こんにちは。弁護士の浅見隆行です。
2023年7月24日付日経新聞電子版の有料会員向け記事で、EY新日本やPwCあらたなど大手監査法人が配当や自己株取得に関する分配可能額規制(財源規制)についての内部で注意喚起を行ったことが報じられていました。
ニデックが分配可能額規制違反を公表した6月2日のリリースと、外部調査委員会による調査報告書で、PwC京都監査法人が分配可能額規制違反であることを指摘しなかった/見落としていたと記載されていたことがきっかけのようです。
監査法人内部における注意喚起の意味
ニデックの事案をきっかけに、監査法人は、監査・四半期レビューの際に分配可能額規制違反を見逃すミスが発生すると想定できるようになりました。
業務上のミスが想定できるなら、それを予防できるだけの内部統制を構築することは義務です。
そのため、監査法人は、想定できる業務上のミスである、分配可能額規制違反の見逃しを予防できる程度には内部統制をアップデートさせなければなりません。
今後、分配可能額規制違反を監査法人が見逃したときには、株主や会社が、監査法人に対して、分配可能額規制違反を見逃したことについて任務懈怠責任を問うことも十分に予期できます。
監査法人内で注意喚起をする、あるいは分配可能額規制違反であるかどうかを監査対象として監査法人の業務マニュアルに入れ、きちんと監査を実施していれば、今後分配可能額規制違反が起きたとしても、任務懈怠(監査義務違反)の過失はなかったとする余地もでてくるかもしれません。
逆に、監査法人が今回の事案を踏まえた対策を何も講じていなかったとしたら、仮に、任務懈怠責任(監査義務違反)を問われたときに、監査法人に過失があると容易に認められやすいでしょう。
なぜ監査法人は分配可能額規制違反を見逃してしまったのか
商法から会社法への改正の影響
監査法人が分配可能額規制違反を見逃してしまう理由について、2005年に商法から会社法に改正されたことが影響しているのではないか、とも指摘されています。
2005年改正前商法では、剰余金配当(当時は利益配当)するためには、利益処分案を株主総会に上程して承認決議を得ることが必要でした。監査法人は利益処分案に必ず目を通すため、分配可能額規制違反があるなら、利益処分案を監査した時点で気がつくことが可能でした。
ところが、2005年に会社法に改正された後、剰余金配当は、株主総会決議によることが原則ではあるものの(454条1項)、定款に定めることで、会計監査人設置会社で取締役の任期が1年である会社、または委員会等設置会社(当然に会計監査人設置会社で取締役の任期は1年)は、取締役会決議のみで剰余金を配当できるようになりました(459条1項、460条)。
しかし、取締役会決議のみで剰余金配当をできることを自由に認めると、会社財産に影響するほど配当してしまうリスクがないわけではありません。
そこで、会社法は、最終事業年度に係る計算書類に会計監査人による無限定適正意見があり、かつ、監査役会・監査等委員会の監査報告に会計監査人が不相当とする意見をつけていないことを、取締役会決議による配当の前提条件としています(459条2項、460条2項、計算規則155条)。
たしかに、会社法のこれらの条文だけでは、分配可能額を算出するための前提となる計算書類を監査役会・監査等委員会、監査法人がチェックすることはあっても、取締役会で決議する分配可能額の算出は社内のみで行われ、監査法人がチェックすることはないようにも思えます。
しかし、会社法下でも、分配可能額規制違反を見逃した場合には、会計監査人は監査義務違反として任務懈怠責任を負います(423条1項)。
この条文は、分配可能額規制違反であるかどうかは、会計監査人である監査法人・公認会計士の監査義務の対象であることを当然の前提にしているように理解できます。
すなわち、配当や自己株式取得が分配可能額規制違反であるかどうかは会計監査人の監査義務の対象であり、見逃したときには会計監査人は監査義務違反として任務懈怠責任を負う、と考えるのが筋なように思います。
なお、2005年改正前商法の時代には、株式会社ナナボシが1998年3月期から2001年3月期まで架空工事による売上を計上する粉飾決算を行っていたことを見逃し、粉飾決算の内容を前提とした利益配当について、粉飾決算を見逃した監査法人トーマツの任務懈怠責任を認めた裁判例もあります(ナナボシ/監査法人トーマツ事件(大阪地裁2008年4月18日))。
この裁判例が会社法になってからも適用されるかはわかりませんが、分配可能額規制違反について、会計監査人である監査法人・公認会計士の任務懈怠責任を認めた先例としては意味があるはずです。
ニデックが分配可能額規制違反を公表したことの他社への影響
ニデックが2023年6月2日に分配可能額規制違反を公表したことは、他の上場会社にも影響しています。6月2日以降に監査法人から分配可能額規制違反を指摘された会社、社内で精査した結果分配可能額規制違反であることに気がついた会社が、以下のように相次ぎました。
こうした事例が相次ぐと、2007年会社法改正以後、表沙汰になっていない分配可能額規制違反は他の会社でもあったのではないかなどと勘ぐってしまいます。
と同時に、今後は、特に上場会社は、配当や自己株式取得の際に分配可能額規制違反であることについて、より慎重に社内チェックしなければならず、かつ、監査法人にも監査しダブルチェックしてもらうことが重要課題になると言えます。
マーチャントバンカーズ
マーチャント・バンカーズは、2023年6月5日に
- 「2023 年 6 月 2 日の取締役会決議後、当社の監査法人が 2023 年3月期の分配可能額の精査を行う過程において、本件期末配当が会社法および会社計算規則により算定した分配可能額を超過するおそれがあることに気づき、当社に指摘があり、当社が確認した結果、2023 年 3 月期の会社法上の配当可能限度額が負であることが判明いたし、本日開催の取締役会において、2023年 3 月期の配当を無配とすることを決議いたしました」
- 「当社の監査法人が 2023 年3月期の分配可能額の精査を行う過程において、本件期末配当が会社法および会社計算規則により算定した分配可能額を超過するおそれがあることに気づき、当社に指摘があり、当社が確認した結果、会社法で定める配当可能限度額が負であることが判明したため、2023 年 3 月期の配当は見合わせさせて頂くことといたしました」
とする、リリースを公表しました。
フロンティア監査法人が分配可能額を精査して、分配可能額規制違反に気がついたケースです。監査法人による監査機能が働いた好例です。
ダイヤモンドエレクトリックホールディングス
ダイヤモンドエレクトリックホールディングスは、2023年6月12日に
- 2023年5月12日付「2023年3月期決算短信〔日本基準〕(連結)」の開示後、会社法第461条第2項に従って計算される分配可能額の算定に誤りがあり、剰余金の配当の決議だけでは配当できないことが判明いたしました。そのため、2023年6月23日開催予定の第5期定時株主総会において第1号議案「資本準備金の額の減少及び剰余金の処分の件」を付議するとともに、債権者保護手続きを経る必要が生じました。
として、剰余金配当の効力発生日が延長されることを開示しました。
こちらは監査法人による指摘であることは記載されていないので、社内で再計算したものと推察できます。
また、分配可能額規制違反ではあるものの、追加の決議と債権者保護手続を行うことで剰余金配当は可能だったため、株主への影響は効力発生日の延長だけで済みました。
なお、剰余金配当の効力発生日が基準日から3か月を経過するという別の問題も発生したことが開示文書内で指摘されています。
パーソルホールディングス
パーソルホールディングスは、2023年6月16日に
- 「改めて分配可能額の精査を行った結果、計算に誤りがあることが判明したため、当社への当該配当が無効となりました」「本件の原因は、分配可能額の確認作業における人為的なミスによるもの」
として、株主総会招集通知を訂正しました。
こちらは監査法人について記載されていないので、自社で再計算したものと推察できます。
まとめ
2007年会社法が改正された後も、剰余金配当と自己株式取得が分配可能額規制違反であるときには、会計監査人も監査義務違反としての任務懈怠責任としての損害賠償責任を負うことは、2007年改正前商法の時代と同じです。
そのため、分配可能額規制違反であるかどうかは会社の財務経理部門だけがチェックすればよいのではなく、会計監査人である監査法人・公認会計士も監査する義務を負っていると理解すべきです。