こんにちは。弁護士の浅見隆行です。
一般社団法人共同通信社と子会社である株式会社共同通信社でそれぞれ業務上横領が相次いで発生しました。
2つの業務上横領
一般社団法人共同通信社での業務上横領
2023年12月8日、一般社団法人共同通信社の元ソウル支局長だった2人外信部次長が各々為替差益約3230万円、2780万円を横領したとして懲戒解雇されました。
横領行為の具体的内容は以下のとおりです。
2012年4月~18年2月に支局長を務めた50歳代の次長は、本社から毎月送金される一定額の運営資金を円からウォンに両替する際、実際より低い為替レートで交換したとする会計報告を行い、差額の約3230万円を着服。後任の40歳代次長も、18年2月~22年8月の在任中、同様の方法で約2780万円を着服していた。2人は着服金を私的に流用していたという。
2023/12/8付け読売新聞オンライン
株式会社共同通信社での業務上横領
2022年11月18日には、一般社団法人共同通信社の子会社である株式会社共同通信社でも、経理部次長が1億3000万円を横領して懲戒解雇されています。
こちらの横領行為の具体的な内容は、以下のとおりです。
次長は今年8月1日~9月30日、関係書類を偽造して、計22回にわたって資金を移していた。約4年前に知人の紹介で知り合った自称投資コンサルタントの外国人から、今年3月以降、SNSを通じて報酬を一時的に預かってほしいと繰り返し求められ、手数料の立て替えなどの名目で送金していたという。
2022/11/18付け読売新聞オンライン
取締役の内部統制システム構築義務
大和銀行事件第一審判決との共通点
一般社団法人共同通信社と子会社である株式会社共同通信社とで別法人ですが、わずか1年で高額な業務上横領が相次ぎました。
読売新聞の上記報道によると、一般社団法人共同通信社での業務上横領は40歳代次長による自首によって発覚し、株式会社共同通信社での業務上横領は本人による自首によって発覚しました。
会社の現金を横領し、本人が自首したことによって発覚したという経緯は、1995年に発覚した大和銀行事件と同じです。
そうだとすると、今回のケースでも、一般社団法人共同通信社、株式会社共同通信社の取締役・監査役は、大和銀行事件第一審判決と同様、内部統制システム構築義務違反があったのではないか、と評価されてもおかしくありません。
もっとも、報道によると、一般社団法人共同通信社、株式会社共同通信社のいずれとも業務上横領をした本人たちが弁済しているようです。
完済されれれば、法人の「損害」はなくなるので、取締役らの内部統制システム構築義務違反の責任を求める訴訟に発展することはなさそうです(取締役に再任されるだけの適性があるかどうかの判断材料にはなるかもしれません)。
以下では、かなり古い判例ですが、大和銀行事件第一審判決について見ていこうと思います。
大和銀行事件とは
大和銀行事件とは
- 大和銀行NY支店の行員が、1984年から1995年までの間、無断かつ簿外で有価証券取引を約3万回行い、その結果、銀行に約11億ドルの損失を発生させ、その事実を1995年7月13日付けの頭取宛ての書簡により明らかにした
- 事実発覚後も、大和銀行はアメリカ当局に隠蔽していたため、捜査当局から3億5000万ドルの罰金を命じられた
というものです。
この事件では、大和銀行の株主が、1については、
- 代表取締役およびNY支店担当取締役は、行員による不正行為を防止し損失の拡大を最小限にとどめるための内部統制システムを構築義務違反がある
などと主張して、株主代表訴訟を提起しました(なお、2についても米国での法令遵守義務違反の善管注意義務違反がある等として、代表訴訟を提起しています)。
取締役の内部統制システム構築義務を定める会社法が成立する前の事件なので、原告株主は、内部統制システム構築義務を取締役の善管注意義務として主張しています。
内部統制システム(リスク管理体制)の「整備」と「機能」
第一審である大阪地判2000年9月20日は、内部統制システム(リスク管理体制)の「整備」と「機能」に分けて
ニューヨーク支店における財務省証券取引及びカストディ業務に関するリスク管理体制は、当法廷に提出された証拠上は、大綱のみならずその具体的な仕組みについても、整備されていなかったとまではいえない
大和銀行本部(検査部)、ニューヨーク支店及び会計監査人が行っていた財務省証券の保管残高の確認は、その方法において、著しく適切さを欠いていたものと評価される。・・●●に保管残高明細書を改ざんする機会を与える結果となり、本件無断売却及び・・虚偽のバンカーズ・トラストの保管残高明細書の作成及び虚偽の保管残高明細書のファクシミリ送信・・に係る行為を発見、防止することができなかったのであり、大和銀行のリスク管理体制は、この点で、実質的に機能していなかったものと言わなければならない。
と、リスク管理体制は「整備」されているけれども「機能」していなかった、と判断しました。
なお、2023年時点では内部統制システムの「整備」の程度について、通常想定される不正行為を防止できる程度の管理体制を整備する義務を負っていることまで要求されるのが裁判実務です(日本システム技術事件、リソー教育事件)。
形ばかりの体制を整備しても実際にリスクの発生を予防できない体制や同じ手法の前例が発生しているのに防止できない体制では「整備」義務違反になる、ということです。
この点は以前に判例を紹介しながら投稿しました。
内部統制システムを「機能」させていなかったことについての取締役の責任
大阪地判2000年9月20日は、その上で、取締役らの責任について、
店内検査は、検査部の統括の下、検査部が担当取締役の決裁を経て作成した検査要領に基づいて実施されていたのであり、臨店検査は、検査部が右検査要領に基づいて実施していたのであるから、検査部の担当取締役が業務担当取締役あるいは使用人兼務取締役として、財務省証券の保管残高の確認方法が適切さを欠いていたことにつき、任務懈怠の責を負う。・・
店内検査及び内部監査担当者による監査は、ニューヨーク支店長の指揮の下実施されるのであるから、取締役が支店長を務めている場合には、同支店長が業務担当取締役としてあるいは使用人兼務取締役として、財務省証券の保管残高の確認方法が適切さを欠いていたことにつき、任務懈怠の責を負う。・・
米州企画室の担当取締役は、米州企画室が実施した財務省証券の保管残高の確認方法が適切さを欠いていたことにつき、任務懈怠の責を負う。
と、リスク管理体制を「機能」させていなかった検査部の担当取締役、NY支店長である取締役、米州企画室の担当取締役の任務懈怠(善管注意義務違反)を認めました。
他方で、頭取、副頭取の各取締役については、
大和銀行では、代表取締役頭取が、同行の業務全体を掌理するとともに、副頭取を指揮監督し、副頭取が、担当する各部門の業務担当取締役を指揮監督する体制を組織していたものと思われるが(事務分掌規程及び決裁権限規程は当法廷に提出されていない。)、大和銀行のような巨大な組織を有する大規模な企業においては、頭取あるいは副頭取が個々の業務についてつぶさに監督することは、効率的かつ合理的な経営という観点から適当でないのはもとより、可能でもない。財務省証券の保管残高の確認については、これを担当する検査部、ニューヨーク支店が設けられており、この両部門を担当する業務担当取締役がその責任において適切な業務執行を行うことを予定して組織が構成されているのであって、頭取あるいは副頭取は、各業務担当取締役にその担当業務の遂行を委ねることが許され、各業務担当取締役の業務執行の内容につき疑念を差し挟むべき特段の事情がない限り、監督義務懈怠の責を負うことはないものと解するのが相当である。
と、各業務担当取締役への担当業務の遂行を委ねることができるとして、監督義務違反を否定しました。
なお、大和銀行事件判決は、控訴後、大阪高裁にて、現・元役員49人全員で計約2億5000万円を同行に支払うとの和解が成立し終結しました(2021年12月11日。翌12日から大和銀行ホールディングスになることが影響したようです)。
ヤクルト株主代表訴訟(東京高判2008年5月21日。第一審;東京地判2004年12月16日、上告審;最判2010年12月3日)
大和銀行事件判決と同様に「気がつけなかった」ことの責任の有無に関して参考になるのが、ヤクルトの株主代表訴訟です。
これは、デリバティブ取引担当取締役が想定元本の限度額規制に反して行った規制後のデリバティブ取引による巨額損失について、デリバティブ取引担当取締役とその他の取締役の責任が代表訴訟で問われた事件です。
東京高裁は、デリバティブ取引の担当ではない経理担当取締役と監査役の責任について、
被控訴人Y9は経理担当取締役、被控訴人Y11は監査役であり、被控訴人Y10(※取引を担当する管理本部長兼取締役副社長)が行っていた本件デリバティブ取引について、事後的なチェックをする職責を負っていたものであるが、・・・個別取引報告書の作成や調査検討を行う下部組織等(資金運用チーム・監査室等)が適正に職務を遂行していることを前提として、監査室等から特段の意見がない場合はこれを信頼して、個別取引報告書に明らかに異常な取引がないか否かを調査、確認すれば足りたというべきである。
ところが、被控訴人Y10の想定元本の限度額規制の潜脱は、隠れレバレッジなどのレバレッジを掛けて、表面上想定元本の限度額規制を遵守したかのように装って、実質的にこれを潜脱するという手法で行われたものであり、監査室からも、本件監査法人からも特段の指摘がなかったのであるから(なお、そこから挙がってくる報告に明らかに不備、不足があり、これに依拠することに躊躇を覚えるというような特段の事情があったとは認め難い。)、金融取引の専門家でもない被控訴人Y9や被控訴人Y11がこれを発見できなかったとしてもやむを得ないというべきで、被控訴人Y10の想定元本の限度額規制違反を発見できなかったことをもって善管注意義務違反があったとはいえない。
と、経理担当取締役と監査役の責任を否定しました。
大和銀行事件第一審判決と異なり、
- 個別取引報告書の作成や調査検討を行う下部組織等(資金運用チーム・監査室等)が適正に職務を遂行していたこと(監査役室から特段の意見がなかった)
- デリバティブ取引担当取締役による想定元本の限度額規制の潜脱は、隠れレバレッジなどのレバレッジを掛けて、表面上想定元本の限度額規制を遵守したかのように装って、実質的にこれを潜脱するという手法であったこと
が責任の有無の判断に影響したと思われます。
2つの共同通信社の内部統制システム構築義務違反は?
大和銀行事件第一審判決やヤクルトデリバティブ取引高裁判決との比較と日本システム技術の判例を併せて考えると、一般社団法人共同通信社、株式会社共同通信社において取締役の内部統制システム構築義務違反があったかどうかは、
・両社ともに通常想定される不正行為を防止できる程度の管理体制を「整備」していたか
・同じ手法の前例は無かったか
・監査法人や内部監査が適正に業務を遂行していたか
・監査法人や内部監査から特段の意見がなかったか
・業務上横領の手法が体制の間隙を縫うようなものだったか
などによって判断されることになります。
また、株式会社共同通信社は一般社団法人共同通信社の子会社なので、一般社団法人共同通信社の取締役は、株式会社共同通信社での業務上横領について、グループ・ガバナンスの「整備」「機能」ができていたかも問題になりえます。
グループ・ガバナンスについては、以前に投稿しました。
もっとも、業務上横領をした本人から完済されれば「損害」はなくなるので、内部統制システム構築義務違反やグループ・ガバナンスの構築義務違反があったとしても、その責任が問われることは無く、せいぜい、取締役として重任する適性・資質があるかどうかを判断するための要素になるだけです。