NHKがインターネット活用業務実施基準に違反するBS放送のネット配信に関し、理事会決議を経ずに予算を計上した問題について再発防止策を公表。「ガバナンス」の問題で一括りにするのは適切ではない。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

NHKが、2023年7月26日、BS放送の番組をネット配信することは「NHKインターネット活用業務実施基準」に違反するにもかかわらず、総務省の認可を経て同基準に改訂することもなく同基準に違反したまま、かつ、理事会決議を経ずに、配信のための費用約9億円を2023年度の予算として計上した問題について再発防止策を公表しました。

記者会見の内容や各メディアの報道では「ガバナンスの問題」と指摘していますが、このケースを分解していくと、一括りにするのは適切ではないような気がします。

NHKのBS放送ネット配信予算計上は、何が問題なのか

NHKがBS放送をネット配信するための予算を計上したことは、大きく分けると、

  • ネット配信するための法規制(基準)違反
  • 理事会決議を得ていなかった社内手続違反

の2つの違反があります。

この内容をさらに分解すると、以下のような問題点・課題が挙げられます。

NHKがBS放送の番組をネット配信するための法規制違反

法規制としての「NHKインターネット活用業務実施基準」

NHKがBS放送の番組を「NHKプラス」などを利用してネット配信することは「NHKインターネット活用業務実施基準」で規制されてます。

この基準は、放送法に基づいて定められたもので、総務大臣の認可が必要とされています(放送法20条2項2号・3号、10項)。

BS放送の番組をネット配信するためには、この基準を改定し、総務大臣の認可を得なければなりあません。

ところが、NHKは、同基準を改定することもなく、もちろん、総務大臣の認可を得ることもなく、2022年12月、BS放送の番組をネット配信するために必要な費用を2023年度の予算案として計上しました。

つまりは、予算案の計上は基準違反であり、ひいては放送法違反ということです。

これが第1の問題点です。

なぜ法規制違反が起きてしまったのか

会長以下一部の理事による法規制違反が起きた原因が

  • 基準・法規制があることを知っていたのに無視して予算案を計上したのか
  • 基準・法規制があることを知って改訂・認可を得ることを見越して予算案を先行して計上したのか
  • 基準・法規制の存在自体を会長以下理事が知らなかったのか

によって、法規制違反の悪質性の程度が変わります。

コンプライアンスの意識の欠如

会長以下一部の理事が基準があることを知っているのに無視したなら、そもそも基準を守る気がなく、コンプライアンスの意識が欠けている重大事案です。

過度の売上至上主義

他方で、改訂・認可を得ることを見越して予算案を先行して計上したのであれば、一般的な事業会社でもあり得ることではないかなと思います。

改訂・認可を得た後になってから予算案を計上したのでは事業開始のタイミングが遅れてしまいので、それを避け、早期に売上の数字をあげるために、改訂・認可を見越して先行着手することはどこの会社でも行っているのではないでしょうか。

ただ、改訂・認可を見越していたというなら、それに見合うだけ会議や作業、ロビー活動を行っているなど、見越していたことを裏付ける事実は必要でしょう。

そうした改訂・認可に見越した事実もないのに、BS放送の番組をネット配信して収益を上げることだけを意識して予算案を計上したのであれば、それは過度の売上至上主義と言うことができます。

理事会によって監視監督される意識の欠如

会長以下一部の理事が基準の存在を知らなかったのであれば、不勉強ということです。

知らなかったで先に進んでしまう事態を防ぐために理事会での決議事項とされ、理事会の場で、他の理事から「基準が存在するけれど、問題がないのか」などと指摘・監督されることが期待されています。

そのために、NHKでは予算案を計上することは理事会での承認決議とされていました。

その意味で、会長以下一部の理事が稟議だけで進め、理事会での承認決議を得ようとしなかったことは、他の理事から監視監督される意識が欠如していたと言えます。

NHKが予算案を計上するための手続規制違反

本来の手続とその目的

NHKが予算案を計上するためには、本来、理事会での承認→経営委員会での承認→国会での承認、という3つの承認手続きが必要とされています。

理事会での承認決議によって理事相互の監視監督を行い、経営委員会で第三者の目による監視監督を行い、国会で全国民の代表による監視監督を行うためです。

しかし、BS放送の番組をネット配信するための予算案の計上については、2022年12月に前田会長(当時)以下の一部の理事だけで稟議し、理事会での承認決議を得ていないことが明らかになりました(2023年4月24日付NHK理事会議事録)。

これが第2の問題点です。

予算案の計上についての理事会での承認決議の無視は悪質

これは会長以下一部の理事が「理事会での承認決議が必要だとは思わなかった」などと言い訳することが許されないくらいの悪質な社内手続違反です。

予算案は重要な経営事項なので、NHKの会長以下理事は予算案を計上するためには理事会での承認決議が必要であることはわかっていたはずです。一般的な事業会社でも、予算案の作成が取締役会の決議事項であることは役員なら誰でも認識していると思います。

そうであるにもかかわらず、今回は、理事会での承認決議を得ることなく一部の理事の稟議だけで予算案を計上し、経営委員会での承認、国会での承認に回しているのですから、悪質な手続規制違反です。

他の理事から監視監督されることを避けるために理事会を無視したと理解することさえできます。

理事相互、経営委員会による監視監督

この手続規制違反については、稟議に加わっていなかった他の理事から「今年は予算案の計上について理事会での承認決議は行わないのか」「そもそもBS放送の番組をネット配信することが許されるのか」などの指摘・監督の声が理事会以外の場で挙がっていれば、また、経営委員会が承認する際に理事会での承認決議をいつ行ったのかなどを確認していれば、国会での承認決議に回す前に、NHKの中で気がつくことができたようにも思います。

その意味で、理事相互の監視監督や経営委員会による監視監督が機能していなかったという問題点もあるといえます。

NHKの処分の甘さ

NHKは、2023年7月11日に、当時の会長以下一部の理事に対する処分を公表しました。

その内容は、

  • 会長(当時)は退職慰労金10%減額
  • 理事1名は20%2か月返上
  • 理事1名は15%2か月返上
  • 理事その他4名が10%2か月返上

です。

4月に社内で問題視され実害が発生する前に早々に対応できたとしても、コーポレートガバナンスがこれだけ声高に求められている時代に、監視監督機能を軽視したにしては処分が甘い印象を受けます。

甘い処分をしたこと自体が監視監督義務違反にもなりえます。

再発を防止するためには・・

基準・法規制に違反したこと、社内手続に違反したことを一括りに「ガバナンス」の問題と捉えて、フォーマットにあてはめた再発防止策を出すだけでは、再発は防止できません。

事象を分解したことで判明した課題をひとつひとつクリアしていくことが大事だと思います。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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