こんにちは。弁護士の浅見隆行です。
名古屋自動車学校を定年退職した後、有期契約にて再雇用された労働者(嘱託職員)らが、無期雇用労働者(正職員)との基本給と賞与の相違(定年退職時の半額以下になった)は同一労働同一賃金の原則に違反するとして損害賠償を請求していた事件で、最高裁は、2023年7月20日、審理不尽による破棄差し戻しを言い渡しました。
名古屋自動車学校最高裁判決は審理不尽を理由として破棄差し戻しただけ
第一審(名古屋地判2020年10月28日)、控訴審(名古屋高判2022年3月25日)では、同一労働同一賃金の原則に違反する「不合理」があるとして差額分に相当する損害賠償の支払いを認めていました。
そのため、最高裁の破棄差し戻しという結論だけを見ると、最高裁がこのケースでは同一労働同一賃金の原則に違反しないと判断したかのように誤解してしまいがちです。
しかし、最高裁は審理不尽を理由に破棄差し戻しをしただけです。定年後再雇用された有期雇用労働者(嘱託職員)の基本給、賞与を定年退職時の半額以下にしたことが同一労働同一賃金の原則に違反しない、と判断したわけではない点は注意が必要です。
審理不尽とは何か?
不合理な待遇差の禁止
同一労働同一賃金の原則(旧労働契約法20条、現パートタイム・有期雇用労働法8条、9条)は、差別的取扱いと不合理な待遇差を禁止しています。
不合理であるかの判断基準
名古屋自動車学校のケースでは、正職員から嘱託職員になったX1、X2の基本給と賞与(一時金)は、いずれも
- X1
- 定年退職時の基本給月額18万1640円、再雇用後1年間8万1738円、その後7万4677円
- 定年前3年間の賞与1回あたり平均23万3000円、再雇用後の一時金1回当たり8万1427円から10万5877円
- X2
- 定年退職時の基本給月額16万7250円、再雇用後1年間8万1700円、その後7万2700円
- 定年前3年間の賞与1回あたり平均22万5000円、再雇用後の一時金1回あたり7万3164円から10万7500円
と、定年退職前の正職員当時の半額以下に下がりました。
名古屋地裁と名古屋高裁は、定年後再雇用された有期雇用労働者である嘱託職員の基本給、賞与が、無期雇用労働者である正職員の定年退職時の60%を下回る部分について「不合理」であると認めました。
待遇差が「不合理」であるかどうかを判断するには「他の労働条件の相違と同様に、当該使用者における基本給及び賞与の性質やこれらを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべき」とするのが確立した最高裁判例です(最判2020年10月13日・メトロコマース事件)。
なお、労働契約法20条を改正したパートタイム労働法8条では「当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない」と、不合理か否かを判断するには性質・目的を考慮することが明文化されています。
名古屋自動車学校最高裁判決が審理不尽とした部分
最高裁判決は、基本給と賞与・一時金の両方に関し、メトロコマース事件が示した基準に照らして、
- 原審は、正職員の基本給につき、一部の者の勤続年数に応じた金額の推移から年功的性格を有するものであったとするにとどまり、他の性質の有無及び内容並びに支給の目的を検討せず、また、嘱託職員の基本給についても、その性質及び支給の目的を何ら検討していない
- 労使交渉に関する事情を労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮するに当たっては、労働条件に係る合意の有無や内容といった労使交渉の結果のみならず、その具体的な経緯をも勘案すべき
と、名古屋高裁判決は性質・目的、その他の事情としての労使交渉に関する事情を考慮していない、考慮したら判決に影響を及ぼす(可能性がある)と評価しただけです。
これが審理不尽の内容です。
要するに、名古屋高裁は、最高裁判決の基準に事例をあてはめる審理が尽くされていない、審理を尽くしたら結論が変わるかもしれない、と判断しただけのです。
実務への影響
定年後再雇用した有期雇用労働者の基本給や賞与などの労働条件を、無期雇用労働者である正社員よりも下げることは、多くの会社が行っていると思います。
これが一律に同一労働同一賃金の原則に違反するわけではありません。
しかし、メトロコマース事件の判断基準、パートタイム労働法8条の文言、今回の名古屋自動車学校最高裁判決に照らすと、会社が基本給、賞与など労働条件を、定年後再雇用した有期雇用労働者と正社員である無期雇用労働者とで差をつける場合には、差をつける目的や理由はどこにあるのか、その会社における基本給や賞与の性質の違いを説明できるように、各社で内容を明らかにしておくことが必要です。
目的や性質の違いは「無期雇用労働者である労働者と有期雇用労働者との間で将来の役割期待が異なるため、賃金の決定基準・ルールが異なる」等の主観的又は抽象的な説明ではなく、客観的かつ具体的な事情を挙げる必要があります。
客観的かつ具体的な事情としては、メトロコマース事件の判例が参考になります。
メトロコマース事件では、退職金について有期雇用労働者である契約社員と無期雇用労働者である正社員との相違が同一労働同一賃金の原則に違反しないかが争われましたが、裁判所は、退職金の目的、性質、相違がある理由などを詳細に分析しています。
以前の投稿では、そこを書き出しているので、参考にしてください。
また、今回の最高裁判決では、「その他の事情」としての労使交渉の内容、結果以外に過程をも重視しています。
定年後再雇用した有期雇用労働者と正社員である無期雇用労働者との労働条件に差があることについて、有期雇用労働者から改善を求める声が挙がったときには、会社は、労使間協議を一度行うだけではなく、目的や性質の違いなどを有期雇用労働者に理解してもらえるように説明や協議を何回か重ねることが必要ということを示唆しています。
訴訟になったことを想定して日頃から準備しておくことが大事ということです。