は、国土交通省が、ダイハツ工業等の不正事案を踏まえ、型式指定を取得している自動車メーカー等 85 社に対し、型式指定申請における不正行為の有無等に関する調査・報告を指示していたことを受けたものです。
この問題の根本的原因は、製造工程におけるガバナンスの機能不全として理解することができます。
詳細は、既にダイハツ工業や豊田自動織機のブログ記事で分析しました。
なので、今回は、ガバナンスの機能不全はあえて取り上げず、その代わりに、5社のリリースを比較して、同じ「型式指定申請における不正行為」という事象でも、表現の仕方や内容によって伝わり方が異なるという、危機管理広報での表現の重要性を解説します。
公式サイト(コーポレートサイト)に掲載したリリースの差
型式指定申請における不正を報告した自動車メーカー5社は、いずれも公式サイト(コーポレートサイト)にリリースを掲載しました。
このうちマツダ、ヤマハ発動機、本田技研工業、スズキの4社は、不正事案の内容、調査方法、原因、再発防止策、安全性に問題がないことなどを詳細に記載していました。
これに対して、トヨタは、コーポレートサイトには、調査結果である不正の概要、安全性(性能)に問題がないことなどを記載しただけでした。
その代わりに、自社メディアのトヨタイムズにて、会長とカスタマーファースト推進本部長が記者会見で解説した内容の全文を公表しました。
本田技研工業のリリースと他4社のリリースの違い
良い意味で印象に残ったのは本田技研工業です。
本田技研工業を含む5社とも安全性に問題はないことを注記し、反省や再発防止について言及している点は同じです。
しかし、本田技研工業は、
型式指定申請に必要な各種の認証試験は、お客様に安心・安全に製品をご使用頂くための大前提となるものであり、Hondaは本調査結果を大変重く受け止めております。今後、全社をあげて再発防止と信頼の回復に取り組む所存です。
https://global.honda/jp/news/2024/c240603.html
と、「型式指定申請に必要な認証試験」を「お客様に安心・安全に製品をご使用いただくための大前提となるもの」と位置づけている認識を明らかにしました。
「お客様に安心・安全に製品をご使用いただくための大前提となるもの」とのフレーズを使うことで、まず型式指定申請に必要な認証試験をクリアするのは当然のことで、お客さまに安心・安全に製品を届けることができることができるのはその次の段階にあること、というメッセージを伝えられています。
ルールを守った先に安心・安全という質があるというイメージです。
「Regulationを守って、その先にスピードを追い求める」という、F1で鍛えられた発想なのかもしれません。
これに対して、本田技研工業以外の4社のリリースには、各社が今回問題になった「型式指定申請に必要な認証試験」にどんな意義があると捉えているのか、「型式指定申請における不正行為」のどこがどう悪いと思っているのかについての会社としての認識がほとんど記載されてません。
本田技研工業のリリースを見た後に他4社のリリースを読むと、本田技研工業以外の4社のリリースからは、「型式指定申請における不正行為」を「実質犯」ではなく「形式犯」であるように捉えており、「法規には違反したけれど安全性には問題がない」と開き直っているようなニュアンスさえ伝わってきてしまいます。
もちろん他4社が開き直っているはずはないと思います。
しかし、本田技研工業のリリースが良かったばかりに、相対的に、他4社のリリースが悪いように読めてしまうのです。
まったくの余談ですが、今年から東京に移転したHondaは都市対抗野球は分厚い東京の壁に花返され予選敗退してしまい残念でした。Honda熊本も負けてしまいました。本稿執筆時点で残るはHonda鈴鹿だけとなりました(東海第1代表トーナメントは既に敗退)。
センバツ高校野球では全開HondaなどHondaの応援曲を使っている健大高崎が優勝したのに、東京ドームではHondaの応援曲が一曲も流れず、応援席でみんなが横並びで踊っているのを見られない事態は防いでほしいです。
何を言っているかわからない人は、都市対抗野球でHondaの応援を見てみてください。
ちなみに、私もHondaのうちわを持っています。
「安全性に問題がない」などのフレーズを使用するときの広報上の注意点
今回のケースに限らず、法令に違反する不正・不祥事を起こした後のリリースで「安全性に問題はない」「健康に危害はない」「実害が発生していない」などと補足することはよくあります。
私自身もリリースの作成にアドバイスするときには、そうした補足を記載することがあります。
しかし、「安全性に問題がない」などの補足文は、法令違反などの不正・不祥事をしたことの免罪符となるキーフレーズではありません。
「安全性に問題がない」などの補足文を記載する目的は、不正・不祥事の発生によって不安を抱き、心配している消費者や世の中の人たちを安心させるためです。
危機管理広報ではここを誤解してはいけません。
大前提として、起こしてしまった法令違反やコンプライアンス違反などの不正・不祥事がどれだけ悪いことなのかを会社が理解していることを明らかにし、それに対する自戒の言葉を発信することが危機管理広報の主眼でなければなりません。
そういう意味で、きちんと危機管理広報を理解したリリースを作成しているのは、本田技研工業だけと言ってもいいかもしれません。
違和感を覚えたトヨタのリリースや会見の内容
違和感を覚えたのは、トヨタのリリースと会見の内容です。
コーポレートサイトとトヨタイムズを分けたのは閲覧する人には不便
先に書いたとおり、トヨタはコーポレートサイトには簡単な内容を掲載するに留め、詳細な解説は自社メディアであるトヨタイムズに会長と本部長が記者会見で解説した内容の全文を掲載しました。
本部長による解説の全文を掲載したことはわかりやすいと思います。
ただ、これだけわかりやすく説明できるなら、なぜあえてコーポレートサイトとは別に掲載したのでしょうか。
しかも、コーポレートサイトのリリースには「詳細はこちらをご覧下さい」などのトヨタイムズに誘導するリンクも掲載されていません。
情報を知りたい人に、コーポレートサイトを閲覧させ、さらにトヨタイムズを閲覧させるという二度手間をかけさせることになり、「カスタマーファースト」ではありません。
また、会長が「こうした行為は、認証制度の根底を揺るがすものであり、自動車メーカーとして、「絶対にやってはいけないことだ」と考えております。」と述べたことは、本田技研工業が「大前提」として言及した点と相通じるところはあると思います。
しかし、この点もなぜコーポレートサイトに掲載しなかったのでしょう。
リリースと会長の会見内容に違和感を覚えた理由
この2点だけでなく、コーポレートサイトに掲載したリリースの最後を
本年1月にグループビジョン「次の道を発明しよう」を発表しました。トヨタらしい企業風土である、現場が主権をもった「もっといいクルマづくり」に取り組んでまいります。
という表現で締めくくったことや、会見の最後で
この活動をグループ全体に広げ、現場が主権をもって、「もっといいクルマづくり」に取り組める企業風土をつくってまいりたいと思っております。
と今年2月以降の取組みに関して、「もっといいクルマづくり」というフレーズを繰り返している部分は、不正・不祥事の内容を「説明」する場にもかかわらず、「自社の伝えたいメッセージをアピール」する場に使っているような印象を受け、議題のすり替えのように感じました。
グループビジョンについて触れるなら、グループビジョンのタイトルではなく、グループビジョンのどの部分が今回明らかになった型式指定申請における不正行為とどう関係するのかを説明しないと、今年1月にグループビジョンを発表したことをアピールしたかっただけのように感じます。
不正・不祥事に基づく危機管理広報で重要なことは、自社への信頼を回復することです。
信頼を回復するために現在の取り組みを公表することは目的に適っていると思います。
しかし、今回問題になっているのは「いいクルマ」かどうか(できあがった車の善し悪し)ではなく、「クルマのつくり方が法に照らして許されるのか」どうか(車を製造するプロセス)です。
安全性は「できあがった車の善し悪し」に関わる内容であるのに対して、今回不正が問題になっているのは「車の製造プロセス」です。
「型式指定申請における不正行為」という問題と、繰り返された「もっといいクルマづくり」というフレーズとが微妙に噛み合っていないように感じて、違和感を覚えました。
こんな細かいところにこだわっている人はいないとは思いますが、危機管理広報に携わる者としては気になりました。
危機管理広報は難しいと改めて感じました。
こちらも余談ですが、トヨタは都市対抗野球2連覇&大エース佐竹投手の今大会終結の時を以ての引退がかかっているので、この問題を出場に影響させないで欲しいと思います。
何を言っているかわからない人は、都市対抗野球について学んでみてください。
ちなみに、トヨタの応援タオルは持っています。