そごう・西武の労働組合がスト権を確立。親会社であるセブン&アイHDは団交の申し入れ、ストライキにどう対応したよらよいか。株式譲渡による事業再編(M&A)という特殊性を考慮すると・・。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

セブン&アイHDが、完全子会社であるそごう・西武の株式すべてを、フォートレス・インベストメント・グループのSPCである杉合同会社に譲渡する契約を締結したことに対抗して、2023年7月25日、そごう・西武労働組合が、組合規約に基づく組合員投票の結果、ストライキ権を確立しました。

そごう・西武労働組合は、そごう・西武だけではなく、親会社であるセブン&アイHDにも株式を譲渡した後の事業計画や雇用継続についての情報開示、事前協議や団体交渉を求める意向であると報じられています(2023/07/25日経新聞)。

親会社が子会社の労働組合から団交を求められた場合、団交に応じなければならないのでしょうか。また、団交を拒絶された場合に労働組合がストライキ権を行使することは正当なのでしょうか。法律論と危機管理の両方の観点から、親会社のとるべき対応について考えます。

団交の申し入れの相手となる「使用者」とは

まず、法律論として、労働組合法の観点から整理します。

そごう・西武労働組合に参加している各従業員と雇用契約を締結している使用者は、あくまでも、そごう・西武です。

セブン&アイHDはそごう・西武の親会社です。親会社は、法律上は株主でしかありません。

この関係において、そごう・西武労働組合が、親会社であるセブン&アイHDに団交等を申し入れたとして、セブン&アイHDは団交の申し入れに応じるべき義務を負う、労組法上の「使用者」なのでしょうか。

朝日放送事件判決

労働組合からの団交の申し入れの相手となるべき労組法上の「使用者」については、朝日放送事件(最判1995年2月28日)が、労働契約上の雇用主以外の事業主でも、基本的な労働条件等について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定できる地位にある場合には、その限りにおいて「使用者」にあたる、と判示しています。

この裁判例が示した基準は、その後の裁判例でも、団交義務を負う労働契約法上の「使用者」であるかどうかを判断するときの基準として用いられています。

雇用の確保に関する団交で「使用者」が争点となったのが、大阪証券所・中労委事件です(東京地判2004年5月17日)。

大阪証券取引所の会員である証券会社が解散するに際し、証券会社の従業員らが参加する労働組合が証券取引所に雇用問題の確保等について団交を申し入れたものの、大阪証券取引所が団交を拒否したために、労組法が禁じる不当労働行為としての団交拒否に該当するかが争われました。

争点となったのは、大阪証券取引所が団交義務を負う労組法上の「使用者」に該当するかでした。

裁判所は、朝日放送事件が示した基準に沿って、大阪証券所は証券会社の従業員らの基本的な労働条件等について支配、決定できる地位はないとして、労組法上の「使用者」ではない、としました。

子会社の労働組合から親会社に対する団交で、親会社が団交義務を負う「使用者」に当たるかが争点になったのが、高見澤電機製作所・中労委事件(東京高判2012年10月30日)です。

裁判所は、子会社が賃金・労働時間等基本的な労働条件について支配、決定していることを理由に、親会社は団交義務を負う「使用者」ではない、と判断しました。

この判決は、親会社が労組法上の「使用者」に該当するかどうかは、子会社の実態を考慮するのではなく、親会社が基本的な労働条件を支配、決定しているかという観点から判断されるべきであると批判されています。

この判決の論理どおりに子会社が労組法上の「使用者」であることを理由にして親会社が労組法上の「使用者」であることを否定すると、親会社が採用・雇用など基本的な労働条件を決している場合でも、子会社に日常的な労働条件の決定権を委譲することで、親会社が労組法上の「使用者」に該当するのを免れることが可能になってしまうからです。

そごう・西武とセブン&アイHDの場合

高見澤電機製作所・中労委事件への批判を参考にすると、セブン&アイHDがそごう・西武労働組合と団交する義務を負う労組法上の「使用者」であるかどうかは、あくまでも、親会社であるセブン&アイHDが、そごう・西武の従業員の基本的な労働条件等を支配、決定できる地位にあるかによって判断されるべきこととなります。

セブン&アイHDとそごう・西武の詳細については存じませんが、これまでの両社の成り立つや実態や新卒の募集状況などからすると、そごう・西武の従業員の採用、異動、解雇のほか、賃金や労働時間など日常的な労働条件は、そごう・西武が独自に決定し、親会社であるセブン&アイHDは何ら支配、決定していない、と推察できます。

朝日放送事件判決が示した基準に照らすと、セブン&アイHDは、そごう・西武の従業員の基本的な労働条件等について支配、決定できる地位にはないので、団交義務を負う労組法上の「使用者」には該当しない、と考えられます。

ここまでは朝日放送事件判決を形式的にあてはめた場合の話しです。

株式譲渡に伴う団交という特殊性を考慮すると・・危機管理の観点

今回、そごう・西武労働組合がスト権を確立してまで団交を申し入れているのは、完全親会社による事業再編(M&A)のために株式譲渡が行われるから、という特殊性があります。

M&Aの実務において、株式を譲渡した後に買収側が人員削減をすることや労働条件を不利益に変更することは珍しくありません。どちらかといえば、人員削減することのほうが多いでしょう。

そのために、株式譲渡契約の中に、株式譲渡後の人員削減を一定期間行わないようにする、労働条件は一定期間維持する/不利益変更はしないなどと定めることも少なくありません。

こうしたM&Aの実務に照らすと、セブン&アイHDは、杉合同会社と締結する株式譲渡契約の中に、そごう・西武の従業員の人員削減を一定期間維持する、労働条件を維持する/不利益変更を認めないなどと定めることができるという限りでは、そごう・西武の従業員の基本的な労働条件等を支配、決定できる地位にある、と考えることもできないわけではありません。

この論理が成り立つと考えると、セブン&アイHDが団交の申し入れを拒否した後、あるいは団交に不誠実に対応した後に、そごう・西武労働組合がストライキ権を行使したことは正当性がある(違法性がない)ことになります。

また、セブン&アイHDが団交を拒否したときには、そごう・西武労働組合が不当労働行為として地労委・中労委・裁判所で争うことも可能になり、そうすると、セブン&アイHDから杉合同会社に株式を譲渡し、ヨドバシカメラを入れてそごう・西武を再建するスキームそのものが頓挫するリスクを孕みます。

さらには、セブン&アイHDとそごう・西武の両方が、世の中の人たち=潜在的な顧客からの信用を失うかもしれません。

親会社であるセブン&アイHDは、無用な労使紛争を避け、M&Aの目的を達成するという危機管理の観点からは、株式譲渡に伴う人員削減や労働条件の維持/不利益変更などの労働条件に関する限りでは、団交義務を負う「使用者」に該当する可能性があると考えて、そごう・西武労働組合からの団交の申し入れには応じたほうがよいように思います。

その際には、形ばかりの団交、労使交渉をしても意味がなく、株式譲渡契約の内容で開示できるものがあるなら守秘義務に違反しない限りで情報を開示する、株式譲渡契約で既に合意されている内容で団交しても今さら変更できない内容があるならそれも伝えるなど、誠実な対応が望ましいです。

もちろん、誠実に対応するとは、そごう・西武労働組合の主張を受けいれるという意味ではありません。組合の主張に誠実に向き合って交渉することが求められるだけで、組合の主張を受けいれるかどうかは経営判断であり、セブン&アイHDの経営陣の裁量です。

そごう・西武が労働組合とユニオンショップ協定(全従業員の労働組合加入が強制され、組合に加入しない者・脱退した者を使用者は解雇しなければならない労使協定)を結んでいるかはわかりませんが、ユニオンショップ協定を締結していないのであれば、セブン&アイHDとそごう・西武は、そごう・西武労働組合と団交を進めつつ、団交が進捗しないときには「この条件を承諾する者は、株式譲渡後も雇用/現在の労働条件を維持することを保障する」などの対案を公表し、組合に加入している従業員を一人ずつ切り崩す、内紛させて分裂させるなどの揺さぶりもあってもおもしろいかもしれません。

ただし、切り崩しなど組合を弱体化させる行為が、例えば、組合活動への威嚇や萎縮効果がある言動によって行われるときには、不当労働行為である支配介入になる可能性があるので、くれぐれも注意してください。

団交決裂→ストライキ→代替労働者による操業継続(スキャップ禁止条項がない場合)、ロックアウト、争議(ストライキ)差止仮処分など、労働法の教科書の中でしか見たことのない展開も今後ありうるかもしれません。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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