こんにちは。
弁護士の浅見隆行です。
「この味がいいね」と君が言ったから7月6日はサラダ記念日・・・のリズムを意識してタイトルを付けてみました。
サラダ記念日、今は通じないですか?
さて、今日はインサイダー取引を取り上げます。
インサイダー取引規制としての取引推奨規制
金融商品取引法(金商法)がインサイダー取引を規制していることは良く知られていると思います。
インサイダー取引規制とは、投資の判断に著しい影響を与える上場会社とその子会社の事実(インサイダー情報)を知って、公表される前に上場会社の株式等有価証券の売買等を制限する規制です。
しかし、金商法が規制しているのは売買等だけではありません。
インサイダー情報を伝達すること(情報伝達)と、取引を推奨すること(取引推奨)も規制しています。
2014年の法改正によって追加された規制なのですが、あまり浸透していません。上場会社の新任役員研修で話しても、案外、皆さんご存じなかったりします。
IRジャパン副社長インサイダー
2023/05/18、この取引推奨規制に違反した疑いで、IRジャパンの副社長が逮捕されました。
東証プライム上場の企業向けコンサルティング会社「アイ・アールジャパンホールディングス」(IRジャパン、東京)の業績悪化が公表される前に個人株主に株の売却を勧めたとして、東京地検特捜部は18日、金融商品取引法違反(取引推奨)の疑いで、同社元副社長の●●●●(56)を逮捕した。
2023/05/18産経新聞
逮捕された副社長がどこまで話したかはわかりませんが、「うちの株を今のうちに買っておいた方が良いよ」などと安易に知人に奨めると、取引を推奨したことになりインサイダー取引規制違反になってしまうのです。
※2023/07/10追記
2023年6月7日に起訴されました。
※2023/10/05追記
2023年10月5日、東京地裁は、懲役1年6か月、執行猶予3年の有罪判決を言い渡しました。
取引推奨に該当する行為、あるいは情報伝達規制に該当する行為とは?
そうすると、「インサイダー情報を知った場合に売買等の取引が規制される以外に情報伝達と取引推奨が規制されることはわかった。では、取引推奨に該当する場合、あるいは情報伝達規制に該当する行為は、どんな場合なのか?」を知りたくなると思います。
情報伝達規制
情報伝達規制は、文字通り、インサイダー情報を伝達することが規制されています。
ただし、伝達することがすべて規制されるわけではありません。伝達して売買等をさせることで利益を得させたり、損害を回避させる目的があることが必要です。そうしないと、新規事業について関係者との商談ができなくなってしまいます。
情報伝達規制は、最近でも処分事例が多いです。
N・フィールド、インサイダー事件
2023年4月6日には、上場していたN・フィールドの従業員が情報伝達規制に違反したとして、金融庁から17万円の課徴金を命じられています。
具体的には、
- 職務に関し、公開買付けの実施に関する事実を知った。
- 公表される約3か月前に、知人に利益を得させる目的をもって、情報を伝達した。
- 知人は、株式900株を合計74万5900円で買い付けた
という事案です。
スクウェア・エニックス、インサイダー事件
また、逮捕・起訴される刑事事件に発展したケースもあります。
1件目は自ら株式等の売買をしたインサイダー取引規制違反で、2件目が情報伝達規制に違反した事例です。
- スクウェア・エニックスのシニアマネージャーだった者が、その権限で、投資会議の資料や議事録が掲載されたサイトにアクセスし、『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジーシリーズ』の新作の共同開発を進めることを知り、合わせて13万株を買い付け2000万円余りの売却益を得たとして、逮捕・起訴されています。
※2023年7月10日追記
2023年7月7日に懲役2年6か月、執行猶予4年、罰金200万円の有罪判決、追徴金約1億7100万円の支払いが命じられました。
- ゲーム開発の支援部門で勤務し、「ドラゴンクエスト」と「ファイナルファンタジー」の新作の開発が進展したことを把握した従業員も、重要事実が公表される以前に、共同開発先だった2社の株を計約1億3千万円で買い付け、知人2人にもその事実を伝えて株を買わせ、従業員と知人とも逮捕・起訴されています。
※2023/06/22追記
2023年6月8日に懲役3年、執行猶予5年、罰金400万円の有罪判決、約1億7600万円の追徴金の支払いが命じられました。
取引推奨規制
これに対して、取引推奨規制は、情報は伝達していないけれども、取引だけを推奨する場合です。
例えば、「理由は言えないけれど、うちの株を買っておいた方がいいぞ」というものです。
理由を言わなければインサイダー取引規制に違反しないと勘違いしている方が多いですが、理由を言わなくても売買等を奨めただけでインサイダー取引規制違反になるので注意して欲しいです。
ドン・キホーテ、インサイダー事件
2021年4月27日には、ドン・キホーテの社長(当時)が取引推奨規制違反を理由に懲役2年執行猶予4年の有罪判決を受けています
前社長は在任中の18年8月上旬、ユニー・ファミリーマートHD(現ファミリーマート)によるドンキHD株に対するTOB(株式公開買い付け)などの連携強化策を知り、知人男性に対して、公表前の同9月上旬~下旬に3回にわたり、ドンキHD株を買うよう勧めた。
知人男性は計約4億3千万円でドンキHD株を購入し、公表後に売却して約6900万円の利益を得た。(中略)知人男性は重要事実までは知らなかったとして刑事責任は追及されなかった。
2021年4月27日日本経済新聞
報道によると、社長は取引推奨規制が存在することを「知らなかった」そうです。
規制の存在を知らなくても、取引を推奨すれば有罪判決になることを知ってください。
税理士、インサイダー事件
最近では、2023年3月28日に、証券取引等監視委員会が税理士に課徴金納付命令を出すことを金融庁に勧告してます。
税理士が自ら売買等の取引をすると同時に、知人にも取引を推奨していたという事案です。
税理士の男性は、バイセルテクノロジーズとダイヤコーポレーションの間で行っていた株式交換契約の締結の交渉業務に従事。契約締結の交渉をするなかで、バイセルテクノロジーズがダイヤコーポレーションの株式を取得して子会社化することや株式交換を実施するとの重要事実を知りながら、その事実の情報公表前に自らバイセルテクノロジーズ株を1400株340万400円で買い付け、約146万円の利益を得ていた。
また、情報公表前に知人に利益を得させる目的を持って買い付けを推奨。勧められた知人はバイセルテクノロジーズ株を200株44万5700円で買っていた。
2023年3月28日日本経済新聞
まとめ
インサイダー取引規制は、株式等の売買以外に、情報伝達と取引推奨を規制しています。
インサイダー情報を具体的に言わなければインサイダー規制にならないと誤解している人がいますが、取引を推奨すること自体が規制されています。
友人や家族との会話で「うちの株を買っておいた方がいいぞ」などと軽く言うだけで、利益を得させる目的で取引を推奨したと判断されるおそれもあるので、会話には注意してください。
そもそもインサイダー情報は非公表の時点では会社が秘密にしている情報なので、情報漏えいにも繋がります。情報の管理にも気をつけてください。