双日の従業員が転職元から営業秘密を不正に持ち出した疑い。情報管理の観点から、退職者の情報持ち出しと転職者による情報持ち込みの予防策を考える。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2023年4月25日、総合商社の双日の従業員が、去年の夏に転職した際に転職元から営業秘密を不正取得した(不正競争防止法違反)との被疑事実で、双日本社などが捜索されたとの報道がありました。

双日に勤務する30代男性社員が昨年夏、別の総合商社から転職した際に同社の営業秘密を不正に持ち出した疑いがある。警視庁は男性社員が転職前に在籍していた総合商社から相談を受け、捜査を進めていた。
警視庁は双日本社のほか、男性社員の自宅などを捜索した。

2023.4.25日経電子版

※2023/09/29追記

9月28日、双日は元従業員が逮捕されたことを公表しました。なお転職元の兼松からも逮捕の事実が公表されています。

※2023年11月3日追記

10月18日、双日の元従業員は、転職元の兼松の営業機密を不正取得したとして不正競争防止法違反により起訴されました。

別の記事に詳細を書きましたのでそちらもご覧下さい。

このケースのように、転職者が転職元から営業秘密を不正取得したケースは、近年増えています。警視庁によると、2022年は過去最高の29件を摘発(刑事事件化)したそうです。

また、独立行政法人情報処理推進機構の調査によると、2020年に、営業秘密が漏えいした原因のトップが中途退職者によるもので、36.3%を占めました。

そこで、今回は、退職時の営業秘密の持ち出し転職時の営業秘密の持ち込みを予防する方策について考えます。

転職者による営業秘密の不正取得事案の増加

「転職するときの情報持ち出しはよくあること」では済まない

今回のニュースについてSNSを見ていると、「転職するときに情報を持ち出すなんて、よくある」などと悪びれずに書いている投稿が散見されました。

20年前ならまだわかりますが、今では、あまりにも時代遅れな感覚です。

  • 2003年に不正競争防止法が改正され、営業秘密を不正取得、開示するなど行為は営業秘密侵害罪という犯罪行為になりました。
  • 2015年にはさらに改正され、個人なら10年以下の懲役もしくは2000万円以下の罰金、または併科(両方科される)ことになっています(なお、海外企業に提供した場合などはより重い3000万円以下の罰金です)。
  • また、法人も5億円以下の罰金(両罰規定として個人と一緒に処罰されます)などとされています。

「よくあること」ではなく、今は犯罪行為であると認識を改めないといけません。

最近の営業秘密の不正取得事例

ここ数年大きく報道された事例では、

  1. かっぱ寿司の社長(当時)が転職元のはま寿司から仕入や商品原価に関するデータなどの営業秘密を不正に取得したケース
  2. 楽天モバイルの社員(当時)が転職元のソフトバンクから5Gの通信技術に関わる営業秘密を不正に取得したケース
  3. 菊水化学工業の常務取締役(当時)が転職元の日本ペイントHDから塗料の設計技術に関わる営業秘密を不正に取得したケース

などが記憶に新しいのではないでしょうか。

  1. かっぱ寿司の社長(当時)はまだ刑事事件(不正競争防止法違反)での訴訟が続いています(※2023/05/31、東京地裁は懲役3年、執行猶予4年、罰金200万円を言い渡しました)。社長は認めているのに対して、両罰規定で訴えられたカッパ・クリエイトは、持ち込まれた情報が営業秘密かどうかを争い、情報を開示された商品企画部長も争っているようです(※2024/02/26、東京地裁はカッパ・クリエイトに罰金3000万円、商品企画部長に懲役2年6月、執行猶予4年、罰金100万円)。なお、はま寿司当時の部下は罰金50万円の略式命令を受けています。
  2. 楽天モバイルの社員(当時)は、2022年12月9日、懲役2年、執行猶予4年、罰金100万円の有罪判決(不正競争防止法違反)を受けました。なお、ソフトバンクから楽天モバイルに対する1000億円規模の損害賠償と差止を求めた訴訟は、まだ続いています。
  3. 菊水化学工業の常務取締役(当時)は、2020年3月27日、懲役2年6月、執行猶予3年、罰金120万円の有罪判決(不正競争防止法違反)を受けました。また、日本ペイントHDが菊水化学工業に求めていた損害賠償は、2023年3月6日、和解が成立したようです。

退職時の営業秘密の持ち出し、転職時の営業秘密の持ち込みを予防するためのポイント

こうした現状を踏まえると、企業は、情報管理の観点から、退職時の営業秘密の持ち出し、転職者による営業秘密の持ち込みを予防するための方策を見直す必要があります。

退職時の営業秘密の持ち出し対策

退職者が営業秘密を持ち出さないように、一般的には、

  • 秘密保持契約を締結する
  • 情報へのアクセス権限を制限する
  • 社内のPCにUSBメモリなどを接続することを制限する
  • 社内のPCからUSBメモリなどデータのコピーを制限する

などは、既に行われていると思います。

しかし、それでも退職時の営業秘密の持ち出しは発生しています。

複数の報道によると、かっぱ寿司のケースでは、持ち出した方法は、

・原価データへのアクセス権限を持っている部下に指示してデータを手に入れた
・秘密保持契約を締結する前に、ギガファイル便にアップロードした後に、USBメモリにデータを保存した

とされています。

●●被告は2020年9月30日、自宅近くの湘南のカフェで、新卒から長年サラリーマンとして勤め上げていた、はま寿司の運営元『ゼンショーホールディングス』の商品原価や、仕入れ価格の情報を『ギガファイル便』にアップロードし、USBメモリに保管しました。
(中略)
はま寿司の機密持ち出しを決意したのは、転職活動を終えてわずか3日後、ゼンショーに転職の意向を伝える前だった。自社の原価データを送るように部下に指示し、社員が汗を流して得た「販売戦略が凝縮された」データを手に入れる。1カ月後、社内に転職を伝え、秘密保持の契約を結ぶ際、会社支給の携帯電話とパソコンの返却を求められると「本日中の返却はできない」と先のばしを願い出て、いそいでその翌日には、USBメモリにデータを保存した。

文春オンライン

おそらく、社内のPCにUSBメモリなどを接続すること自体が制限されていたので、一度、クラウドストレージ上にデータをアップロードしてからからUSBメモリに保存するという段階を踏んだのだと想像できます・・あくまで想像です。

楽天モバイルのケースでも、元社員はソフトバンク在籍当時にデータを個人のメールアドレスに送ったり、クラウドストレージ上にデータをアップロードしていました。
これも、同様の理由によるのではないかと想像できます。

被告の元社員は、楽天モバイルへの転職試験に合格した2019年11月ごろから退職日までの間、会社のメールアドレスから個人のメールアドレスに送ったりクラウドストレージにアップロードしたりすることで、ソフトバンクのネットワーク情報が含まれた多数の電子ファイルなどを持ち出していた。元社員の退職後に使用パソコンを確認したところ、最終出社日の12月27日に大量のファイルを圧縮しており、複数回にわたって大量の機密情報を持ち出していたことが発覚した。

ソフトバンクvs楽天モバイル、機密情報の不正持ち出しで損害賠償1000億円の根拠

この方法を見ると、退職者による情報のアクセスを制限するだけではなく、

  • 退職予定者に社内の者から新たに情報を渡すことを制限する
  • 退職予定者あるいは全社員が、社内のPCから接続できる外部のクラウドストレージを制限する(会社が承認したクラウドストレージ以外にはアクセスできない、アップロードできないようにする)
  • メールやクラウドストレージに転送できるデータのサイズを制限する(制限できないときには、短期間で大量のデータが転送されているときには気がつけるようなシステムにする)

ことも考えないといけないように思います。

とはいえ、退職予定であるかどうか、すなわち転職が決まったかどうかを、本人が会社に伝える前にはどうにも防ぎようがないのが難しいところです。

転職時の営業秘密の持ち込み対策

転職者は、転職先で「早く実績を上げたい」「貢献したい」との思いから、転職元で取得した営業秘密を「お土産」と称して持ち込むことがあります。

同業他社からの転職である場合や、ヘッドハントによって転職する場合はなおさらです。特に、ヘッドハントは、転職者が転職元で得た知識・経験を手に入れたいという動機から声を掛けることがあるので、むしろ、「お土産」に期待している企業さえあります。

しかし、2003年に不正競争防止法が改正されて以降は「お土産」として営業秘密を持ってきた転職者も、持ち込まれる企業も、どちらも営業秘密侵害罪の対象です。

もっといえば、不正競争防止法では、営業秘密を不正に取得しようとした未遂でも処罰されます。そのため、ヘッドハントの際に、採用する側の企業や人事担当者が「お土産を期待している」という趣旨の発言をすること自体が犯罪行為です

転職者を採用する企業も人事担当者も認識をアップデートする必要があります。

そのうえで、転職時に営業秘密を持ち込まれないようにするためには「本人はお土産と思っていても、それはわが社にとっては迷惑である」ことを、転職者にきちんと伝えて、気がつかせることが必要です。

ときには、「転職元の営業秘密を持ち込んでいることが判明した時点で退職してもらう」まで宣言してもよいかもしれません。

転職者を採用する段階が転職先企業にとっては営業秘密侵害罪(不正競争防止法違反)にならないための防波堤です。

まとめ

転職元の営業秘密の持ち出し、転職先への営業秘密の持ち込みは、2003年に不正競争防止法が改正されて以降は犯罪行為になったことをまず認識してください。

そのうえで、最近の事例を参考にしながら、「うちの会社でこれと同じパターンでの情報の持ち出しは防げるだろうか?」と、営業秘密、情報の管理体制の見直しを行うことをオススメします。

 

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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