事業の撤退も「経営判断の原則」と企業の社会的責任(CSR)を考慮して決断を

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

5月12日、読売連合広告社が、大阪の統合型リゾート(IR)の広告業務から辞退することを明らかにしました。5月2日に大阪府・大阪市のIR推進局から広報企画運営業務の事業者として6社の中から選考されてから、わずか10日で辞退を決定したのです。

このケースのように、事業を行うと一度決めた後になってからその経営判断をひっくり返すことは、なかなか難しいのが現実です。読売連合広告社は、勇気のある経営判断をしたように思います。

多くの会社は「一度決めたらそう簡単には結論を変えられない」などと妙なプライドのせいで、不採算事業などをズルズルと続けてしまいがちです。倒産間際の会社ですら、そうした会社があります。

事業からの撤退も「経営判断の原則」に従う

読売連合広告社は、なぜ事業から撤退するとの経営判断ができたのでしょうか。

結論から言うと、「経営判断の原則」にキチンと従ったから、です。

「経営判断の原則」とは

「経営判断の原則」という言葉だけを見ると、戦略論とか経営論のように思えるかもしれませんが、取締役の法的責任に関わるルールです。

噛み砕いてご説明します。

善管注意義務

取締役は、会社・株主に対して「善管注意義務」を負っています。

善管注意義務というのは、取締役は株主から会社を預かっている者(善良な管理者)として、株主のことを意識(注意)しながら企業価値を最大化しなければならない義務と理解したらよいと思います。

善管注意義務に違反する経営判断をして会社に損害を与えたときには、取締役は会社に損害賠償義務を負います。

野村證券事件判決〜「経営判断の原則」〜

経営判断が善管注意義務に違反したかどうかは、次の基準で判断されます(アパマンショップ事件は後述)。

(経営判断の)前提となった事実認識に不注意な誤りがあり、又は意思決定の過程が著しく不合理であったと認められる場合には、取締役の経営判断は許容される裁量の範囲を逸脱したものとなり、取締役の善管注意義務又は忠実義務に違反する。

野村證券事件(東京地裁1993年9月16日)

これが「経営判断の原則」と呼ばれるものです。

「前提となった事実認識に不注意な誤りがある」か「意思決定の過程が著しく不合理」な経営判断をして会社に損害を与えた場合には、取締役は善管注意義務違反と判断され、損害賠償する義務を負うことになります。

「前提となった事実認識に不注意な誤りがある」というのは、経営判断するにあたって下調べが足りていないということです。

例えば、新事業を行うときに、

  • 市場調査(ブルーオーシャンなのかなど)
  • マーケティング調査(市場規模はどれくらいなのかなど)
  • 成功する見込みに関する調査(強力なライバルの存在など)
  • 違法性の調査(弁護士からの意見書など)
  • バラ色の事業計画だけではなく失敗したときに会社に与えるダメージとの比較など

について裏付けとなる調査も資料もないような場合です。

「意思決定の過程が著しく不合理」というのは、取締役会や経営会議などでキチンと議論されていないということです。

例えば、

  • オーナー社長の鶴の一声で決まってしまった
  • 社内手続で必要とされている稟議や決裁を飛ばしている
  • 裏付け調査の内容に照らして無理筋な判断
  • 複数の選択肢があるはずなのに初めから結論が決まっている

という場合です。

ただし、「著しく不合理」な経営判断が許されていないだけです。多少の不合理は許されます。

必ずしも成功するとは限らない新事業にチャレンジすることは不合理ですが、「著しく不合理」なチャレンジ(無謀なチャレンジ)でなければ善管注意義務に違反しないということです。

著しく不合理かどうかは特に基準はありません。

  • 仮に事業に失敗しても会社に致命的なダメージ(損害)を及ぼさない場合
  • 会社の財務体力に照らして許容できる赤字幅や撤退ラインを決めてから新事業にチャレンジする場合

は、「著しい不合理」には当たらない、と考えてよいと思います。

アパマンショップホールディングス事件

最近の最高裁判例では、もう少し簡単に以下のように表現されています。

その決定の過程、内容に著しく不合理な点がない限り、取締役としての善管注意義務に違反するものではないと解すべきである。

アパマンショップホールディングス事件(最高裁2010年7月15日)

「決定の過程」と「内容」の二つの側面から「著しく不合理」かどうかを判断するというのは、野村證券事件と同じです。

「経営判断の原則」に従ったからこその辞退

今回、読売連合広告社が辞退した理由については、以下のように報じられています。

同社は8日に臨時取締役会を開き、契約手続きを進めるかどうかを検討したといいます。

その結果、カジノを含むIRはギャンブル依存症などをめぐって「住民の間でもなお賛否が分かれている」とし、「新聞社の関連会社として、そうした観点からの社内検討が不十分であったと判断し、辞退することが妥当である」(同社)との判断に至った

ABCニュース関西ニュース

カジノを含むIRはギャンブル依存症などをめぐって「住民の間でもなお賛否が分かれている」」の箇所が「前提となった事実認識」に関するものです。

新聞社の関連会社として、そうした観点からの社内検討が不十分であったと判断」の箇所が「意思決定の過程が著しく不合理」に関するものです。

「経営判断の原則」に従ったからこそ、読売連合広告社は辞退するとの経営判断に至ったということがわかります。

そうはいっても、今回のケースの場合、「賛否両論があるのに辞退しない」との判断が「著しく不合理」なのかと問われれば、「著しく」はないだろうと思います。

企業の社会的責任(CSR)への配慮

では、辞退しなかったとしても「著しく不合理」ではないのに、あえて辞退した理由はなんでしょうか。

それは、読売連合広告社が企業の社会的責任(CSR)を意識したからだと思います。

読売連合広告社は、辞退した理由の中で「新聞社の関連会社として」という立場に言及しています。

要は、「事実を公平・中立に正しく報じることが、世の中(社会)が新聞社に求めている役割・責任である。しかし、現在は住民の間で賛否が分かれている。この状況で、賛成側として広報業務を受託することは公平・中立に反する。新聞社が世の中から求められている役割・責任に反する。だから辞退する。」という理屈です。

世の中から求められている役割・責任が「企業の社会的責任」です。
「その企業がこの世の中に許されている理由」という理解の仕方もできると思います。

最近では、コーポレートガバナンス・コードでも、企業は社会的責任を意識して経営判断することが求められています。

本来は上場会社向けのガイドラインです。

しかし、上場会社以外でもコーポレートガバナンス・コードを意識した経営判断をすることが望ましいです(特に上場会社の子会社・グループ会社ならなおさらです)。

上場会社がコーポレートガバナンス・コードを意識した経営判断をするのが当たり前の時代になると、上場会社以外もコーポレートガバナンス・コードを意識した経営判断をすることが当たり前だと世の中から見られるようになるからです。

事業を継続することが「著しく不合理」ではないとしても、企業の社会的責任に照らして世の中から求められる役割に反していると思えば、それをも考慮して事業を継続するか,辞退(撤退)するかを判断するようにしてください。

事業からの辞退(撤退)によって短期的には売上・利益は下がるかもしれませんが、長期的にみれば、社会的責任を意識した経営判断をしたほうが世の中から信頼されると思います。

まとめ〜事業の継続・撤退を経営判断する際の注意点〜

事業を開始する場合、一度始めた事業から撤退する場合のいずれの場面でも、取締役は、事業が置かれている状況をキチンと資料収集、調査をして把握し、その資料や調査に基づいて著しく不合理ではない経営判断をしなければならない義務があります。それが善管注意義務であり、経営判断の原則です。

「この事業には思い入れがある」「今は不採算な赤字事業だけれども、うちの会社の発祥の事業なので止められない」というのであれば、「著しく不合理」とならないように、最終的な撤退ラインを決めるとか、事業規模を縮小して赤字幅を会社で受け止められる範囲内に抑えるなどの工夫をしてください。

「著しく不合理」ではないというときでも「企業の社会的責任」を考慮することが、現在の会社に求められている経営判断の原則です。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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