こんにちは。
弁護士の浅見隆行です。
2023年4月、複数の行政機関が動画やポスターなどに他人の作品を無断で使用したことが相次いで判明し、著作権侵害のおそれがあると話題になりました。
そこで、今回は、動画やポスターなどを作成する際に、作成者側が著作権や知的財産権をチェックする体制で抑えておくべきポイントを解説します。
行政による著作権侵害のおそれ
2023年4月17日、大阪府、大阪市が行うカジノ構想のイメージ図や動画に、他人の美術作品やデザインが無断で使用されていることがSNSで話題になり、関係各社が謝罪しました。
また、4月19日には、内閣府が性被害の予防を啓発するために作成したポスターのイラストが、実在する作品に似ていることがSNSで話題になりました。
内閣府は、謝罪し、使用を止めることにしました。
著作権侵害のおそれがある作品ができた原因
大阪府、大阪市、内閣府のいずれも、著作権侵害のおそれがあることが判明してすぐに謝罪対応しています。この態度から見ると、著作権侵害をしてはいけないとの認識はあったのでしょう。
それでは、なぜ著作権侵害のおそれがある作品ができあがってしまったのでしょうか。
大阪府・大阪市の作成過程
まず、大阪府・大阪市のケースから、その理由を確認します。
4月17日にオリックスが出したリリースによると、作品の作成過程は、大阪IRの共同事業者である日本MGMリゾーツの親会社であるMGMリゾーツインターナショナルが担当したことがわかります。
日本MGMリゾーツは、権利関係の処理については「調査中」と説明しつつ、「しかるべき承諾を得ていない可能性が高い」ことは認めて謝罪しています。
今回の動画やパース図の作成には、複数の会社が関与していることがわかります。
著作権や知的財産権の侵害が起きてしまう理由
こうした場合、動画やパース図の作成に関する業務委託契約の中に「第三者の著作権や知的財産権を侵害しないこと」との定めを入れるのが一般的です(今回のケースで業務委託契約が存在するのか、その条項が存在するのかはわかりません)。
そうであるにもかかわらず、第三者の著作権や知的財産権を侵害した作品が納品されることは、珍しくありません。
その理由としては、以下のようなものが考えられます。
- 契約書のひな型を機械的に使っていて、著作権や知的財産権についての条項が存在している意識が薄い
- 契約書の作成担当者は著作権や知的財産権についての条項が存在していることは認識しているが、実際に動画などを作成する現場レベルにはその条項の存在が降りていない
- そもそも動画などを作成する現場レベルが他人の著作権や知的財産権を守る意識が薄い(著作権や知的財産権に対する知識がない)
- できあがった動画などに他人の著作権や知的財産権の侵害がないかを、現場の担当者の上司がチェックする社内手続が整備されていない
- 仮にチェックする社内手続が整備されていたとしても、チェックが実際には行われていない
- 担当者は他人の著作権や知的財産権を守る意識があって動画を作成し、社内手続でもチェックしたのに、全部をすり抜けて著作権侵害のおそれがある作品が納品されてしまった
- 4〜6の知的財産権チェックを社内だけではなく、取引先から納品された作品についても行うべきところ、行っていない
ひとまず7個ほど考えられる理由を列挙してみました。
いずれもコンプライアンスに関わる内部統制、ガバナンスに関わる問題です。
1、2、3は従業員教育の問題です。
従業員に対して、社内で使っている契約書のひな型の内容や意味を説明することが必要です。
このケースに限りませんが、契約書のひな型に定められている内容や意味を知らない従業員は多くいます。
私もいくつかの会社で営業職研修のような形で契約書のひな型の意味を理解してもらう研修を行いますが、営業職の方から「そういう意味の条文だったんですね」などという反応をもらうことは少なくありません。
ぜひ今一度、従業員に対して契約書のひな型の意味を理解してもらう研修を実施してください。
もちろん、知的財産権に対する研修も必要です。
4は内部統制の整備の問題です。5は内部統制の機能の問題です。
著作権や知的財産権の侵害に対する社内のチェック体制がなければ、現場担当者にすべてを任せることになってしまいます。
これでは、会社として著作権や知的財産権を守ろうという姿勢があるとは言えません。
また、社内のチェック体制を整備していたとしても、それが運用されていなければ体制を整備した意味がありません。
上司の立場からすれば忙しいこと、部下である現場担当者を信じていること、権利の幅が広いことなどを理由にチェックしないことは想像がつきます。
しかし、動画やパース図などでイラストや美術品が使用されているときには、現場担当者に「このイラストは、どこから探してきた?」と確認することくらいはできるのではないでしょうか。
6はまずありえません。あったとしたら万分の一レベルの不幸です。
7は業務委託契約の受入検査、検収の問題です。
受入検査、検収を著作権や知的財産権の側面からも行うということです。
業務委託をした内容が動画やパース図の作成なのですから、その中に、イラストや美術品が使用されているときに、念のために、「イラストや美術品の権利は大丈夫ですか?」と一言でいいから確認する。
「取引先に対してそこまでしなければいけないの?」と思われるかもしれません。
元々の発注者が受託した会社から納品を受けた際にはそこまでの確認は必要ありません。しかし、受託した会社と下請けとの間では、そこまでの確認をしたほうがよいです。発注者に迷惑を掛けることになるからです。
内閣府の作成過程
次に、内閣府の作成過程と原因を確認しましょう。
内閣府のリリースによると、
- 内閣府から凸版印刷に委託したものであること
- 制作過程でイラストレーターの作品を参考にしたこと
- 作品の類似性チェックが不十分であること
が説明されています。
他人の作品という著作物を参考とすることが著作権侵害になるかどうかという議論はありますが、今回のケースでは、類似性のチェックをキチンと行っていれば著作権侵害のおそれがあるとの指摘は回避できたはずです。
ここでも社内チェック体制という内部統制が機能していなかったことが原因として整理できます。
まとめ
動画やイラストなどを作成する業務を行う場合には、まず、作成担当者に著作権や知的財産権の意識を持たせるための教育・研修を行うことは必須です。
その上で、作成担当者以外の上司などが著作権や知的財産権のチェックをする体制を整備し、必ずチェックする運用にするにしてください。
このニュースを対岸の火事にしないようにしましょう。