従業員の熱中症対策として会社・取締役は安全配慮義務の観点から何をすべきか。漠然と配慮すべき義務を超えて熱中症を予防するための「体制」を構築する義務を負っていることに注意。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

暑いですね。街中がサウナのようです。

先日ある会社の社長さんと話していたら、外回りの従業員に酷暑手当を出すことにしたとおっしゃっていました。頑張っていることへの激励と冷たい物でも買ってという趣旨だと思います。

そこで、今日は、従業員の熱中症対策について会社・取締役は安全配慮義務の観点から何をすべきか、についてです。

熱中症対策と会社・取締役の安全配慮義務

外回りの営業職、現場や工場などでの作業に従事する職員などクーラーがない場所で勤務をせざるを得ない従業員は、どうしても熱中症になりやすいです。

他方で、会社・取締役は、従業員が業務中に生命を落とす、身体に傷害を負うなどをしないよう安全に配慮すべき義務を負っています。

会社(法人)だけではなく取締役(個人)も義務を負っていることに注意してください。

そうなると、熱中症対策についても会社と取締役は安全配慮義務を負っているということです。

熱中症に対する安全配慮義務違反を認めた裁判例

過去には、市立中学1年生がバドミントン部の部活動中に熱中症になり脳梗塞を発症したために、国家賠償法に基づいて市に損害賠償を請求し、認められたケースがありました(第1審;大阪地判2016年5月24日、控訴審;大阪高判2016年12月22日)。

この裁判例では、

  • 日本体育協会の熱中症予防指針が、気温を把握した上で運動の中止等の配慮するように求めていたこと
  • 中学校長は、体育館内に温度計を設置し、顧問教諭が気温に応じた対応をとることができるようにすべき注意義務があったこと
  • 事故当時、体育館内の気温は、運動は原則中止とされる環境に近かったこと
  • 事故が起きた体育館内には温度計が設置されていなかったため、顧問教諭が気温に応じた対応をとることができなかったこと

などを理由に、中学校長の安全配慮義務違反を認めました。

この裁判例では、日本体育協会が定めた指針に沿った対応ができるようにすべき注意義務を認めました。

市立中学校で発生した熱中症の事故なので、中学校長に安全配慮義務違反があっても、中学校長ではなく国家賠償法に基づいて市だけが訴えられました。

これに対して、民間企業で発生した場合には、会社と取締役個人の両方が安全配慮義務違反を理由に訴えられます。

厚労省が出している通達・情報と会社と取締役が負うべき安全配慮義務の内容

会社が講じるべき熱中症対策に関しては、厚労省が「職場における熱中症予防基本対策要綱」(令和3年4月 20 日付け基発 0420 第3号)との通達を発し、この通達に基づいて会社が基本的な熱中症予防対策を講ずるように、「働く人の今すぐ使える熱中症ガイド」「職場における熱中症予防情報」のウエブサイトを作り情報を発信しています。さらに、毎年、「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン」実施要綱をも公表しています。

また、環境省も熱中症予防情報サイトを公開し、予防策に関する情報を継続的に発信しています。

(官庁の情報は五月雨過ぎるので、一本化して欲しい・・。)

上記のバドミントン部の中学生が熱中症になった裁判例では、日本体育協会が定めた指針に沿った対応ができるように注意すべき義務を認めました。

この裁判例を会社の場合にあてはめると、会社・取締役は、熱中症を予防するためには、少なくとも熱中症予防基本対策要綱に沿った措置を講じるべき注意義務を負っていると考えるのが妥当だろうと思います。

また、厚労省が出している情報をどれくらい考慮して、会社の実情にあわせてアレンジしていたかも会社・取締役の責任の有無を左右するはずです。

厚労省のサイトでは、以下のように職場における熱中症死傷者数も公表しています。

公表されている実態を見ると、従業員が熱中症を発症して会社・取締役に賠償責任を追及したときに、会社・取締役が「従業員が熱中症になるとは予測もしていなかった」と無過失を主張しても、その主張は通用しないと考えられます。

熱中症予防基本対策要綱は通達なので、仮に熱中症になった従業員が労災認定を申請したときにも、労基署は、会社が要綱どおりの施策を講じていたかを労災を認定する際の判断要素にすると考えた方がよいでしょう。

会社・取締役が安全配慮義務として講じるべき措置

安全配慮体制御整備義務(日本海庄や事件)

安全配慮義務という言葉からは、会社・取締役が漠然と「配慮」し続けていればいいと誤解しがちです。

しかし、過去の裁判例(日本海庄や事件。第一審;京都地判2010年5月25日、控訴審;大阪高判2011年5月25日、上告審;最判2013年9月24日)は、飲食店従業員が急性左心機能不全により死亡したケースで、会社には安全配慮義務違反による損害賠償責任を認め、取締役には、労働者の生命・健康を損なわないような体制を構築していなかったことを理由に取締役の対第三者責任(会社法429条1項に基づく責任)を認めました。

これは、取締役・取締役会は、内部統制システムの整備・機能の一貫として、安全配慮「体制」を構築する義務を負っていることを認めた裁判例です。

この裁判例を参考すると、会社・取締役は漠然と熱中症予防に対して安全配慮する義務を負っているのではなく、熱中症を予防する体制・措置を講じなければならないと言えます。

熱中症予防のために講じるべき具体的な措置

厚労省が出している熱中症予防基本対策要綱とクールワークキャンペーン実施要綱が求めている内容に照らすと、会社・取締役は主に以下のような措置を講じることが求められるように思います。

詳細はクールワークキャンペーン実施要綱を参考にするのが良いと思います。

  1. 作業環境管理
    • 暑さ指数(WBGT)を測定できる指数計を適切な場所に設置する
    • 環境省や気象庁が公表する熱中症警戒アラートの情報で熱中症リスクを把握する
    • 日陰の確保、クーラーの設置、許される環境ならミストシャワーの設置
    • 休憩場所の整備
  2. 作業管理
    • 休憩時間、作業時間の見直し(特に屋外の場合)
    • 飲料・塩分の確保
    • 通気性・透湿性のある涼しい服装の許可・準備
    • 従業員一人ひとりの状態の変化をマメにチェック
  3. 健康管理
    • 健康診断により熱中症にかかりやすい健康状態かを事前に把握
    • 睡眠不足、朝食抜きなど熱中症を発生しやすい事態を回避
    • 体温計、体重計、目視による健康状態の管理
  4. 労働衛生教育
    • 従業員、特に管理監督者に熱中症についての正しい知識を提供する
  5. 救急処置
    • 熱中症が発生したときの最低限の適切な初期対応リストを整備
    • 近隣の病院などの確認(スマホでその場で調べられますが)

まとめ

大雪などの自然災害対策を行わないで帰宅困難者が発生してしまうのが会社・取締役の責任であるのと同様に、熱中症予防のための対策も会社・取締役の責任です。従業員個人任せにしないようにしてください。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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