こんにちは。
弁護士の浅見隆行です。
4月12日、近畿日本ツーリスト(近ツー)が東大阪市から受託していた新型コロナウイルスワクチン接種に係るコールセンター業務で、委託料を過大請求していました。
これを受けて近ツーが緊急調査を実施した結果、5月2日までに16の自治体に過大請求していた額が最大16億円に達することが明らかになりました。
今日は、この件のリリースを題材に、コンプライアンスに対する向き合い方を考えます。
近ツーによる過大請求の構図
近ツーの過大請求
近ツーのリリースや報道によると、過大請求の構図は次のとおりです。
- 近ツーは大阪府や東大阪市など762の自治体から新型コロナウイルスワクチン接種に係るコールセンター業務など2924件を受託。
- 近ツーはコールセンター業務を再委託。
再委託時に、市の発注よりも少ない人数のオペレーターで再委託していたものがあった。
- 再委託先は実績をもとに近ツーに再委託料を請求。
近ツーの支店長が再委託先に勤務実績を書き換えさせるなどしていたものがあった。
- 近ツーは16の自治体に過大請求していた。
パソナでも過大請求
同様の過大請求は、2月10日、パソナでも発覚しています。
こちらは近ツーと異なり、再委託先からパソナに虚偽報告があったことがきっかけで、パソナが自治体に過大請求したものです。
本当にそれが原因?リリースの内容に違和感
過大請求と認めた現象
近ツーは過大請求には以下の2パターンがあるとしています。
- 担当者が受託数と再委託先への発注数に差があることを認識した上で自治体に請求していたもの 5億8437万5千円
- 事務処理における誤謬、証憑等不備により、弊社において一旦過大請求と分類したもの 約10億円
金額は2の方が大きいですが、内容は1の方が悪質です。
1は、担当者が自治体から受託したオペレーターの数(自治体から「コールセンターに何人確保して欲しい、と言われた数)よりも、少ない人数を再委託したものです。
初めから近ツーの担当者は自治体から受託した契約内容(オペレーターとして確保する人数)を守るつもりがなく、なおかつ、近ツーが自治体から支払ってもらう受託料と近ツーが再委託先に支払う再委託料に差額を発生させようとしていた、ということです。
再委託料を抑えて、元請けが委託料との差額で売上、利益とすること自体はよくあることです。これ自体には問題はありません。
しかし、委託契約の内容として求められている人数を勝手に削減して再委託したなら、それは端から委託契約を守るつもりがなかったと同じです。
2は、「一旦過大請求と分類したもの」とあります。
近ツーが故意に過大請求したものと、不注意により(過失により)過大請求したものとがあるけれど、まとめて過大請求と一括りにしたと言う意味です。
近ツーが説明する原因
近ツーは過大請求が行われた原因について、
と説明しています。
正直、これはどちらも違うのではないでしょうか。
1つめの理由を「契約についての知識の乏しさ」「契約についての法律的知識の乏しさ」と要約しました。
リリースでは、その例として「契約数に沿った人数、個数で手配すべきところ、円滑運営に支障がなければそれらを一致させることは必ずしも問われない、といった誤った認識」を挙げています。
しかし、受託した契約の内容に手配(確保)すべきオペレーターの人数、個数が定められているのに、それを勝手に減らして再委託した。
これが契約違反であることは、法律の知識がなくてもわかるのではないでしょうか?
法律の知識が乏しいのではなく、契約を守る意識がなかった、つまり、違法である感覚が鈍っていた(鈍磨していた)、コンプライアンスの意識の欠如ということです。
これを法律的知識の乏しさとするなら、近ツーは日頃のコンプライアンス教育で従業員に何を教えていたのだろう?と疑問に思わざるを得ません。
契約を守らなくてもコンプライアンス違反にならないとでも教えていたのでしょうか?
2つめの理由については「営業目標達成意識」とあります。
しかし、営業目標を達成しようとする意識と、再委託するときに確保するオペレーターの人数を勝手に減らすこととは別ものです。
契約に書かれている条件を守らないで再委託を発注するなどという契約違反をしてでも目標を達成することは「売上・利益を確保するためなら、違法・契約違反をしてもよい」という考えそのものです。
これは、初歩的、典型的なコンプライアンス意識の欠如です。
近ツーにとって不都合な事実を正面から認めないと、会社として反省したことにはなりませんし、信用回復にも繋がりません。
その後の再発防止策として何をやってもピント外れになり無意味です。
また、再委託先からの請求書に不備があったことに気がつかなかった、計算ミス、既契約時に購入した利用物品と新規契約時の購入物品の整理ができていなかったなどについては、リリースでは事象が書かれているだけで、その原因に言及がありません。
社内での再委託を利用した場合の請求内容をチェックする体制が機能していなかった、物品管理についての体制が機能していなかったことは認めて、原因に挙げて欲しいです。
要するに、ここはガバナンスが機能していなかったということです。
その上で、ガバナンスが機能していなかったのはなぜか?そこまで書くべきだと思います。
調査委員会の提言を待つ必要はない
近ツーの親会社であるKNT-CTホールディングスは、今後について、
と公表しています。
近ツーのリリースにも同趣旨の内容が記載されています。
事実関係については、より徹底した第三者目線での調査をするために、調査委員会に任せるのは理解できます。
しかし、再発防止策や今後の内部管理体制、特に今後の受発注の相違のズレや請求金額のズレを社内でキチンと確認する体制を整備して運用することについては、調査委員会の提言を待たずとも今すぐにでもできることです。
しかも、原因がコンプライアンスを守る意識が欠如していることまでハッキリしています。
やることは、もう一度、コンプライアンスの教育を1からやり直すところです。
原因が既にわかっているのに調査委員会からの提言があるまではやらない。
これは取締役としての役割を放棄しているのと変わりません。
謝罪会見をしても、これでは信頼の回復にはほど遠いのではないでしょうか。
※2023/06/15追記
近ツー関西法人MICE支店の支店長を含む3人が、詐欺の被疑事実で逮捕されました。
まとめ
ちょっと厳しく書きました。
コンプライアンス意識の欠如がどう見ても明らかなのに、そこを回避するリリースにしているのは、会社の信頼回復や今後の再発防止に役立たないことを理解して欲しいです。