日産自動車の内田CEOがグプタCOOを監視していたと、ハリ・ナダ専務執行役員が内部告発。取締役相互の監視監督義務の程度と、監視監督の方法として許される限界を過去の裁判例に照らして考える。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

日産自動車は、2023年5月12日にグプタ取締役兼代表執行役最高執行責任者(COO)を含まない取締役候補者を公表し、6月16日に6月27日の定時株主総会終結の時を以て取締役から退任し、退社することを明らかにしました。

グプタCOOの退任・退社に関連して、内田社長兼最高経営責任者(CEO)がグプタCOOを監視していたことなどを4月19日にハリ・ナダ専務執行役員が内部告発し、5月下旬から社内調査が開始されていると報じられています。

このケースに関連して、取締役相互の監視監督義務として求められる程度・水準と、監視監督義務のためなら何をしても許されるのかという方法の限界について解説します。

ハリ・ナダ専務執行役員が内部告発した内容

ロイターの報道を要約すると、ハリ・ナダ専務執行役員は以下の内部告発をしたようです。

  1. 内田CEOがルノーとのアライアンス条件の見直し交渉にて権限の逸脱があった
  2. ルノーとのアライアンス条件の見直しにグプタCOOが疑問を呈するなど経営陣の意見が割れている
  3. ルノーの電気自動車用の新会社に知的財産権を譲渡することへの疑念
  4. 内田CEOがグプタCOOを監視している
  5. グプタCOOによるハラスメントについて内部通報があり、それを機に日産が退任を求めた

正確な告発内容も告発内容の真偽もわからないのでなんとも言えませんが、ルノーとのアライアンス条件の見直しに関して経営陣の意見が分かれているので反対派の行動を監視していたのかもしれません。あくまで報道からの推測です。

取締役相互の監視監督義務

この告発内容のように、取締役が意見の異なる取締役を監視することは許されるのでしょうか。

取締役は、相互の監視監督義務を負っています(会社法362条2項2号、個々の取締役の監視監督義務について最判1973年5月22日。取締役会非設置会社の取締役の監視監督義務について新潟地判2009年12月1日)。

取締役相互の監視監督義務が認められているのは善管注意義務の一環です。要するに、企業価値の最大化を図る経営判断の役に立てるためです。

他の取締役が企業価値の最大化を損ねる言動や経営判断をしていないかとの観点から、取締役会上程事項のほか上程されていない事項についても監視監督し、問題があればその言動や経営判断を中止、是正することが要求されています。

企業価値の最大化を「損ねる」言動や経営判断をチェックすることが監視監督の本来の目的です。

そうだとすると、経営に関する意見が分かれているというだけで、反対派がどんな言動や経営判断をしようとしているかを探るために監視監督することは本来の目的に反しているように思います。

意見が分かれているなら、それは取締役会や経営会議で議論して結論を決めるべきです。

ちなみに、取締役の監視義務に関して、近藤光男先生(元・神戸大学教授)や伊勢田道仁先生(関西学院大学教授)らと一緒に本を出していますので、よかったら読んでみてください。

監視監督義務の方法と求められる程度・水準と、方法の限界

他の取締役が企業価値の最大化を損ねる言動や経営判断をしていることが確認できた場合、監視監督義務の履行方法として求められるのは

  • 取締役会で調査・是正を求める決議をする(最判1973年5月22日)
  • 監査役(会)・監査等委員(会)に報告し、監査役(会)・監査等委員(会)による調査・差止請求権の行使を促す
  • 代表取締役、業務担当取締役の地位から解職する決議をする

です。

では、他の取締役が企業価値の最大化を損ねる言動や経営判断をしていることを確認するための監視監督の方法は、どんな方法でも許されるのでしょうか

次の裁判例があります。

セイクレスト事件

代表取締役が使途に反する資金の流用、多額の約束手形の振出など会社の資金を不当に流出したことにより破産したため、監査役の監視監督義務が問われたケースです(第一審;大阪地裁2013年12月26日、控訴審;大阪高裁2015年5月21日、上告審;2016年2月25日(上告不受理))。

大阪高裁は、取締役と監査役それぞれの監視監督義務について、

  • 取締役会による取締役の職務の執行の監督は、代表取締役又は業務執行取締役に対し、必要な報告や資料の提示等を求め、監査役や会計監査人等の意見を聴取するなどしながら、その適否を判断することによって実施されるものであり、内部統制システムを活用することによって行われるべきものである。
  • 取締役会は、代表取締役又は業務執行取締役につき、不適任との結論に到達した場合には、当該代表取締役等を解職しなければならない
  • 破産会社の代表取締役として不適格であることを示すものであることは明らかであるから,監査役として取締役の職務の執行を監査すべき立場にある控訴人としては,破産会社の取締役ら又は取締役会に対し,代表取締役から解職すべきである旨を助言又は勧告すべきであったということができる。

と判断しました。

この判例からは、監視監督義務として求められる程度・水準と、監視監督義務のためなら何をしても許されるのか(方法の限界)の2点がわかります。

監視監督義務として求められる程度・水準

まず、監視監督義務に求められる程度・水準は、

  • 取締役が監視監督義務を尽くしたというためには代表取締役から解職を決議すること
  • 監査役の監視義務を尽くしたというためには取締役会に代表取締役から解職するように勧告すること

です。

単に、内部統制システムを整備し不正・不祥事の発生を予防する、取締役会で調査・是正を求める決議をするだけではなく、取締役が不正・不祥事を行っているなど不適任・不適格であることが確認できたら、取締役を職責から外さなければならないということです。

至って当たり前の結論です。

解職を決議することまで求められるのですから、その前段階として、自主的に退任するように促すくらいは積極的に行うべきでしょう。

最近では三越伊勢丹の社長の辞任を求めたケース、富士通の社長の辞任を求めたケースなどがあります。詳しくは下記の投稿に紹介しています。

監視監督義務のためなら何をしても許されるのか(方法の限界)

次に、監視監督義務の方法の限界です。

これも、取締役による監視監督はいかなる方法によっても許されるわけではなく

  • 取締役に報告や資料の提出を求める
  • 監査役・会計監査人の意見を聴取する
  • 内部統制システムを活用する

など、適切な方法によって行うことが求められていることがわかります。

盗聴や盗撮などスパイ的な方法で監視するのではなく、正々堂々と監視監督する。

これも当たり前の結論です。

今回、日産の内田CEOがグプタCOOを監視していたことが内部通報されましたが、この裁判例に照らして、許容される方法で監視していたのかが問題になりそうです。

なお、従業員のメールの監視・調査の適法性が争われた事例として、日経クイック情報事件があります。

まとめ

取締役相互の監視監督義務があるからといって、どんな方法によっても監視監督することが許されるわけではありません。

監視監督の方法の限界を超えていれば、その監視行動自体が不適切となります。不適切な監視していた取締役は、そのことについて責任を取らなければならないですし、他の取締役はその責任を追及しなければならないでしょう。

日産自動車の今後の社内調査の結果が待たれます。

※2023年6月30日追記

日産はグプタCOO(当時)の自宅に監視カメラを設置し、社内の情報セキュリティチームがモニタリングできるようになっていたと報じられています。

自宅に反社会的勢力が訪れてくるなど自宅をモニタリングする必要性がなければ、過度の監視監督のように思います。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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