アサヒグループジャパンが外食事業から撤退する方針が報道される。事業撤退の意思決定に「経営判断の原則」はどう適用されるか。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

アサヒグループホールディングスの完全子会社かつ中間持株会社であるアサヒグループジャパンが、アサヒビール園などを運営するアサヒフードクリエイト株式会社や株式会社なだ万の株式を売却し外食事業から撤退する方針であると、2023年7月28日に各メディアで報じられています。

会社が行う事業のすべてがうまくいくとは限りません。中には赤字に陥る不採算な事業、想定していたほど利益が出ない事業などもあり得ます。

その時には、取締役・取締役会は、不採算事業や薄利な事業へのテコ入れや事業からの撤退などの合理的な意思決定を迫られます。不採算事業や薄利な事業を継続することは、企業価値を損ねることに繋がるからです。

NHKの報道では、アサヒグループジャパンが外食事業から撤退する方針を決めた背景について「原材料価格の高騰や人件費の上昇、それに、コロナ禍によって外食の機会が減少するなど事業環境の悪化があるものとみられます」などと説明しています。

そのため、外食事業から撤退する方針を決めたことは、不採算事業や薄利な事業からの撤退と位置づけることができ、合理的な意思決定と言いやすいと思います。

事業から撤退を意思決定しなかったときの取締役・取締役会の法的責任

では、今回のアサヒグループジャパンとは逆に、テコ入れや事業からの撤退などの意思決定をしなかったときには、取締役・取締役会の法的責任は、どうなるでしょうか

薄利な事業なら利益が出ているので取締役・取締役会が株主から法的責任を問われることはないでしょう(経営責任は問われるかもしれません)。

しかし、赤字に陥っている不採算事業なのにテコ入れや事業からの撤退など何らの意思決定をしない場合には、取締役・取締役会は企業価値を損ねていることを認容したと言えます。そのため、株主が取締役・取締役会に経営責任のみならず法的責任まで問うことは十分にあり得ます。

事業を撤退しない(事業を継続する)意思決定が取締役の善管注意義務に違反するかが争われたケースとしては、以下の2つの裁判例があります。

高知地判2014年9月10日

この裁判例は、破産した特例有限会社の会社債権者に対する責任(取締役の対第三者責任)が争われたケースです

裁判所は、取締役の責任の判断基準について、

  • 債務超過の状態にある本件会社の取締役として、同社の事業を継続させるかどうか、同社の再建や清算などの可否も検討した上で、主たる会社債権者であった原告との取引を中止し、本件会社の事業を整理すべき注意義務(善管注意義務)に違反したかどうかが争点となるところ、このような会社の事業を整理(廃業)するかどうか、整理する場合の時期や方法などをどのようにするかといった判断を行うに当たっては、当該企業の経営者である取締役としては、当該企業の業種業態、損益や資金繰りの状況、赤字解消や債務の弁済の見込みなどを総合的に考慮判断し、事業の継続又は整理によるメリットとデメリットを慎重に比較検討し、企業経営者としての専門的、予測的、政策的な総合判断を行うことが要求されるというべきである。
  • もっとも、このような判断は、将来予測も含んだ、いわゆる経営判断にほかならないから、取締役には一定の裁量判断が認められ、その裁量判断を逸脱した場合に善管注意義務違反が認められるが、その違反の有無については、その判断の過程(情報の収集、その分析・検討)と内容に著しく不合理な点があるかどうかという観点から、審査されるべきである。

と示したうえで、事実をあてはめ、取締役の責任を否定しました。

基準の後半は、野村證券事件(東京地判1993年9月16日)アパマンショップ事件(最判2010年7月15日)とは言い回しは違いますが、いわゆる「経営判断の原則」を意識した内容である、と理解できます。

ツノダ事件判決(名古屋地判2017年2月10日)

この事件は、不動産賃貸、自転車販売などを業とする株式会社ツノダの株主が、損益がプラスになる見込みのない自転車部門の営業を継続したことなどを理由に、取締役・監査役に対して損害賠償を請求する代表訴訟を提起した、というものです。

名古屋地裁は、取締役の責任の有無について、

  • 経営判断が善管注意義務違反に当たるかどうかについては、事後的・結果論的な評価によるのではなく、行為当時の状況に照らし、合理的な情報収集・調査・検討等が行われたか、及び、その状況と取締役に要求される能力水準に照らし不合理な判断がなされなかったか等を基準に判断すべきものである。
  • 複数の事業部門を有する会社において、ある事業部門で赤字が続いていたとしても、当該事業から撤退しないことが直ちに取締役の善管注意義務違反になるものではなく、当該事業が好転する可能性の有無及び程度,当該事業の会社における位置付けや事業全体に占める割合、当該事業から撤退することによって他の事業に及ぼす影響その他当該事業を撤退することによるメリット及びデメリット等を総合的に考慮して、当該事業を継続するという判断に不合理な点があったか否かを検討して、善管注意義務違反の有無を決するのが相当である

との基準を示した上で、

  • 平成期の国内の自転車業界の環境の変化に照らしても、自転車事業が好転する可能性がある
  • 昭和13年に自転車販売業をしていた創業者が設立した会社で、自転車業を中心に成長し、広告などを通じた認知・知名度は自転車業によるものであること
  • 株主総会でも多くの株主が自転車業の存続を否定しなかった(自転車業を定款の目的から削除する株主提案が株主総会で否決された)

などの事実をあてはめ、取締役の善管注意義務違反を否定し、かつ、監査役の監督義務違反も否定しました。

基準の前半は、これも野村證券事件やアパマン事件とは言い回しは違いますが、経営判断の原則を意識したものと理解できます。

基準の後半は、高知地判2014年9月10日と同様に、メリットとデメリットの総合考慮について言及しています。

事業からの撤退・継続の意思決定に、経営判断の原則をあてはめる

これらの裁判例に照らすと、取締役・取締役会が事業からの撤退・継続を判断するには、

  • 事業からの撤退と事業の継続の両方について、当該事業単体の数値的なもの以外に、事業の将来性、財務状況の将来予測、その会社における当該事業の位置づけや他の事業を含む事業全体への影響、事業の継続・撤退のメリットとデメリットに関する十分な調査を行い、資料を収集する
  • 調査の結果、収集した資料を全体を総合的に考慮して、著しく不合理ではない経営判断をする

という手順が必要であることがわかります。

経営判断の原則をあてはめただけと言われればそれまでですが、これらの裁判例は、事業からの撤退、事業の継続を判断する際に調査すべき対象や収集すべき資料の内容をある程度例示している点で参考になると思います。

事業から撤退あるいは継続を意思決定するときには、会社における事業の位置づけなどだけで議論し、結論ありきで取締役会議や経営会議を行ってしまいがちです。例えば、創業由来の事業、赤字だけれど中核事業などは撤退しない・継続するという意思決定になりがちです。

しかし、裁判例は、それだけではなく、少なくとも、事業の将来性、財務状況の将来性、継続と撤退のメリットとデメリットの比較もして、著しく不合理では意思決定をせよ、と要求しています。

客観的な目をもって冷静に意思決定するようにしてください。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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