こんにちは。弁護士の浅見隆行です。
2023年8月15日、台風7号に備えてJR西日本やJR東海ほか各鉄道会社が計画運休を実施しました。
これに対し、今回の計画運休に、一部マスコミ関係者が無責任な批判の声を挙げているようです。
少し考えれば、鉄道各社が計画運休を実施することは利用者への安全配慮義務に基づく対応であることは想像がつきます。
ただ、安全配慮義務といっても、どの程度の危険性(安全性がないこと)を認識したら、計画運休のような対策を講じなければならないのか、は不明確です。
すべての台風で計画運休を実施しなければならないのでしょうか?
2005年4月25日に発生したJR西日本福知山線脱線事故の刑事事件判決を参考に、計画運休の法的根拠や背景を考えてみます。
JR西日本福知山線脱線事故
JR西日本福知山線脱線事故とは、2005年4月25日午前9時18分頃、福知山線の快速列車が制限時速70キロの曲線に転覆限界速度を超える時速115キロで進入したために、脱線転覆し、運転士を含め107名が死亡し、562名が負傷した事故です(死者数、負傷者数は運輸安全委員会の事故調査報告書の数字。訴訟では死者106名、負傷者493名と認定されています)。
この事故に関し、JR西日本の歴代社長3名が、自動列車停止装置(ATS)整備の主管部門を統括する鉄道本部長に対し、ATSを本件曲線に整備するよう指示すべき業務上の注意義務があったのに、これを怠ったことを理由に、業務上過失致死傷罪で起訴されました。
裁判所は、歴代社長3名を無罪としました。
その理由は、次のとおりです。
本件事故以前の法令上,ATSに速度照査機能を備えることも,曲線にATSを整備することも義務付けられておらず,大半の鉄道事業者は曲線にATSを整備していなかった上,後に新省令等で示された転覆危険率を用いて脱線転覆の危険性を判別し,ATSの整備箇所を選別する方法は,本件事故以前において,JR西日本はもとより,国内の他の鉄道事業者でも採用されていなかった。また,JR西日本の職掌上,曲線へのATS整備は,線路の安全対策に関する事項を所管する鉄道本部長の判断に委ねられており,被告人ら代表取締役においてかかる判断の前提となる個別の曲線の危険性に関する情報に接する機会は乏しかった。JR西日本の組織内において,本件曲線における脱線転覆事故発生の危険性が他の曲線におけるそれよりも高いと認識されていた事情もうかがわれない。したがって,被告人らが,管内に2000か所以上も存在する同種曲線の中から,特に本件曲線を脱線転覆事故発生の危険性が高い曲線として認識できたとは認められない。
最判2017年6月12日
ポイントは、
- 脱線事故発生以前、カーブにATSを整備する法令上の義務がなかったこと
- 法改正後の転覆危険率を用いた危険性の判別は、本件事故以前には国内鉄道各社で採用されていない
- 職掌上、代表取締役は個別のカーブの危険性の情報に接する機会がなかった(カーブへのATSの整備は鉄道本部長の判断)
- 組織内でも、事故が起きたカーブの危険性が他よりも高いと認識されていない
の4点に要約できます。
福知山線脱線事故事件判決を参考にすれば、もし計画運休せずに安全に関わる事故が発生した時には、事故当時の法規制の内容、他社の動向、危険性に対する認識(予見可能性)が、代表取締役の責任の有無の分かれ目になることと考えることができます。
代表取締役だけでなく個々の取締役、法人の責任も同様と考えて良いでしょう。
また、福知山線脱線事故事件判決は刑事事件(業務上過失致死傷)の過失としての注意義務違反の有無が争われた事件ですが、民事の安全配慮義務違反の有無についても、同様に考えることが出来ます。
台風の場合にあてはめてみると・・
この福知山線脱線事故事件判決で示された要素を台風の場合にあてはめて、計画運休せずに安全性に関わる事故が起きてしまった場合に取締役や会社の責任があるかを考えてみましょう。
計画運休の法規制、法的根拠
まず、法規制、法的根拠に関する要素について、です。
国交省が、2019年7月2日に、計画運休の実施についての取りまとめを公表しました。
この中に、「大型の台風等が接近・上陸する場合等においては、以下の安全確保等の観点から、路線の特性に応じて、計画運休は必要と考えられる。(以下略)」と明記されています。
法令ではありませんが、鉄道会社の対応を整理した行政による取りまとめなので、計画運休を実施するか否かを判断する一定の目安にはなります。
となると、この取りまとめに沿って、大型台風が接近、上陸する場合には計画運休を実施することが、鉄道各社の安全配慮義務に基づく措置と言えます。
他方で、この取りまとめを無視して安全に関わる問題が発生したときには、安全配慮義務違反と言いやすくなります。
ただし、常に計画運休を実施することまでは求められておらず、あくまで「路線の特性に応じて」判断すればよいことになっています。
計画運休をしないときには、その後万が一安全性に関する問題が生じてしまったときに備えて、路線の特性をどのように考慮したのか、社内判断の過程を記録に残しておくことが必要だと思います。
なお、JR東海では、東海道新幹線では降雨運転規制について独自の基準を定めています。
他社の動向
次に、他社の動向についで、です。
大型の台風の接近、上陸が予想されるときに鉄道会社が安全の観点から計画運休を実施することは、今では一般化しています。
福知山線脱線事故の影響からか、特に関西地区では目立ちます。
そのため、大型の台風の接近、上陸が予想されているにもかかわらず、合理的な理由もなしに計画運休を実施せず安全上の問題がでれば、安全配慮義務違反は問われやすいと言えます。
危険性に対する認識(予見可能性)
さらに、危険性に対する認識(予見可能性)について、です。
大型の台風の接近、上陸が予想される場合には気象庁や国交省が予想される被害の見込みや危険性を繰り返し公表し、注意喚起しています。民間気象会社も同様に注意喚起しています。
会社としても、取締役としても、危険性に関する情報に接することは容易であり、それだけ危険性を予見可能であるといえます。
そうだとすると、気象庁や国交省らが台風の接近、上陸による危険性を公表しているのに、合理的な理由もなしに計画運休を実施せずに事故が発生したときには、会社、取締役の安全配慮義務違反は問われやすいと言えます。
JR東日本の場合
JR東日本が計画運休を決断するまでのプロセスを、東北放送が2022年に報じています。
報道によると、
- JR東日本には風速を基準として、路線や区間別に運転中止の基準が存在する
- 複数の民間気象会社から路線・区間ごとの雨・風による運行リスクの情報を提供してもらう
- 路線・区間ごとの風向きなど気象の変化を考慮しながら決断する
という過程を経るようです。
上記の運転中止の基準は、2005年12月25日に発生し5人が死亡した羽越本線脱線事故をもとに定められたものです(https://www.jreast.co.jp/development/tech/pdf_45/Tech-45-17-22.pdf)。
国交省の取りまとめは、「区間の特性に応じて」計画運休を実施できるようにしていることが特徴的です。
また、過去の事故・事件を参考に、運転中止の基準を定め、かつ、運行リスクの情報に接する機会を確保していることは、再発防止のための危機管理が徹底している印象を受けます。
計画運休の実施
JR東日本の報道では、計画運休が必要最小限に留められたことも報じられています。
安全性(危険性)だけを強調すると全線運休になりがちですが、他方で、全線運休は利用者の生活への支障が大きく、また鉄道会社の売上にも影響します。
そのため、安全性に比重を置きつつも必要最小限に留めることも重要なポイントではあります(言うのは簡単ですが、現場では難しい判断だと思います)。
いずれにしても、計画運休の実施は、高度な専門知識に基づく判断であって、一部のマスコミ関係者が無責任な立場で批判できる類のものではありません。
国交省の取りまとめ、JR西日本福知山線脱線事故の裁判例を意識しながら、安全最優先で慎重に決断すればよい、と思います。