済生会山口総合病院が正規職員の手当を減額したことが、同一労働同一賃金の原則の趣旨に違反しないかが争われた。山口地裁は就業規則の不利益変更の合理性を認め、正規職員の請求を棄却(上告不受理で広島高判確定)。差別的取扱いの禁止、不合理な待遇差の禁止とは何かを整理する。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

済生会山口総合病院が2020年10月に職員に対する手当の制度を見直す就業規則の変更(正規職員の手当が減額し、非正規職員の手当は増額する)をしたことに対し、正規職員9人が減額分を請求する訴えを提起していたものの、2023年5月24日、山口地裁は請求を棄却した、と報じられています。

※2024年10月30日追記

2024年10月30日付の日経新聞の報道によると、2023年の広島高裁(控訴審)、2024年7月の最高裁(上告不受理)でも結論は変わらなかったようです。

なお、2024年10月30日時点では最高裁判所の判例集やLEX/DBの判例データベースには一審の山口地裁の判決以外は収録されていません。

済生会山口総合病院事件判決中の同一労働同一賃金の原則に関わる部分

済生会山口総合病院の正規職員側が主張した概要は、非正規職員に正規職員の手当を支給すべきで、正規職員の手当を減額することは同一労働同一賃金の原則の趣旨に反する、だから就業規則の不利益変更(労働契約法10条)の合理性を欠く、というものです。

これに対し、山口地裁は「制度が根本的に変わる以上、支給条件の大幅な変更もやむをえず、新しい制度設計を選択する合理性と相当性が認められる」と判断し、正規職員の手当を減額する合理性・相当性を認めました。

同一労働同一賃金の原則とは

2020年4月1日から施行されている「同一労働同一賃金の原則」は思いのほか認知されていないので、この機会に内容を再確認しておきましょう。

同一労働同一賃金の原則とは、正規雇用労働者と非正規雇用労働者との

  • 「差別的取扱いの禁止」
  • 「不合理な待遇差の禁止」

の2点を定めたルールです(パートタイム・有期雇用労働法8条、9条)。

かつての労働契約法20条を改正する形で成立し、2020年4月1日から施行されています(中小企業は2021年4月1日から施行)。

短時間・有期雇用労働者について、適正な労働条件の確保、雇用管理の改善、通常の労働者への転換の推進、職業能力の開発及び向上等に関する措置等を講じて、通常の労働者と均衡のとれた待遇の確保等を図ることが狙いです。これが趣旨です。

仮に、不合理な待遇差や差別的取扱いであるとして同一労働同一賃金の原則違反が裁判所によって認められた場合には、違反する待遇は無効になります。

また、基本給、賃金、手当などの待遇差があった場合には、会社は不合理な待遇を受けていた労働者に対して正規雇用労働者と非正規雇用労働者との基本給、賃金、手当などの差額を支払うことになります。会社は労働者から差額相当額を不法行為に基づく損害賠償として請求されます。

パートタイム・有期雇用労働法8条と9条の文言では「基本給、賞与、その他の待遇」となっていますが、労基署の通達では、基本給、賞与、諸手当、退職金等の賃金、教育訓練、福利厚生、休暇、安全衛生、災害補償、解雇などすべての待遇での差別的取扱い、不合理な待遇差が禁止されると考えられています。

では、同一労働同一賃金の原則がいう「差別的取扱いの禁止」「不合理な待遇差の禁止」とは具体的にどのようなことを何でしょう? それぞれについて内容を確認しましょう。

差別的取扱いの禁止

同一労働同一賃金の原則が禁止している第1の内容は、通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者については、短時間・有期雇用労働者であることを理由とした差別的取扱いです(パートタイム・有期雇用者労働法9条)。

「差別的取扱い」とは

短時間・有期雇用労働者であることを理由とした差別的取扱いとは、正規雇用労働者には手当を支給するのに、短時間・有期雇用労働者には一律に手当を支給しない場合が典型です。

「通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者」とは

差別取扱いが禁止されるのは「通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者」だけです。

「通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者」と言えるためには、

  1. 通常の労働者と職務の内容(業務の内容とそれに伴う責任の程度)が同一の短時間・有期雇用労働者であること
  2. 職場における慣行その他の事情からみて、会社との雇用関係が終了するまでの全期間において職務内容・配置の変更の範囲(転勤・出向等、役職への任命、昇進・昇格等)が通常の労働者と同一と見込まれること

の2要件を充たしていることが必要です。

ニヤクコーポレーション事件(大分地判2013年12月10日)

差別的取扱いかどうかが争われた裁判例として、ニヤクコーポレーション事件があります。

有期雇用契約が反復更新された労働者(準社員)が更新拒絶された際に、更新拒絶の無効とともに、正社員と賞与額、週休日の日数、退職金の支給の有無が異なることが同一労働同一賃金の原則に違反することを争ったケースです。

このケースでは、裁判所は、職務内容のほか、転勤・出向等、昇進・昇格等が準社員と社員とでほぼ差がないことを理由に、「通常の労働者と同視すべき有期雇用労働者」と認定しました。

そのうえで、裁判所は、正社員と賞与額、週休日の日数、退職金の支給の有無に差をつける合理的理由がないとして、有期雇用労働者であることを理由とした差別的取扱いであると認定し、不法行為による損害賠償として正社員と準社員との差額分の請求を認めました。

不合理な待遇差の禁止

同一労働同一賃金の原則が禁じている第2の内容は、通常の労働者と短時間・有期雇用労働者など非正規雇用労働者と間で基本給、賞与その他の待遇について不合理な待遇差です(パートタイム・有期雇用労働法8条)

非正規雇用労働者が、通常の労働者と同視できる短時間・有期雇用労働者であるかどうかで判断基準が分かれます。

「通常の労働者と同視できる短時間・有期雇用労働者」であるのに、短時間・有期雇用労働者であることを理由として待遇を「差別的」に取扱えば、それだけで、同一労働同一賃金の原則違反です。

それに対し、「通常の労働者と同視できるほどではない短時間・有期雇用労働者」の待遇を、通常の労働者の待遇と差をつけたときには、「不合理な」待遇差がある場合に限って、同一労働同一賃金の原則違反です。

また、当然ですが、無期雇用労働者の中にも賃金等待遇差はあります。

そのため、短時間・有期雇用労働者が「無期雇用労働者と不合理な待遇差がある」と主張するときに、無期雇用労働者の中の誰の待遇を自分の待遇との比較対象にするかは、主張する側が自由に選べるとされています。

メトロコマース事件

パートタイム・有期雇用労働法には退職金の待遇差は明文化されていません。

退職金の待遇差が争われた事件として、メトロコマース事件があります(第一審;2017年3月23日、控訴審;2019年2月20日、最高裁;2020年10月13日)。

東京メトロの売店業務に従事する契約社員(有期雇用労働者)が、正社員(無期雇用労働者)と退職金に差異があることは不合理な待遇差であり同一労働同一賃金の原則に違反するとして、不法行為を理由に退職金相当額を請求したケースです。

最高裁は、「退職金の相違も不合理と認められる場合があり得る」として、退職金の待遇差にも同一労働同一賃金の原則が適用されることは認めつつ、待遇差が不合理であるかは「退職金の性質や目的を踏まえて検討すべき」としました。

そのうえで、このケースでは、

  • メトロコマースの退職金は,職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有すること
  • 正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給することとしていたこと
  • 契約社員と正社員との職務の内容の相違があること
  • 正社員は配置転換があるが契約社員には配置転換がないこと
  • 当時のメトロコマースの正社員は組織再編によって雇用された互助会出身者と契約社員から登用された者が半数ずつほぼ全体を占め売店業務に従事する正社員は2割に満たないなどの事情があること

などを考慮して、退職金の支給の有無という待遇差が不合理ではないことを認めました。

メトロコマース事件の最高裁判決を引用して、名古屋自動車学校の定年後再雇用された有期雇用労働者の待遇差の不合理について判断した裁判例もあります。

厚労省の同一労働同一賃金原則ガイドライン

基本給、賞与、その他の待遇についての不合理な待遇差、差別的取扱いの具体例は、厚労省が公表している「同一労働同一賃金原則ガイドライン」に色んなパターンが挙げられていますので、ぜひ参考にしてください。

ガイドラインには、待遇差が不合理であるか否かは「通常の労働者と短時間・有期雇用労働者との間で将来の役割期待が異なるため、賃金の決定基準・ルールが異なる」等の主観的又は抽象的な説明では足りないと明示されています。

上記のメトロコマース事件を参考に、待遇差がある理由、目的、性質について客観的かつ具体的な事情が挙げて説明できなければ、待遇差が不合理であると判断されやすいと理解してください。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
error: 右クリックは利用できません