ダイハツ工業が側面衝突試験での不正に加え、25の試験項目で174個の不正行為が判明したとの調査結果を公表。原因を突き詰めると、トヨタ完全子会社故の「余裕の無さ」のせいではないか。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2023年12月20日に、ダイハツ工業が、第三者委員会による調査の結果、4月のドアトリム不正・5月のポール側面衝突試験不正に加えて、新たに25の試験項目において、174個の不正行為があったことを公表しました。

また、現在国内外で生産中の全てのダイハツ開発車種の出荷を一旦停止することも公表しました。

4月に側面衝突試験の不正が公表された際には、トヨタのグループ・ガバナンス対応が良い、という記事を書きました。

だがしかし、今回公表された調査報告書を見ると、ダイハツ工業が不正行為を繰り返したのは、突き詰めると「余裕の無さ」にあり、その「余裕の無さ」を作り出したのはトヨタなのでは?と感じました。

※2024/02/10追記

ダイハツ工業が国交省に提出した再発防止策について記事を書きました。

ダイハツ工業で不正行為が発生した原因

調査報告書では、概要版全文版のいずれでも、ダイハツ工業で不正行為が発生した原因を

  1. 不正行為が発生した直接的な原因及びその背景
  2. 現場の実情を管理職や経営幹部が把握できなかった原因
  3. 本件問題の真因

の3つに分類し、過度にタイトで硬直的な開発スケジュールや、認証試験担当者が絶対合格のプレッシャーに晒されていた実態などを詳細に記載しています。

メディアの報道やSNSを見ても、この部分に反応している声が多く見られました。

なぜ短期開発や絶対合格のプレッシャーに晒されたのか

問題は、なぜ、ダイハツ工業が「過度にタイトで硬直的な開発スケジュール」を設定し、「認証試験担当者が絶対合格のプレッシャーに晒される」ことになったのか、です。

短期開発の背景・経緯

調査報告書全文版では、開発スケジュールの背景・経緯について、次のような記載があります。

ダイハツは、トヨタ出身の会長が2005年に就任し、創立100周年を迎えた2007年以降、軽自動車で収益を上げられるビジネスモデルを確立するための事業構造改革に注力した。その中で開発の工数と予算を削減する観点から、リードタイムを短縮する「短期開発」の具体的なアイデアや方法の検討が開始され、2011 年 9 月に販売開始された「ミラ イース」では、従来よりも大幅に短縮した期間での開発を実現し、ダイハツとして大きな成功体験となった。そして、その後のプロジェクトにおいては、更なる短期開発が求められるようになった。2012 年以降、2016 年のトヨタの完全子会社化までの期間は、新機種やモデルチェンジに起因する開発車種の増加により開発人員数が不足する状況となったが、リソーセスの確保は十分に行われず、開発部門の自助努力に頼って短期開発が推進された。2016 年 8 月にトヨタの完全子会社となって以降、トヨタの海外事業体の生産プロジェクトにも関与して事業を拡大した結果、車両の仕向地や生産国が増加する一方、トヨタグループの中でダイハツの強みを海外にも展開する「トヨタの遠心力」とも称される役割を期待されるようになり、ダイハツが、短期開発の強みを活かしてその期待に応えることを至上命題として奮起したことも、短期開発がますます促進されるに至った背景の 1 つとして挙げられる。

調査報告書全文版103ページ(111/162)

売上・利益を上げる経営目標のために、時間の余裕を無くした、と言えます。

もちろん、時間に余裕があるからと言ってダラダラと不効率な仕事をしては意味がありませんが、しかし、時間の余裕を自分たちから放棄したことが、心の余裕も無くし、丁寧な物づくりからは離れることに繋がってしまったように読めます。

試験担当者のプレッシャーの背景・経緯

調査報告書全文版では、試験担当者が絶対合格のプレッシャーに晒された背景・経緯について、以下の記載があります。

特に、衝突安全試験の担当者は、破壊試験のため試験車両の使いまわしができないという試験の特性がある中でコスト削減の観点から利用できる試験車両の数に制限のある状況にあり、「絶対に合格しなければならない」、「不合格は許されない」というまさに一発勝負の強烈なプレッシャーに晒されながら業務を行っていた(もとより上記のような「認証試験は合格して当たり前」という環境にあったこともプレッシャーの原因になっていた。)

調査報告書全文版104ページ(112/162)

試験担当者は試験車両の数に余裕が無い状況であれば、当然のことながら、認証試験で不合格を避けざるを得ません。

不合格の結果を出すことは認証試験の担当者が悪いわけではありません。

しかし、担当者にしたら「同僚がタイトな時間の中で苦労して作った車両を不合格にするわけにはいかない」「経費削減という会社の目標を達成できなくなってしまう」と考えたのではないでしょうか。

また、担当者が仲間思いの人だったとしたら、顔の見えない顧客を重視するよりも「同僚の仕事を無駄にするわけにはいかない」と仲間を思う気持ちににつながったであろうことも容易に想像がつきます。

経費の削減が、最後の試験という安全確保のストッパーを緩めてしまった要因になってしまいました。

トヨタの関与は

開発スケジュールの点で引用したとおり、2005年にトヨタ出身の会長が就任したことが「開発の工数と経費の削減」のために「短期開発」を始めたきっかけでした。

経営者であれば、売上・利益を出すために無駄を削るのは当たり前なので、当時は間違った経営判断ではなかったであろうと思います。

ただし、「短期開発」に着手する際に安全面への意識があったのかどうかは気になります。

例えば、開発工数と経費を削減するにしても、安全に繋がる認証試験に必要な車両の数は十分に確保しようという発想はなかったのでしょうか。

また、調査報告書全文版とトヨタのウェブサイトに次の記載があったのも気になりました。

当委員会が類似案件として認定した不正行為は合計 174 個(不正加工・調整類型28 個、虚偽記載類型 143 個、元データ不正操作類型 3 個)であるが、一番古いもので 1989 年の不正行為が認められる。当委員会が把握した不正行為は、アンケート調査やデジタル・フォレンジック調査等によって当委員会が独自に検出したものと、ダイハツの社内調査により検出された認証申請書類や試験データ等の関係書類間の不整合等を端緒とするものに大別されるところ、両者を区別することなく、当委員会が認定した全ての不正行為の年代別分布は、下図「不正行為の年代別分布」のとおりである。それまでの期間と比較して2014 年以降の期間で不正行為の件数が増加し、各年の発生件数にばらつきはあるものの、同年以降、毎年相当数の不正行為の発生が継続している状況が認められる

調査報告書全文版34・35ページ(142・143/162)

弊社としましても、2013年以降、小型車を中心にOEM供給車を増やしており、これらの開発がダイハツの負担となっていた可能性がある事、ならびにダイハツにおけるこのような認証業務の状況を把握出来ていなかった事について、深く反省をしております。

ダイハツ工業による認証申請における追加不正行為の判明ならびにトヨタ販売車両の出荷停止と今後の対応について

この2つの記載と短期開発の背景・経緯として引用した調査報告書の内容を併せ読むと、トヨタが2013年以降ダイハツ工業に負担を掛けたことが、ダイハツ工業で2014年以降に不正行為が続き、不正行為の件数が増加した要因になったのではないか、と感じました。

トヨタもダイハツ工業での不正行為の遠因になっている自覚があるからこそ、ウェブサイトで「反省」の意を示したのでしょう。

トヨタが自社では開発しないという時間と経費の余裕の無さ(余裕がないと言うよりは無駄を省く節約の精神かもしれません)が、ダイハツ工業に負担をかけたと理解することもできます。

もっとも、調査報告書全文版は、それだけを要因とはせず、35ページの欄外に「2014 年以降の不正行為の発生件数がそれ以前と比較して増加している背景としては、ダイハツの社内調査が生産中又は開発中の合計 27 シリーズを対象としたものであり、当該調査の結果を端緒として当委員会が認定した不正行為が 2014 年以降に含まれており、その件数が一定程度影響していると考えられる。」との注釈を入れています。

「選択と集中」も大事だけれど「遊び」も大事

上場会社は、株主・投資家から企業価値の向上の中でも特に売上・利益の向上が強く要請されます。

そのため、ダイハツ工業に限らず、多くの会社が、非効率な業務や無駄を省く「選択と集中」を行っています。コンプライアンスやガバナンスでガチガチに縛っているのもその影響です。

しかし、その結果、どの会社も業務の内容、進め方が全般的に「遊び」がなく、息苦しくなっている印象を受けます。

「遊び」は本当に遊ぶという意味ではなく、多少の無駄という意味で「時間の余裕」「心の余裕」「お金の余裕」のことです。

そもそも、経営判断の原則では「意思決定の過程と内容が著しく不合理ではない限り」、取締役の善管注意義務違反にはなりません。

要するに、「時間の余裕」「心の余裕」「お金の余裕」は、著しくない程度の不合理、別の言い方をすれば多少の不合理として許容されます。

意気込みすぎて不正・不祥事が起きてしまうなら、多少の不合理を残しても良いのではないでしょうか。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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