大塚食品の工場で異物混入を公益通報した従業員が、不利益取扱いによってうつ病になった等として約220万円の損害賠償請求を提訴。公益通報に対する「不利益取扱い」になる場合とは?

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2024年5月13日、大塚ホールディングス(大塚HD)の子会社である大塚食品の滋賀工場で製品管理を担当していた男性従業員が、異物が検出されたことを公益通報した後に社内で不利益な扱いを受け、うつ病を発症したとして、約220万円の損害賠償を求める訴えを大津地裁に起こした、などと報じられています。

大塚食品による不利益取扱いと男性従業員が主張している内容

メディアによって報じている内容が少しずつ異なっているので、提訴した男性従業員の主張内容の正しいところまではわかりませんが、複数の報道内容を整理すると、概ね以下の内容だと理解することができます。

  • 2021年11月、粉末状の食品「ポカリスエット パウダー」を入れていたポリ袋から黒いほこりや緑色の樹脂片などが検出され、男性従業員が所属する工場品質管理課が調査した結果、食品の包装に使ってはいけないポリ袋を使用していたことが判明した。
  • 大塚食品がリコールなどの対応を講じなかったため、男性従業員は、2022年6月に滋賀県食品安全監視センターに通報した。
  • 滋賀県が工場などに立ち入り調査し、異物混入についての注意喚起と再発防止を指導した。しかし、社内で問題の所在を明らかにすることや、問題に関する処分は実施されなかった
  • 問題が隠ぺいされると考えた男性は、2度にわたって社内のコンプランス委員会に内部通報を行った。2023年3月には親会社の大塚HDにも通報した。
  • 2023年4月に別の部署へ異動させられ、監視カメラが自分の席に向け設置され、社内システムへのアクセス権限を奪われ、上司から仕事を与えられないなどの扱いを受けた。
  • 2023年8月に鬱病と診断され、3か月(約4か月?)休職した。
  • 復職後に不利益な取扱いをしないよう労働組合を通じて会社と交渉したが、会社は「配慮は行わない」と回答した。

あくまでも提訴した男性従業員の主張をもとにした報道内容なので、どこまでが事実なのかはわかりません。

事実は、今後の訴訟の中で明らかになるはずです。

公益通報者保護法の「不利益取扱い」に該当するかの判断基準

大塚食品のケースで気になる点

大塚食品のケースで気になったのは、社内で問題の所在を明らかにすることや問題に関する処分が行われなかったことについて、問題が隠蔽されると男性従業員が考え、社内コンプライアンス委員会や親会社の大塚HDにも通報をしたことです。

これの何が気になったかというと、本当に「隠蔽」があったのか、3つのパターンが考えられるからです。

1つは、大塚食品が、滋賀県から注意喚起と再発防止の指導を受けた後に、それを無視し、あるいは漫然と放置していたパターンです。

この場合には、「隠蔽」のおそれがあると男性従業員が受け取るのも、そうかもしれないな、と思います。

2つめは、大塚食品が、滋賀県から注意喚起と再発防止の指導を受けた後に、該当する役員や部署では対応したけれども、該当部門以外には公表されなかったために、傍目には何もしていないように受け取られたというパターンです。

この場合には、社内では対応していたのに、男性従業員の目には「隠蔽」のおそれがあると映っただけということにもなります。

3つめは、大塚食品が、滋賀県から注意喚起と再発防止の指導を受けた後に、再発防止策と社内処分を検討した末、再発防止策は必要と考えたけれども処分することまでは必要がないと判断したために、傍目には何もしていないように受け取られたというパターンです。

いずれが真実なのかは当事者ではないのでわかりません。しかし、今回のケースを危機管理の後学の題材とするなら、色んなパターンでシミュレーションして分析する方がよいと思います。

ボッシュ事件(東京地判2013年3月26日)

なぜ、このようなパターンを想定したかというと、ボッシュ事件(東京地判2013年3月26日)のようなことが考えられるからです。

ボッシュ事件とは、

  1. ボッシュが内部通報に基づき十分な調査と対応をしたにもかかわらず、通報者が内部通報メールを繰り返したため、ボッシュが通報者を出勤停止5日の懲戒処分をした
  2. 通報者は出勤停止処分に従わず出勤し続け、人事部マネージャーを中傷するメールなどを繰り返し送ったので、ボッシュは通報者を普通解雇にした
  3. 通報者が懲戒処分、普通解雇の有効性を争った

というケースです。

裁判所は、出勤停止停止の懲戒処分、普通解雇のいずれも有効と判断しました。

その理由は、ボッシュは、通報者が内部通報をしたことを理由に懲戒処分、普通解雇したのではなく、

  • 通報を受け会社が十分な調査、対応をした後に、
  • 通報者が民事・刑事の責任を問えないことを認識しながら、かつ、
  • 専ら他の目的を実現するために再度蒸し返して通報することが、

公益通報者保護法の「不正の目的」に該当するので、(公益通報者保護法によっても保護されず)、懲戒処分、普通解雇も有効である、と判断したものです。

詳細は大阪王将のブログ記事を書いた際に解説しましたので、興味があれば、その記事もご覧下さい。

ボッシュ事件を大塚食品のケースを比較してみると・・

ボッシュ事件と大塚食品のケースを比較してみると、以下のように整理できます。

ボッシュ事件大塚食品(男性の主張をベース)
通報を受け会社が十分な調査、対応をした1.通報を受けた県の立ち入り調査後に注意喚起と再発防止の指導を受けた
2.社内で問題の所在を明らかにしていない?、問題に関する処分が行われていない?
通報者が民事・刑事の責任を問えないことを認識問題が隠蔽されると考えて
専ら他の目的を実現するために再度蒸し返して通報する社内のコンプライアンス委員会と親会社の大塚HDに通報した

こうして比較すると、公益通報が不正の目的によるものと判断されたボッシュ事件と、大塚食品のケースはだいぶ状況が違うのかもしれないな、と考えることができます。

これも、提訴した男性従業員の主張をもとにした比較なので、事実がどうなのかはわかりません。

異動と異動後の処遇は「不利益取扱い」なのか?

大塚食品のケースを、ボッシュ事件と比較すると状況が違うとしても、それによって、従業員1人だけの部署への異動が「不利益取扱い」にあたる、または、異動後に監視カメラが設置され、社内システムへのアクセス権限が制限され、仕事を与えられないことが「不利益取扱い」にあたるとも言い切れません。

ここから先は一般論としてお話しすると、こうした「不利益取扱い」かどうかが争われるケースでは、企業側が異動の必要性・相当性、異動後の処遇の必要性・相当性を争うことがよくあります。

通報以前からの人事評価や人事考課によってちょうど異動させようとしていたタイミングと通報のタイミングが一致してしまった場合とか、通報とは別件で情報漏えいや不正アクセスなどがあり行動を監視する必要性や社内の人員や情報へのアクセスを絶つ必要性がある場合などと、企業側が主張するケースです。

後掲のオリンパス事件判決では異動ではなく配転でしたが、配転命令の必要性が争われました。

また、不利益取扱いではない企業側の主張として、とってつけたように守秘義務違反があったなどと主張するケースもあります。

しかし、その主張は認められないケースのほうが多い印象をうけます。

こちらは以前に記事しました。

今回のケースで、訴訟前の労働組合との交渉でどのような主張をしていたのは報じられていないので、訴訟にて、大塚HDや大塚食品がどのような主張をするのかは興味深いところです。

オリンパス事件控訴審判決(東京高裁2011年8月31日)

内部通報と不利益取扱いについては、オリンパス事件(東京高裁2011年8月31日)が有名だと思います。

オリンパスの内部通報窓口だったコンプライアンス室に対して、係長格相当の男性従業員が自身の所属する部署において取引先からその機密情報を知る従業員を引き抜こうとする動きがあることを内部通報したところ、コンプライアンス室の室長が、人事部長と男性従業員が所属する事業部門の部長にメールを送信したところ、後日、通報した男性従業員が第1配転命令を受けた(都合3回配転命令を受けた)ため、各配転命令の有効性と損害賠償を請求したケースです(パワハラも争いました)。

この訴訟では、オリンパスは業務上の必要性がある配転命令で、内部通報に対する不利益取扱いではないことを主張しました。

第1審の東京地裁判決(東京地判2010年1月15日)は、第1配転命令には業務上の必要性があり、また、同命令が、男性従業員が取引先企業従業員の雇入れについて意見を述べたりコンプライアンス室に通報したことを理由にされたものとは認められないなどと判断して、配転命令の有効性を認め、損害賠償の請求を棄却しました。

これに対して、東京高裁は、以下のように、配転命令の無効性を認め、また損害賠償として約220万円を認めました。

第1配転命令は,被控訴人P1において,P4から転職者の受入れができなかったことにつき控訴人の言動がその一因となっているものと考え,被控訴人会社の信用の失墜を防ぐためにした控訴人の本件内部通報等の行為に反感を抱いて,本来の業務上の必要性とは無関係にしたものであって,その動機において不当なもので,内部通報による不利益取扱を禁止した運用規定にも反するものであり,第2及び第3配転命令も,いわば第1配転命令の延長線上で,同様に業務上の必要性とは無関係にされたものであること,② 第1ないし第3配転命令によって配置された職務の担当者として控訴人を選択したことには疑問があること,③ 第1ないし第3配転命令は控訴人に相当な経済的・精神的不利益を与えるものであることなどの事情が認められるから,第1ないし第3配転命令は,いずれも人事権の濫用であるというべきである。したがって,第3配転命令については,控訴人には就業規則34条の「正当な理由」があり,これを拒絶できるというべきである。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/322/083322_hanrei.pdf

ボッシュ事件判決は通報した側が公益通報の要件を充たしていないことをその後の懲戒処分や普通解雇の有効性の判断要素としたのに対して、オリンパスの控訴審判決は、企業側の配転命令の動機が不当、内部通報による不利益取扱いを禁止した運用規定(※当時は公益通報者保護法がなくオリンパス運用規定のみ)に反するとしたことが特徴的です。

通報側の目的・動機に着目するのか、企業側の目的・動機に着目するのか、それとも通報者が正当な通報であると要件を充たしている場合にはじめて企業側の目的・動機が問題になるのか、あるいは、常に両者の目的・動機が問題になるのか・・・どう理解したらいいのでしょうね。

おそらく常に両者の目的・動機が問題になるのだとは思います。

長くなったのでこの辺で。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
error: 右クリックは利用できません