中小企業にも広がる海外への技術流出を防止する取り組み。きっかけは、2013年に京都祇園のクラブで起きた産業スパイ事件。飲み屋だからといって緊張が緩んでいませんか?

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2024年5月23日付けの日経電子版で、京都発の海外への技術流出を防止する取り組みが中小企業に広がっている記事が配信されていました(会員限定記事)。

記事によると、きっかけになったのは、2013年に京都祇園で起きた産業スパイ事件です。

このブログでも過去の「産業スパイ」の事例やそれに基づく対策は、過去に何度か取り上げていますが、2013年に京都祇園で起きた産業スパイ事件は取り上げていなかったので、今日はそのケースを紹介します。

2013年に京都祇園で起きた産業スパイ事件

2013年に京都祇園で起きた産業スパイ事件の概要は、以下のとおりです(2013年9月26日付け産経新聞の記事が詳しいですがネットでは配信されていないので、新聞データベースなどで確認してください)。

  • 2001年9月、京都の祇園の中心地に中国人ママのほか7〜8人のホステスがいる高級店(最低でも1人2万円以上)がオープン
    • 中国人ママの親族は中国共産党幹部とも報じられる
  • ママやホステスが、来店した電子部品や精密機器で最先端の技術を持つ京都府内の企業の幹部や技術者から、製品情報や技術部門の人事異動、中国市場への企業戦略といった内容を聞き出していた。なかには、ホステスに設計図面を見せていた技術者もいた」との証言
  • 2013年6月 中国人ホステス(32歳)が在留資格を得るために男性自衛官(53歳)と偽装結婚したとして逮捕
    • 自衛官は懲戒免職され、2013年9月26日に公正証書原本不実記載・同行使、および詐欺罪で懲役2年、執行猶予3年の有罪判決
    • 中国人ママは書類送検された後に起訴猶予
  • 2013年6月 京都府警が捜索した後、閉店

飲み屋だからといって緊張が緩んでいませんか?

いわゆる「お姉ちゃんがいる店」(俗っぽいですが、わかりやすいのであえてこの表現を使います)では、自分を大きく見せるために仕事の内容を盛って話したり、店員は異業種との思い込みから気を許して仕事の具体的な内容を事細かに話をしてしまうのは、男性の悲しい性かもしれません。

しかし、酒が入って多少はたがが外れたとしても、ビジネスパーソンである以上は理性を留めておかなければなりません。

「お姉ちゃんがいる店」ではセクハラをしていはいけないことへの緊張感を持ち続けるビジネスパーソンは増えています(そうではないケースも起きてはいますが)。

セクハラをしないのと同様に、情報を漏えいしないことへの緊張感も持ち続ける必要があります。

「製品情報や技術部門の人事異動」、「中国市場への企業戦略」、ましてや「設計図面」など、企業にとって重要な機密やトップマターであり、社内でさえ関係者以外に漏えいしてはならない情報です。

ましてや、社外の人間に漏えいするのは言語道断です。

2013年当時は今ほど情報セキュリティが強く言われていなかったとは言っても、その時点でも多くの機密漏えいや「産業スパイ」の事件が発生し、また個人情報保護法は施行されており情報に対する意識は高まっていました。

そもそも飲み屋の店員は信頼できるのか?

ビジネスパーソンが「お姉ちゃんがいる店」で、情報漏えいをしてしまう理由の一つとしては、店員は水商売で異業種だから仕事の内容を話しても情報漏えいに繋がらないと思い込んでいることが考えられます。

その根底には、店員を下に見ていることもあるかもしれません。

しかし、その類のお店で働いている店員は昼間はどこかの会社でビジネスパーソンをしていて、夜だけのアルバイトかもしれません。

もしそうだとしたら、夜のお店で話した内容が昼間に働いている会社に漏れてしまうことがありえます。

2013年の事件のように、中国共産党に親族がいて、日本の会社から情報を盗もうと考えている産業スパイがホステスをしているだけかもしれません。

そうすれば、話した仕事の内容は海外に流出していきます。

そのいずれでなかったとしても、店員が口が軽くて、その店の他のお客さんに話してしまうかもしれません。

そう考えたら、「お姉ちゃんがいる店」で仕事の話しなど怖くてできません。

2013年の産業スパイ事件がクラブで起きたので、ここまで「お姉ちゃんがいる店」を例えとして出してきましたが、これは「お姉ちゃんがいる店」に限りません。

男性が店員をしているホストクラブだろうと、日本中にある普通の居酒屋だろうと同じです。

政治家や大企業のトップが料亭やホテルで会食をするのも、情報漏えいを恐れて、信頼できるお店を選んでいるからです。

飲み屋で意気投合した客にも要注意

「お姉ちゃんがいる店」や普通の居酒屋も含め飲み屋全般で気をつけるべき相手は、店員だけではありません。

飲み屋でたまたま意気投合した客にも注意をする必要があります。

飲み屋で声を掛けられたことから始まって、最終的には、営業秘密の不正取得を理由に不正競争防止法違反で有罪判決を受けるまで至ったケースがあります。

以前にもブログで紹介した、ロシアの産業スパイによるソフトバンクの情報漏えい事件をもう一度紹介します。

ソフトバンク情報漏えい事件

ソフトバンクの統括部長(当時)が、ロシアの産業スパイに、社外秘の、通信設備の構築に関わる作業手順書などを漏えいしたケースです。

報道によると、ロシアの産業スパイがソフトバンクの統括部長(当時)を通じて社外秘の情報を不正取得した方法は次のとおりです(2020年1月27日時事通信2020年2月15日日本経済新聞2020年5月22日朝日新聞デジタル)。

  • ソフトバンクの統括部長(当時)は、新橋の飲み屋街でロシア人に声を掛けられた
  • ロシア人は、2017年春ころ来日。表向きは、元外交官で在日ロシア通商代表部の代表代理というナンバー2の立場ながら、ロシア対外情報庁(SVR)で科学技術に関する情報を収集する「ラインX」の一員としてスパイ活動に従事していた
  • 統括部長は、ロシア人から素性・連絡先は教えられておらず、飲食店などで会うたびに次の面会日を指定されていた
  • 報酬として1回につき数万~約20万円、計数十万円
  • ロシア人は2018年11月20日、東京都内の飲食店で、統括部長に「機密情報を入手してほしい」などと要求し、3件の情報の取得を唆した
  • 接触場所は飲食店だけでなく神社の境内も使っていた
  • 統括部長が要求を断ろうとすると「あなたの住んでいるマンションを知っている」などと脅すような言葉をかけてくることもあった

統括部長は、在籍中の2019年2月から3月にかけて、サーバーにアクセスして、通信設備の構築に関わる作業手順書などを表示したパソコン画面をデジタルカメラで撮影し、SDカードに複製し、不正に取得したとして、不正競争防止法違反により懲役2年、執行猶予4年、罰金80万円に処せられました(東京地裁2020年7月9日)。

ロシアの産業スパイは情報入手後に帰国してしまったため、不起訴となりました。

産業スパイは、自然・偶然を装って接近してきます。

仕事の場以外で知り合った人には、仕事の情報を話してはいけないことを肝に銘じてください。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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