損保ジャパンがビッグモーターとの取引再開を決めた理由について「正常性バイアス」などと指摘する、社外調査委員会の中間報告書が公表。危機管理の経営判断に必要な心理状態。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

多忙により少し間が空いてしまいました(今も忙しい)。

2023年10月10日、SOMPOホールディングスは、子会社である損保ジャパンがビッグモーターから保険金の不正請求を受けた後の対応について、社外調査委員会から受領した中間報告書を公表しました。

ビッグモーターとの取引再開に関する損保ジャパンの経営判断に関わる取締役、監査役の責任については以前にも投稿しました。

今回は、中間報告書でより詳細な内容が判明したことを受けて、再度、取締役がした経営判断の責任について取り上げます。

※2024/01/25追記

2024年1月16日、SOMPOホールディングスは、調査報告書を公表しました。

※2024/01/26追記

2024年1月25日、金融庁は損保ジャパンとSOMPOホールディングスに業務改善命令を出しました。

取引再開に至った経緯

中間報告書を要約すると、損保ジャパンがビッグモーターとの取引を再開した経緯は、

  • 2023年7月6日午前8時から専務以下の役員複数名は、同日午前11時からの役員ミーティングに先立ち、事前打ち合わせを行い、トップラインの毀損(売上高の減少)は避けられないものの、自主調査を行った 4 工場について更に深掘りするとともに、不正請求の疑義のある残りの 20 工場についても、自主調査を要請するとの方向性を確認した
  • 7月6日午前11時からの役員ミーティングには、社長、副社長も出席した。専務は更なる自主調査が必要と述べたものの、副社長は更なる自主調査の効果に疑義を出し、社長はビッグモーターの社長を信じる判断もあり得る、未来志向などと意見し、厳しい再発防止策を講じながら2週間後くらいを目処に取引を再開することが決定した

とされています(中間報告書17〜18ページ)。

この部分だけでも、危機管理の意識の高い専務以下の役員とそうではない社長、副社長との間で温度差があるのがわかります。

もっと言えば、社長と副社長の間でも温度差、感覚の違いがあるようにも感じます。副社長は危機管理に対して否定的な姿勢であるのに対し、社長は取引先であるビッグモーター(の社長)を信頼する姿勢です。

保険金の不正請求をしてきた取引先(の社長)を、なおも信頼しようとする。

プライベートな出来事で、このような信頼を続けることは「心の広い」「寛大」と受け取れますが、企業価値の最大化という役割を担っている代表取締役の立場では、このような信頼を続けることは、危機管理の意識が低い印象を受けます。

中間報告書でも、取引再開に至った理由の中で「正常性バイアス」として危機管理の意識の低さの問題点を指摘しています。

取引再開に至った理由と「正常性バイアス」

中間報告書が指摘する取引再開に至った理由

中間報告書は、損保ジャパンが取引再開に至った理由として、

  1. 他の損保会社の動向に対する懸念ないし対抗心
  2. 大口取引先を失うことへの危機感
  3. ビッグモーターの社長に対する信頼
  4. リスク認識の乏しさ
  5. 被害実態の軽視
  6. 間接的な事情
    • 情報共有の不足、報告連絡の不徹底
    • 会議のあり方

といった要素と問題点を指摘しています。詳細は、中間報告書20ページ以下を見てください。

中間報告書では、このうち、3のビッグモーターの社長に対する信頼と、4のリスク認識の乏しさの各点について、「正常性バイアス」の影響があったと断じています。

正常性バイアスとは、心理学用語で、自分にとって都合の悪い情報を無視したり過小評価したりするという認知の特性を意味します。

危機管理に関する判断をするときに、最も避けるべき心理状態です。

正常性バイアスの中身

中間報告書は、ビッグモーターの社長に対する信頼については、

A1 社長(※損保ジャパン社長)は、これまで C1 社長(※ビッグモーター社長)と会ったことは一度もなく、その人柄や経営手腕も十分承知していなかったはずであるし、前記のとおり、BM 幹部においてヒアリングシートが改ざんされた事実も認識していた以上、同社の調査結果はおよそ信用性が乏しく、C1 社長への信頼といってもおよそその前提を欠いていたというべきである。
結局、C1 社長への信頼といっても、DRS (※取引)の再開という判断を正当化するための都合の良い方便であり、一種の正常性バイアスであったと見るのが相当である。

中間報告書22ページ

と、「(取引)再開という判断を正当化するための都合の良い方便」とまで断じています。

また、リスク認識の乏しさについては、

単発的で個人的色彩の濃厚な不正事案であればともかく、BM 幹部の中でも枢要な役割を担っていた C4 部長がわざわざ証拠を改ざんしている事実に照らせば、むしろ、もっと根の深い全国的に広がりかねない組織的事案のおそれがあると捉えるのが、公正かつ常識的な危機管理の在り方であったはずである。
にもかかわらず、SJ においては、未来志向という聞こえの良い大義名分の下、追加調査も実施しないまま、拙速に DRS を再開するに至ったもので、それが損保会社のレピュテーションをいかに低下させるおそれのある高リスクの判断であるかという認識ないし想像力が決定的に乏しかったと言わざるを得ない。この点にも前記のような正常性バイアスの影響が見て取れる。

中間報告書23ページ

と、「未来志向という聞こえの良い大義名分」「損保会社のレピュテーションを如何に低下させるおそれのある高リスクの判断であるかという認識ないし想像力が決定的に乏しかった」とも断じています。

一刀両断すぎる書きっぷりです。

危機管理の経営判断に必要な心理状態

中間報告書が指摘した「都合の良い方便」「大義名分」「認識ないし想像力の欠如」は、危機管理に関する経営判断をするときに、あってはならないものです。

「都合の良い方便」「大義名分」は、自己正当化と言い換えても良いでしょう。

危機に直面し真摯に対応しなければならない場面で、自己正当化の理由を挙げれば挙げるほど適切な危機管理はできなくなっていきます。

危機管理が求められる場面では、目的を定め(獲得目標といってもいいかもしれません)、その目的を達成・実現するために適した手段を選択する意思決定を行います。

ところが、自己正当化という要素が入ってしまうと、目的を達成・実現するための手段として適した手段がわかっているにもかかわらず、「この手段は選択しなくてもいい。なぜなら、これこれという正当化要素があるから」と、意思決定がブレてしまいます。ブレるどころか、間違った意思決定をしてしまうことになります。

大抵の不正・不祥事例の場合、自己正当化の要素となるのは「コストがかかる」「売上が下がる」「利益を減らしてでもそこまで行う必要があるのか?」といった、要するに売上利益至上主義です。

これでは適切な危機管理はできません。

また、「認識ないし想像力の欠如」も同様です。

危機管理の場面では、危機を真正面から受け止め、かつ、危機を適切に管理しなければどのように危機が拡大していくのか、自社にとって不利益をもたらすのかを想像できなければ、適切な目的達成手段を選択できません。

この想像が適切にできるようにするために、過去の不正や不祥事などの事例とその原因が頭に集積されていることが必要です。要するに、想像のための「引き出し」を増やしておくことが必要です。自分で「引き出し」を持っていなければ、外部の専門家に意見を求めれば良いだけです。

ところが、危機を認識できない、想像できないときには、間違った意思決定になってしまいます。

先日のジャニーズ事務所の記者会見でFTIコンサルティングがNGリストを作成していたのも、「その存在が漏れたときにどうなるか」との想像力が欠如していたが故でしょう。

結局何が言いたいかというと、危機管理の場面では、自社にとって不都合な事実も正面から受け止め、最悪のことを考えながら意思決定して欲しい、ということです。

取締役であるなら、そのような胆力を持ってほしいと思います。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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