電力各社のカルテルに株主が代表訴訟を提起。リーニエンシーにより課徴金免除を受けなかったことと取締役の責任の有無。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

電力会社間でカルテルが行われたとして2023年3月に公正取引委員会が合計1010億円の課徴金の納付等を命じた件で、関西電力、中部電力、中国電力、九州電力各社の株主が、2023年10月12日に、代表訴訟を提起しました。

課徴金納付命令後の電力会社各社の対応

公正取引委員会が課徴金の納付を命じた後の各社の対応状況と、株主代表訴訟に至るまでの過程は、以下のとおりです(2023/10/16時点)。

関西電力中部電力中国電力九州電力

取消訴訟提訴の取締役会決議
リーニエンシー
課徴金免除
2023.3.30
取消訴訟提訴決議
2023.4.28
取消訴訟提訴決議
2023.7.31
取消訴訟提訴決議
取消訴訟提訴2023.9.25
取消訴訟提訴
2023.9.28
取消訴訟提訴
株主からの提訴要求2023.6.72023.6.212023.6.82023.6.8
提訴請求に対する会社の対応2023.7.28
不提訴
2023.8.9
不提訴
2023.8.3
旧取締役3名にのみ損害賠償請求提訴を決定(その他19名には不提訴)
2023.8.3
不提訴
2023.10.4
旧取締役3名に損害賠償請求提訴

課徴金納付命令等取消訴訟と株主代表訴訟

課徴金納付命令等取消訴訟

中部電力、中国電力、九州電力の3社は課徴金の納付等を命じられました。

3社は課徴金納付命令等の取消訴訟を提起/提訴を決議しています。

現旧取締役らの責任追及訴訟〜代表訴訟

株主からの提訴要求に対し、

  • 中国電力は、旧取締役3名に対し、法令違反に直接関与した任務懈怠違反、監視監督義務違反、内部統制システム構築義務違反を理由に損害賠償請求を提訴する
  • 他の3社はいずれも、現旧取締役いずれの責任を追及する損害賠償請求はしない

と決しました。

これら各社の対応を受けて、今回、株主が代表訴訟を提訴しました。

関西電力の監査委員、中部電力の監査役、九州電力の監査等委員である取締役は株主の提訴要求に応じなかったため、株主から監査委員、監査役、監査等委員である取締役としての監督義務違反を理由に代表訴訟を提訴される可能性があります。

両訴訟の関係(「損害」の額)

株主代表訴訟は、会社に発生した損害を、取締役に責任を賠償させる訴訟です。会社に損害が発生していなければ株主代表訴訟がそもそも成り立たちません。

会社の損害としては、課徴金相当額のほか、課徴金に関わる弁護士による調査費用や補助金交付停止処分によって失った利益など営業上の損失が挙げられます。

中部電力、中国電力、九州電力の3社が課徴金納付命令等取消訴訟に勝訴すれば、課徴金相当額の損害が会社に発生せず、その分だけ取締役が賠償すべき責任が減ります。

他方で、課徴金に関わる弁護士による調査費用や補助金交付停止処分によって失った利益は、現に発生している損害なので、課徴金納付命令等取消訴訟に勝訴しても、取締役が賠償責任を負う余地が残ります。

株主代表訴訟で争点となるであろう取締役の義務違反

想定される争点

株主代表訴訟の訴状の内容が明らかでありませんが、提訴請求に関わる各社の開示資料を見ると、

  • カルテルへの関与・黙認による善管注意義務違反
  • カルテルを予防できなかったことの取締役相互の監視義務違反・内部統制システム構築義務違反
  • リーニエンシーにより課徴金免除を受けなかったことの善管注意義務違反・内部統制システム運用義務違反

を理由に、株主は現旧取締役の責任を追及している、と推察できます。

カルテルへの関与・黙認による善管注意義務違反

カルテルへの関与・黙認は、世紀東急工業事件でも争点となりました。

カルテルを予防できなかったことの監視義務違反、内部統制システム構築義務違反

カルテルを予防できなかったことの取締役相互の監視義務違反は、三菱商事黒鉛電極カルテル代表訴訟事件(東京地判2004年5月20日)でも争点になりました。

なお、同事件では、三菱商事はアメリカ反トラスト法違反のカルテルに組織的に関与していない、カルテルの存在及び従業員によるカルテルの関与を認識することが可能であったとはいえないなどとして、取締役の責任を否定しています(請求棄却)。

リーニエンシーにより課徴金免除を受けなかったことの義務違反

争点になることが予想されるのは、リーニエンシーにより課徴金免除を受けなかったことの取締役の責任の有無です。

具体的には、「リーニエンシーを利用すれば課徴金を減免できたのに、リーニエンシーを利用しなかったことによって課徴金相当額の損害を会社に及ぼした」として、取締役の経営判断やリーニエンシーを利用できなかった内部統制システムの運用に関する責任が問われそうです。

過去には、2010年と2012年に住友電工が光ケーブルや自動車用電線(ワイヤハーネス)の販売で同業他社とカルテルをしたとして約88億円の課徴金を納付したケースで、当時の取締役22人がカルテルの防止義務違反とリーニエンシーを利用せず会社に損害を与えたとして株主から代表訴訟を提起されたことがあります。

この代表訴訟は、住友電工の取締役らが、2014年5月7日、5億2000万円の解決金を支払うことで決着しました。

そのため、リーニエンシーにより課徴金免除を受けなかったことの取締役の善管注意義務違反について、まだ裁判例が存在していません(見つけられないだけかも?)。

なお、住友電工株主代表訴訟の原告弁護団によるまとめは以下のとおりです。

一連の電力カルテル株主代表訴訟で、リーニエンシーにより課徴金免除を受けなかったことの取締役の責任の有無は、経営判断原則に照らして判断されるのか、それとも内部統制システムの問題として判断されるのか、どのような理屈で判断されるのかが気になります。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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