爆縮により圧壊した潜水艦「タイタン」の開発中に安全性の問題を指摘した従業員は解雇されていた。内部通報・告発と守秘義務の関係を整理する。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

タイタニック号の残骸見学ツアーに向かった潜水艦タイタンが爆縮により圧壊する事故が発生しました。

1912年にタイタニック号の事故が発生する14年前の1898年に出版され、タイタニック号の事故を予知したのではないかと評される小説のタイトルが「タイタン号の遭難」で、今回の潜水艦と同じ名前のも、何という因果なことかと驚きます。

さて、爆縮により圧壊した潜水艦タイタンは、開発中に安全性に疑義があることが指摘されていたこと、指摘した従業員が解雇され、守秘義務違反を理由に訴えられていたことが明らかになりました。

そこで、今回のテーマは、内部通報・告発をした従業員に守秘義務違反の責任を問えるのか、です。

公益通報者保護法が存在することで公益通報者の不利益取扱いは禁じられているとしても、必ずしもすべての内部通報・告発が保護されるわけではないことを過去の判例を紹介しながら説明します。

潜水艦タイタンの安全性の問題を指摘した従業員の処遇

潜水艦タイタンを開発中の2018年に従業員が検査報告書で安全性について懸念を表明し、非破壊検査の実施を求め、上司らとの会合を求めたところ解雇され、守秘義務違反を理由に訴えられていたことが報じられています。

米裁判所の文書によると、オーシャンゲートの海洋オペレーションのディレクターだったデイヴィッド・ロクリッジ氏が、検査報告書で懸念を表明していた。

検査報告書には、「重大な安全上の懸念を呼ぶ数多くの問題が指摘されていた」という。問題とされた中には、船体のテスト方法も含まれていたとされる。

ロクリッジ氏は、「タイタンが極限の深さに達すると、乗客に危険が及ぶ可能性を強調した」とされる。同氏は警告が無視されたと考え、オーシャンゲートの上司らとの会議を求めたが、解雇されたという。

オーシャンゲートは、ロクリッジ氏が秘密の情報を暴露したとして同氏を提訴。同氏は不当解雇だとして反訴した。この訴訟は和解が成立したが、詳細は明らかにされていない。

行方不明の潜水艇、安全性に懸念 5年前に指摘

ちなみに、BBCの報道には海洋技術協会(MTS)からの警告通知などの詳細も書かれています。BBCのリンクからは訴訟記録に飛ぶこともできるので、ぜひ読んでみてください。

内部通報・告発には守秘義務違反の側面がある

内部通報・告発は、大きく分けると、

  1. 上司に報告・相談する場合や会社が設置した窓口に通報する場合(内部通報)
  2. 社外の第三者に告発する場合(内部告発)

の2パターンに整理できます。

いずれのパターンも、一部の関係者しか知らない情報を通報・告発として情報提供するので、情報漏えい、守秘義務違反の側面があります。

そのため、内部通報・告発が情報漏えい、守秘義務違反であることを理由に懲戒解雇などの懲戒処分する例、損害賠償請求する例がないわけではありません。

千代田生命事件(東京地裁1999年2月15日)

例えば、千代田生命事件では、

  • 元常務取締役が雑誌記者に対し「生命保険会社として守秘義務のある特定の融資先との融資取引の内容や千代田生命内の人事問題、経営問題に係る社内の禀議の内容」の情報を提供した
  • 提供した資料に基づいて雑誌財界展望が1回、週刊新潮が2回記事を掲載
  • 千代田生命が元常務取締役に対して守秘義務違反を理由に約2億5500万円を損害賠償請求

したところ、裁判所は、退任した取締役にも信義則上守秘義務があるとし、守秘義務違反を理由とする損害賠償請求を認めました

公益通報者保護法の要件を充たす場合には不利益取扱いが禁止

他方で、公益通報者保護法によって公益通報者に対する不利益取扱いは禁止されています。公益通報者保護法の要件を充たしている場合には、懲戒処分、損害賠償請求することは違法です。

そのため、内部通報・告発した者を、会社が守秘義務違反を理由に懲戒処分できるかどうかは、まずは、公益通報者保護法の要件を充たすかどうかが一つの判断要素になります。

そうはいっても、公益通報者保護法の要件は複雑です。

会社は、内部通報・内部告発が公益通報者保護法の要件を充たすかどうかを簡単には判断できません。内部通報・内部告発が公益通報者保護法の要件を充たさない可能性もあれば、充たす可能性もあります。

会社の立場からすれば、公益通報者保護法の要件を充たすかどうかの判断がつかない場合には懲戒処分、損害賠償請求をするかは慎重かつ丁寧に対応したほうがよいです。

内部通報のために個人情報が複写した文書を持ち出した職員を、情報セキュリティポリシー違反があったことを理由に停職3日の懲戒処分にしたところ、懲戒事由はあるけれど、停職3日は「重すぎる」と懲戒処分の相当性が否定された事例があります(最高裁2021年1月28日上告不受理。控訴審;大阪高裁2020年6月19日、第一審;京都地裁2019年8月8日)。

公益通報者保護法の要件を充たさない場合

公益通報者保護法の要件を充たさない場合には、会社は、内部通報・内部告発した者を懲戒処分、損害賠償請求できるのでしょうか?

公益通報者保護法が不利益取扱いを禁じているので、反対解釈をすると、公益通報者保護法の要件を充たさない場合には懲戒処分や損害賠償請求など不利益取扱いが制限なくできる、と勘違いしがちです。

しかし、公益通報者保護法の要件を充たさない場合に懲戒処分するときには、懲戒処分濫用法理が適用されます(労働契約法15条)。すなわち、懲戒処分の客観的合理的理由があり、かつ、社会通念上相当性がある場合にだけ、懲戒処分が有効です。

懲戒処分の客観的合理的理由

懲戒処分の客観的合理的理由とは、実務的に言えば、就業規則や懲戒規程など所定の懲戒事由の存在が、それを裏付ける資料ともに確認できることを意味します。

協業組合ユニカラー事件(鹿児島地裁1991年5月31日)

休日の組合事務所内で他人の机の中を調べるなど捜索し、その際発見したメモのコピー1枚を脱税の証拠物件として税務当局へ提供した組合の従業員らを、組合が秘密漏洩などを理由に懲戒解雇したところ、懲戒解雇事由の存在が争われたケースです。

裁判所は、

  • 懲戒解雇の対象となる秘密漏洩の「秘密」とは、企業の存立にかかわる重要な社内機密や開発技術等の企業秘密を対象としていると限定解釈し
  • メモ1枚のみで、「職務上知り得た会社の重要な秘密」として懲戒解雇の対象になるほどの法的保護を受けるとは考え難い
  • 脱税等を目的とした不正な経理操作の存在を一応推測させるもので、結局被告は当該年度の所得につき修正申告を余儀なくされている

として、懲戒解雇事由としての秘密漏洩には該当しない、と判断しました。

懲戒処分の相当性

懲戒処分の相当性とは、懲戒事由は存在していることは認められるけれども、懲戒処分が懲戒事由に照らして重すぎる場合を意味します。

メリルリンチ・インベストメント・マネージャーズ事件(東京地裁2003年9月17日)

従業員が、社外の弁護士に法律相談した際に、見込み顧客リスト、既存の顧客その他関係者からの通信文、特定の顧客につき言及された社内メールやメモ、従業員の営業日報、見込み顧客に対するアプローチ方法を記した書類、社内における人事情報に関するやり取りの記載された書類等を開示、交付しました。会社が返還を要求しても応じなかったので就業規則所定の秘密保持義務違反であるとして懲戒解雇したところ、従業員が懲戒解雇事由の存在と懲戒解雇の相当性を争ったケースです。

裁判所は、

  • 相談のために本件各書類を弁護士に開示、交付したことは、就業規則所定の秘密保持義務違反ではないか、仮に形式的には該当するとしても、その目的、手段に鑑みて違法性ではない
  • 本件懲戒解雇は、懲戒解雇事由を欠くか、または軽微な懲戒解雇事由に基づいてされたものであるから、懲戒解雇権の濫用として無効であり、普通解雇とみても解雇権の濫用として無効

と判断しました。

この裁判例では、

  • 開示した相手が法律上守秘義務を負う弁護士であることから秘密保持義務違反を否定したこと
  • 懲戒解雇と普通解雇の両方の相当性を否定したこと

の2点が特徴的です。

内部通報・内部告発が間違っていた場合

内部通報・内部告発する場合には、通報者・告発者がすべての証拠資料を入手できているとは限らず、また資料があっても内容や評価を間違えてしまう場合があります。

この場合には、懲戒処分は有効となるでしょうか。次の裁判例があります。

神社本庁事件(第一審;東京地裁2021年3月18日、控訴審;2021年9月16日、上告審;2022年4月21日)

事案の概要は次のとおりです。

  • 神社本庁が所有していた建物(職舎)を2015年10月に1億8000万円で売却したところ、その不動産が約3億円で転売された
  • 部長職にあった従業員2名が、売却価格が不当に安く、役職員による背任行為に当たるなど全国の神宮の宮司や警察に告発した
  • これに対して、神社本庁が、秩序維持義務違反、社会規範違反、信用毀損行為などの就業規則違反を理由に、2017年8月25日、1人を懲戒解雇、もう1人を降格・減給の懲戒処分した
  • 宮司らは2020年6月に東京地検に背任で刑事告発したが、東京地検は2020年9月4日に不起訴処分にした

第一審は、懲戒事由に外形的に該当するとは認めつつ、以下のとおり3要件を規範として定立したうえで、懲戒解雇、懲戒処分の有効性を否定しました。控訴審も同じです(上告審では判断されず)。

労働者が、労務提供先である使用者の役員、従業員等による法令違反行為の通報を行った場合、通報内容の真実性を証明して初めて懲戒から免責されるとすることは相当とはいえず,〔1〕通報内容が真実であるか、又は真実と信じるに足りる相当な理由があり、〔2〕通報目的が、不正な利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的でなく,〔3〕通報の手段方法が相当である場合には、当該行為が被告(※神社本庁)の信用を毀損し、組織の秩序を乱すものであったとしても、懲戒事由に該当せず又は該当しても違法性が阻却されることとなり、また、〔1〕~〔3〕の全てを満たさず懲戒事由に該当する場合であっても、〔1〕~〔3〕の成否を検討する際に考慮した事情に照らして、選択された懲戒処分が重すぎるというときは、労働契約法15条にいう客観的合理的な理由がなく,社会通念上相当性を欠くため、懲戒処分は無効となると解すべきである。

この裁判例を元にすると、仮に内部通報・内部告発が間違っていたとしても、

  1. 通報者・告発者が、相当な理由があって真実だと信じていた
  2. 不正な目的ではなく通報した
  3. 相当な手段で通報した

場合には、懲戒処分ができません。

また、1〜3のいずれかを充たさない場合でも、懲戒処分が重すぎる場合には相当性を欠くとして懲戒処分は無効です。

例えば、不倫していた上司と部下の社内カップルが別れた後に、上司への嫌がらせ目的で、上司からセクハラ・パワハラを受けたなどと告発する場合が時々あります。

これに限らず、嫌いな上司を陥れるための内部通報も同様です。

これらの場合は守秘義務違反ではありませんが、会社が、不当・虚偽の告発をしてきた告発者を社内秩序維持義務違反などを理由に懲戒処分できるかどうかは、神社本庁事件が示した3要件の枠組みで判断してください。

まとめ

内部通報・内部告発した者を守秘義務違反を理由に懲戒処分、損害賠償請求できるかは、

  1. 公益通報者保護法の要件を充たすかどうか
  2. 公益通報者保護法の要件を充たさない場合でも、懲戒処分濫用法理に照らして問題がないか(懲戒事由に該当する守秘義務違反とまで言えるか、懲戒処分の内容が懲戒事由に照らして相当か)
  3. 内容通報・内部告発が間違っていたとしても、真実・真実相当性、通報告発の目的、通報告発の手段の3要件に照らして問題がないか、
  4. 内容が間違い、かつ、3要件を充たしていない場合でも、懲戒処分濫用法理に照らして問題がないか

で判断してください。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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