フジテック前会長が社外取締役5人に5億円の損害賠償を請求する訴えを提起。社外取締役に求められるガバナンス上の役割は何か。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

フジテックの内山前会長が社外取締役5人に5億円の損害賠償を請求する訴えを提起したそうです。

同社の大株主で香港の投資ファンド、オアシス・マネジメントの要求を受け入れて内山氏を会長から解職するなどしたことが共同不法行為に当たると主張している。

損害賠償を求めたのは、2月の臨時株主総会にオアシスが株主提案して選任された4人と三品和広氏。内山氏側は5人について「オアシスの(内山氏に対する)ネガティブキャンペーンに協力した」と指摘した。特定株主の要求をそのまま反映した内容の決議を重ねたのは、取締役としての善管注意義務などに反すると主張した。

内山氏は5月、オアシスなどに対して15億4000万円の損害賠償や謝罪広告の掲載を求めた訴訟を起こした。今回そのうち5億円を、社外取締役に振り向けた形だ。このほか内山氏は会長の解職などを決めた取締役会決議の無効確認訴訟も起こしている。

2023年6月12日日本経済新聞電子版

フジテックの報道は日経でよく報じられていますが、面白そうな割りに内容をキチンと確認したことがなかったので、一度整理して、社外取締役に求められている役割について説明します。

フジテックで何が起きているか

まずはフジテックで何が起きているか、時系列で整理します。

  • 2022年5月20日 投資ファンドのオアシス・マネジメントが6月の定時株主総会で内山社長(当時)再任に反対を表明。創業家とフジテックとの間で「疑わしい取引がある」ことが理由。
  • 2022年5月31日 フジテック「法的にも企業統治上も問題ない」との調査結果を公表
  • 2022年6月8日 フジテック「今後は関連当事者取引をしない」との方針を公表
  • 2022年6月9日 議決権行使助言会社2社(ISS、グラスルイス)が内山社長再任案に反対推奨。
  • 2022年6月18日 フジテック、第三者委員会を設置し追加調査する意向を表明。
  • 2022年6月23日 フジテック 総会1時間前(9時)に内山社長の取締役再任議案の撤回。定時株主総会を開催。総会後に内山社長は代表権のない会長に就任
  • 2022年8月10日 フジテック、第三者委員会の設置を公表。
  • 2022年12月2日 オアシス・マネジメント、臨時株主総会の招集を請求内山会長の就任を決定した現在の社外取締役6人全員の解任、新たな社外取締役7人の選任を提案(その後6人に修正)。社内取締役3人の解任は請求せず。
  • 2023年2月22日 社外取締役1人辞任(社外取締役5人に減員)。
  • 2023年2月24日 臨時株主総会開催。取締役会議長を含む社外取締役5人中3人の解任と、オアシス・マネジメントが提案した社外取締役6人中4人の選任が可決。会社提案の社外取締役2人追加は否決。⇒取締役9人は社内取締役3人、従来からの社外取締役2人、オアシス・マネジメント提案の社外取締役4人の構成に。
  • 2023年3月27日 オアシス・マネジメントの提案した海野社外取締役が取締役会議長、従来からの三品社外取締役が指名報酬委員会委員長、オアシス・マネジメントが提案したゲスナー、嶋田社外取締役の2人が指名報酬委員に就任
  • 2023年3月28日 内山会長を解職内山会長、損害賠償請求提訴の意向を表明。
  • 2023年4月1日 従来からの社外取締役1人辞任。
  • 2023年4月7日 第三者委員会打ち切り資料開示、ヒアリングにフジテックが非協力的、創業家が非協力的で警告文が届くなどが理由。
  • 2023年4月13日 フジテック 2月の臨時総会で社外取締役候補者への妨害行為の有無を調査するための第三者委員会を設置。
  • 2023年4月25日 内山前会長 6月の定時株主総会に向けて社外取締役8人を株主提案
  • 2023年5月10日 内山前会長 名誉毀損を理由にオアシス・マネジメントに15億4000万円の損害賠償請求、謝罪広告の訴えを提起。
  • 2023年5月23日 フジテック 6月定時株主総会で社内取締役3人全員の退任を発表。原田執行役員が新社長に就任予定。
  • 2023年6月7日 議決権行使助言会社ISSが内山前会長の株主提案に反対推奨
  • 2023年6月12日 内山前会長 社外取締役5人(従来からの三品社外取締役とオアシス・マネジメント提案の社外取締役4人)に5億円の損害賠償請求の訴えを提起。

発端は「フジテックと創業家との疑わしい取引」

現象面としては大株主となったオアシス・マネジメントと内山前会長とによる特に社外取締役の選任を中心とした経営権の争奪戦が注目を集めています。

ことの発端は、オアシス・マネジメントによる「フジテックと創業家との疑わしい取引」への調査要求です。

フジテックは弁護士による調査の結果をもとに「法的にも企業統治上も問題ない」と主張し、オアシス・マネジメントはこれを争っています。

その結果、オアシス・マネジメントは、従来の社外取締役を解任する代わりに社外取締役を新しく選任し、内山前会長はこれに抗っているのが現在です。

なお、こんなサイトができていました。内山前会長側の主張が整理されています。

社外取締役によるガバナンスが機能しているか

ことの発端は、オアシス・マネジメントによる「フジテックと創業家との疑わしい取引」への調査要求ですが、現象面としては社外取締役の選任解任を中心とした経営権の争奪戦になっています。

その理由は、社外取締役によるガバナンスが機能しているかに対するオアシス・マネジメントと内山前会長との評価の違いです。

社外取締役に求められる本来の役割

社外取締役に求められる本来の役割は、社内取締役だけでは従来の利害関係にとらわれてしまう、業界内の常識だけで判断してしまう、役員に就任する前からの先輩後輩の関係に引きずられて後輩から先輩には強く言えない、その結果、株主を向いた経営判断をしない、世の中の価値観からズレた経営判断をしてしまいがちであることを是正する点にあります。

社長・会長などが株主ではなく自分の利益を図るなどしているときにはおかしいと指摘する、世の中に通用しない経営判断を是正する、世の中の経営判断のトレンドを注入するなどが求められています。

要するに、経営判断の正常化、監視監督義務の履行です。一言でいえばガバナンスです。

もっとわかりやすく言うと「社内の空気を読まないこと」が社外取締役に求められる役割です。

フジテックの従来の社外取締役に対するオアシス・マネジメントの評価

フジテックの従来の社外取締役は、

  • 2022年5月に「フジテックと創業家との疑わしい取引」について「法的にも企業統治上も問題ない」と回答した
  • 2022年6月の定時総会で内山社長(当時)の取締役再任を提案した
  • 2022年6月の定時総会後に内山社長を会長(当時)に就任させた

と、どちらかと言えば、内山前会長寄りの経営判断をしていました。

そのため、オアシス・マネジメントはガバナンスが機能していないと判断して、従来からの社外取締役を解任し、新たな社外取締役を選任したのです。

オアシス・マネジメントだけではなく議決権行使助言会社が2社とも会社提案への反対を推奨していたことも、従来からの社外取締役ではガバナンスが機能していないと、他の一般株主が理解することに貢献したと思われます。

そうはいっても、そもそも「疑わしい取引」が存在しないなら、オアシス・マネジメントによる調査要求やガバナンスの機能不全の主張は、言いがかりです。

部外者には、内山前会長とオアシス・マネジメントのどちらの主張が正しいのかはわかりません。

そのための第三者委員会による調査だったはずなのですが、第三者委員会の調査にフジテックが非協力的で、かつ、内山前会長ら創業家も非協力的だったことを理由に、調査が打ち切られました。

フジテックや創業家の態度は、「疑わしい取引」があったのではないか、従来の社外取締役ではガバナンスが効いていないのではないかと一般株主に疑念を抱かせる一因になり、オアシス・マネジメントの株主提案に一般株主が賛成する後押しになったのではないかと思います。

当事者のみならず会社までもが第三者委員会への調査に非協力的な態度であったことは、第三者委員会を設置したことと矛盾します。非協力的な態度をとった目的が理解できません。

争いをしている弊害

オアシス・マネジメントと内山前会長にそれぞれの言い分があるので、経営権を争う気持ちは理解できます。

ただ、経営権争奪戦を繰り広げる中で、

  • エレベータ、エスカレーター事業への影響
  • 働いている従業員の勤労意欲、忠誠心の低下

が見すごされていないかが心配です。

フジテックはエレベータ、エスカレーターの研究開発から生産、設置据付、メンテナンスを行う会社です。営業力もさることながら技術の会社です。

経営権争奪戦が繰り広げられているのを見た技術者や従業員が、「こんな会社にいたくない」と思って、他のエレベータ・エスカレーターのメーカーに転職していくことになれば、フジテックの技術力は下がります。

新商品に向けた研究開発だけではなく、現在進行形のメンテナンスの技術力も下がるかもしれません。エレベータ、エスカレーターの安全性や稼動安定性も低下するかもしれません。

フジテックのエレベータやエスカレーターを他社のものに設置しなおそうと取引先が考えるのは、数年後に現在設置されているものの耐久期間、減価償却期間が経過するときかもしれませんが、それまでに事故や不具合が発生などしたら、すぐに乗り換えられてしまうでしょう。事故ならフジテックとして損害賠償などに応じなければならないかもしれません。

経営権の争奪戦は早々に収束させて、エレベータ、エスカレーター事業への影響を最小限に留め、かつ、従業員の勤労意欲や忠誠心が低下しないようにすることが重要ではないでしょうか。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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