こんにちは。弁護士の浅見隆行です。
2023年7月6日に、東海道新幹線の車掌(朝日では車掌。読売テレビでは運転士)が2015年から2016年度にかけて時季指定した年休128日のうち95日が時季変更され、7日分は認められなかったことを理由にJR東海に対して損害賠償を請求していた事件で、請求を認めない判決が出ました(大阪地判2023年7月6日)。JR東海が行使した時季変更権の適法性を認めたものです。
これに対し、2023年3月27日に、東海道新幹線の運転士が年休の取得を認めなかったことを理由にJR東海に対して損害賠償を請求していた事件では、請求を認める判決が出ています(東京地判2023年3月27日)。JR東海が行使した時季変更権の適法性を否定したものです。
なお、判例データベースでは、まだどちらも判決文が掲載されていません。
そこで、今日は、あくまでも一般論で、労働者が年次有給休暇の時季指定したことに対する会社の時季変更権行使の適法性の判断基準について整理します。
労働者による年休の時季指定と会社による時季変更権行使の仕組み
労働基準法では、労働者による時季変更権に対して、会社は「事業の正常な運営を妨げる場合」に時季変更権を行使できる、と定めています(労基法39条5項ただし書)。
時季変更権行使のタイミング
朝日新聞の報道によると、JR東海では年休取得を希望する場合には、毎月20日までに翌月分を時季指定することが就業規則で定められているものの、勤務日の5日前まで年休の取得が確定しないこともあるようです。
会社が時季変更権を行使するタイミングについて、判例は、
- 年休開始日の前までに時季変更権を行使するのが原則
- 労働者の時季指定が年休開始に極めて近接して行われ、会社が時季変更権を行使するか否かの判断を事前に行う余裕がなかった場合は、時季変更権の行使自由が客観的に存在し、かつ、その行使が遅滞なく行われる限り、年休開始後の時期変更権行使も適法
と判断しています(電電公社此花電報電話局事件・最判1982年3月18日)。
だからといって、年休の時季指定してから時期変更までの期間がどれだけ空いてもいいかというと、そうではなく、
- 年休制度の趣旨から、会社は労働者の時季指定権行使後、合理的な期間内に時季変更権の行使しなければならない
とした裁判例もあります(西日本鉄道小倉自動車営業所事件・福岡高判2000年3月29日)。
朝日新聞が、東京地裁の判決に関し、社員が申し出てから相当期間後に希望を変更させる運用について「合理的な期間を超え、労働者の利益への配慮に反する」と認定した、と報じた部分は、この先例の判断基準に沿ったものと理解することができます。
「事業の正常な運営を妨げる場合」と、代替要員の確保
そもそも会社が時季変更権を行使するためには、労働者が時季指定した日に年休を認めることが「事業の正常な運営を妨げる場合」であることが必要です。
「事業の正常な運営を妨げる場合」とは、
- 労働者が属する課・班・係など相当単位の業務において、必要な人員を欠くなどの、業務上の支障が生じるおそれがあること
- 人員配置の適切さ、代替要員確保の努力など時季指定した日に年休が取得できるように、使用者が状況に応じた配慮をしていること
の2つの要素から判断されます(弘前電報電話局事件・最判1987年7月10日、電電公社関東電気通信局事件・最判1989年7月4日など)。
「事業の正常な運営を妨げる場合」を検討する際、会社は往々にして1の要素だけを強調する傾向にあって、2の要素を忘れがちです。
そもそも2が念頭になく、1の要素である人手不足だけを理由に時季変更権を行使しようとする場合も少なくありません。
しかし、裁判所は、時季変更権行使の適法性を判断する際には2の要素を重視しています。
代替要員を確保する努力をしないで時季変更権を行使するのは違法
上記の電電公社関東電気通信局事件は、年休の時季指定をした労働者が事業の運営に不可欠であっても、会社が代替要員確保の努力をしないまま時季変更権を行使するときには、「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当しないとして、時季変更権の行使を違法と判断しました。
シフト制(交代制)の職場において、労働者が勤務予定日に時季指定した場合に、
- 会社が通常の配慮をすれば代替勤務者の確保が客観的に可能であるのに、その配慮をせずに時季指定権を行使したときには違法とし、
- 通常の配慮をしても代替勤務者を確保することが客観的に可能でないときには、代替勤務者の確保をしなくても時季指定権の行使は適法
と判断しています(東京都交通局事件・東京地判2019年12月2日)。
なお、人員不足が常態化する場合に、代替要員の確保が困難であることを理由に、時季変更権を行使することは違法とした裁判例もあります(西日本JRバス事件・名古屋高裁金沢地判1998年3月16日)。
JR東海の時季変更権の行使
読売テレビの報道では、今回のJR東海の時季変更権の行使について、大阪地裁は「会社が恒常的な人員不足を理由に時季変更権を行使したとは認められず、ほかの人も含め、期限が近い年次有給休暇から優先して振り分けていた。調整のために5日前になって、会社が変更することも不合理とまでは言えない」と認めた、と報じられています。
これは、上記の各裁判例を意識して、
- 人員不足の常態化を理由とする時季変更権の行使は違法とする西日本JRバス事件は、今回のケースには当てはまらない
- 代替要員の確保の努力に対する通常の配慮を要するとした東京都交通局事件に照らすと、JR東海は期限が近い年休から優先して振り分けるという通常の配慮をして時季変更権を行使したので適法
- 年休の5日前でも時季変更権の行使のタイミングは合理的な期間内なので適法
と判断したのだと理解できます。
まとめ
会社が時季変更権を行使する際には、これらの裁判例を意識する必要があります。
具体的には、
- 根本的な問題として年休取得者がいても人員不足、業務上の支障が生じないようにする(人数、仕事量、役割分担など)
- 労働者が時季指定した場合には、代替要員確保に向けた努力をし、それでも代替要員を確保できないときに限って時季変更権を行使する
- シフト制の場合には、代替要員が確保できるなら通常の配慮をする/代替要員がそもそも確保できない場合に限って時季変更権を行使する
- 人員不足が常態化していることは時季変更権の行使を正当化する理由にはならない
ということです。