こんにちは。弁護士の浅見隆行です。
2023年6月30日に、経産省が「社外取締役向け研修・トレーニングの活用の8つのポイント」及び 「社外取締役向けケーススタディ集」を公表しました。
正直、「う~ん」という感想しかありませんでした。
そこで、今日は
- 会社は何を基準に社外取締役を選ぶべきなのか
- 社外取締役向けに研修・トレーニングをする必要があるのか、必要があるとしたら何を研修・トレーニングするべきか
について、です。
社外取締役は何を基準にして選ぶべきなのか?
社外取締役に求められる役割
会社は、社外取締役の候補者を選ぶときに何を基準にしたらよいのでしょうか?社外取締役にどんな役割を求めているのでしょうか?
社外取締役に求められている役割は、社内取締役だけでは業界知識・常識や自社の社内風土・慣習に偏重して、世の中の人たちが期待していることからズレた経営判断・意思決定をしがちなので、それを予防するために社外の目を入れることです。
会長や社長の独壇場で誰も何も言えない場で空気を読まずに発言する、世の中のトレンドとズレた経営判断・意思決定をしそうなときに世間の常識やトレンドを注入する、専門家の目から見たときにおかしい部分を指摘するなど、です。
監視監督の一言で片付けられることが多いですが、噛み砕くとこういうことだと思います。
経産省が2020年に出した「社外取締役ガイドライン」や2022年に改訂した「CGSガイドライン」もこの観点で作成されている、と理解しています。
現実との乖離
社外取締役に期待されている役割が以上のようなものだと理解するなら、社外取締役に選ばれる者は自己の業務領域については物申せるだけの専門知識や経験を持っていることが必要なはずです。
また、会社もそうした知識や経験を備えた人を社外取締役に選んでいるはずです。
ところが、経産省が今回公表した資料のうち「社外取締役向けの研修等の活用のポイント」13ページを見ると、現実はそうではないようです。
次の写真はアンケート結果からの引用です。例えば、私と同じ弁護士のアンケート結果を見ると、社外取締役になるにあたって必要だと思う研修・トレーニングとして、70%以上がコーポレートガバナンスやリスクマネジメントを挙げています。
正直、驚きました。
「弁護士なのに、コーポレートガバナンスやリスクマネジメントがわからないで、上場会社の社外取締役になろうとしているの?あなたはどんな立場で監視監督の役割を果たすつもりなのですか?」と。
謙遜なのかと思いきや、法務が必要と答えている弁護士は59%に留まっているので、一定数は本気で研修・トレーニングが必要だと思っているのだと思います。
企業法務系の中でも知財や渉外などに専門特化した弁護士なのか、それとも一般民事や家事の弁護士なのか。
でも、それなら、上場会社の法務部、総務部、内部監査部門などコーポレートガバナンスに関わる部署のメンバーのほうが社外取締役に求められる専門知識や経験が上ではないでしょうか。
他方で、トレンドトピックや就任先企業への理解を社外取締役に研修・トレーニングするのは、まだ納得がいきます。
業界特有のトレンドは社外の者がキャッチアップするのは難しいですし、就任先企業は今までお付き合いのない企業なので何をしているのか、どんな社風なのかよくわからないことは珍しくないからです。
また、ビジネスに影響する法令等の最新動向についても、業界特有の法律は社外の者がキャッチアップするのは難しいので、私も、少なくとも業法特有の法律の動向については教えて欲しいです(とっかかりさえ教えてもらえれば、その先は自分で条文や監督官庁から出ている資料を読むことで勉強できます)。
経産省が公表した、社外取締役への研修・トレーニングに関する企業へのヒアリングの結果では
- 社外取締役各人は素晴らしい知識・スキルを持ち合わせており、最低限期待する知識・スキルを定義すること自体がおこがましいのではと感じている。特定の領域に長けている社外取締役の方もいるが、それによって取締役会が活発化すると考えている。強いて言えば、取締役の法律上の責務・責任やコーポレートガバナンスについては、社外取締役自身で習得し当然知っていて欲しい内容と考えている。
社外取締役への研修等に関する企業へのヒアリング結果3ページ、9ページ
- 社外取締役に研修等を積極的に推奨することはしていない。経営経験者であれば、すでに一般的な研修・トレーニングで学ぶような知識・スキルは習得済みであり、企業側の立場で社外役員と対峙する経験を持っていると考えていることから、社外取締役としてどういう振る舞いをすべきか、すでに知見を持っていると考えられる。
などと回答されています。これが会社側の本音だと思います。
社外取締役向け研修・トレーニングの要否と内容
そもそも社外取締役向け研修・トレーニングは必要なのか
経産省が公表した姿勢から察するに、社外取締役向け研修・トレーニングを推奨しているようです。
しかし、理想から言えば、社外取締役は、求められている役割に見合うだけの専門知識や経験を有しているので、少なくともその領域に関する研修・トレーニングは必要がないはずです。
また、専門知識や経験以外の分野についても、最低限は、本来なら社外取締役が自己研鑽して然るべきです。
「社外」の人材なので、就任先の会社が研修・トレーニングするのは、おかしな話しです。「社外」の人材が、就任先の会社に研修・トレーニングを期待するのも矛盾しています。
以下の企業の本音がごもっともだと思います。
新任の社内取締役向けには研修を実施しているが、社外取締役向けの実施はしていない。社外取締役に外部研修を紹介すること自体は難しくはないが、有効性の観点で疑問が残る。社外取締役は当然自己研鑽していると考えており、そのような適任者を面談で選定している。また、基礎知識を習得するための研修も一定効果はあると考えられるが、社内役員と同じ研修を受けた人が社外取締役になっても議論は活性化しないのではないかという懸念がある。
社外取締役への研修等に関する企業へのヒアリング結果9ページ
会社が費用を負担して研修・トレーニングをしなければならない人材を社外取締役に選任している時点で、社外取締役の選考過程・方法が間違っていたといえます。
社外取締役向け研修・トレーニングをするとしたら何をするか
就任する会社の実情を知ってもらうための情報共有
強いて社外取締役向け研修・トレーニングするとしたら、
- その会社の業務の内容、業界特有の話題、企業理念、行動指針、就業規則などその会社の規程類
- 工場見学など現場を見てもらう
- 中長期計画の途中から就任する社外取締役には、中長期計画の内容
などでしょうか。
いずれも研修・トレーニングというよりも、就任する会社のことを知ってもらうための情報共有という位置づけだと思います。
これは、社外取締役がより充実した管理監督のために、社外取締役による自己研鑽とは別に必要だと思います。
社外取締役向け研修・トレーニングをあえて行うなら・・
社外取締役が自己研鑽するのが理想とはいえ、現実として、社外取締役向け研修・トレーニングのニーズがないわけではありません。
私が社内取締役向けに研修を行う際に、社外取締役が一緒に受講するケースも少なくありません(さすがに弁護士が受講していたケースは・・たぶん、ないはずです)。
ちなみに、私は、10年近く、日本生産性本部で、東京、京都、福岡で、法務(コーポレートガバナンス含む)、経営戦略、財務・会計、コンプライアンスなどをパックにした取締役・執行役員向けの集合研修を行っています。
また、日本生産性本部やSMBCコンサルティングと一緒に、個別企業向け社内取締役向け研修やグループ会社の役員研修も行っています。
最近では、コンプライアンスのほかに、コーポレートガバナンス、リスクマネジメント、情報セキュリティをテーマとした研修の依頼(座学の他、少人数での事例検討なども含む)は増えています。
そのため、これらのジャンルについては、会社が取締役に身につけておいて欲しい、あるいはフォローアップしておいて欲しいと考えている分野なのでしょう。
このように時々刻々と状況が変化して、フォローアップをするテーマであれば、会社が社外取締役向け研修・トレーニングする意味はあるかもしれません。
会社法などの基礎知識全般については新任役員にだけ行い、全役員・グループ会社の役員向けの研修は、年1回だけ「今年のトピック」にテーマを絞って行う会社もあります。というよりも、最近はこちらが多いかもしれません。
社外取締役向け研修・トレーニングをグループ討論・検討形式で行う場合
社内・社外を問わず取締役向け研修・トレーニングは従来の座学に加えて、グループ討論・検討方式も一緒に行うケースが増えています。
取締役会や経営会議のシミュレーションにもなるからかもしれません。
私が研修・トレーニングの講師をしているときには、グループ討論では、経産省のサイトに掲載されてるほどの詳細な事例は作成しませんが(研修の時間内で終わらないので)、研修時点でのトピカルな事例を出題し、役員を少人数でグループ分けしてその場で考えをまとめてもらいつつ、意見を交換したりしています。
ちなみに、今月行う役員研修では、脱炭素化社会と経営判断に関する事例、取締役による経費の私的利用と内部通報に関する事例、産業スパイと内部統制に関する事例、女性社員の活性化に関する事例などを扱います(半年後にはたぶん違うテーマを扱っているはずです)。
まとめ
社外取締役向け研修・トレーニングを行わなくても済むような、専門知識と経験のある社外取締役を選任してください。