裏紙を利用した情報の流出が相次ぐ。ESGやSDGsのための紙ゴミ削減と情報管理の重要性を両立させるためのガバナンスの難しさ。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

紙そのものやコストの節約のために、裏面を使用していない紙(裏紙)を社内のコピー用紙やメモ用紙として再利用する様子は、従前はよく見られました。

しかし、2003年に個人情報保護法が、2006年に会社法が施行され、個人情報や企業秘密に対する情報管理の必要性や重要性が認識されるに伴い、裏紙を利用することを避ける会社が増えました。

ところが、2023年になって裏紙の利用による情報漏えいが相次いで報じられました。

帝京平成大が業務委託した東京海上日動キャリアサービスによる裏紙利用

8月17日には、帝京平成大の学生が就職支援室に相談した内容をメモしたカウンセリングシートが裏紙として利用された後、ファミレスに発見され、学生の学籍番号や相談した内容が漏えいしたことが報じられました。

帝京平成大は、8月18日、公式サイトに詳細を公表しました(第1報は8月7日に公表されています)。

帝京平成大が就職支援室の運営を委託している東京海上日動キャリアサービスのキャリアカウンセラーが、カウンセリングシートを自宅に持ち帰り裏紙として利用していたようです。

日本航空(JAL)による裏紙利用

8月22日には、JALでも、国際線で出入国の際、入管や税関に提出する、パイロットのパスポート番号や生年月日が記載された公的な書類の裏面に英語検定の問題などを印刷し、裏紙として利用されていたことが報じられました。

日本航空は、現時点では詳細を明らかにしていません

裏紙による情報流出が起きてしまった要因

ESGやSDGsによる紙ゴミ削減の強調

帝京平成大や日本航空以外でも裏紙を利用している会社は、まだたくさんあるはずです。

情報管理の重要性が認識されているにもかかわらず、なぜ裏紙が未だに利用されているのでしょうか?

紙そのものやコストの削減という目的のほかに、ESGやSDGsを強調したことがその要因になっているのではないかと思います。

多くの企業が、ESGやSDGsの一つとして、環境負荷の軽減、そのための脱炭素化社会に取り組んでいます。その取り組みの一つが、紙の消費や紙ゴミの削減による環境負荷やCO2の削減です。

従来から情報管理を重んじていた会社でも、ESGやSDGsを偏重した結果、情報管理よりも紙ゴミ削減の優先順位が上になったと従業員が認識を誤って、重要な情報、秘密とすべき情報が記載されている紙までも裏紙として再利用し、その結果、裏紙として利用され情報が流出する、という構造なのではないかと思います。

ガバナンスの難しさ

管理部門の立場からすれば、情報管理の重要性は今までどおり、かつ、ESGやSDGsのための紙ゴミ削減にも取り組んで欲しいと、両立を望んでいたはずです。

そのため、紙ゴミ削減と社内に伝えても、現場の従業員は、重要な情報、秘密とすべき情報が記載されている紙はシュレッダーで裁断し、公開情報が記載されている紙だけを裏紙として利用するだろうと期待していたはずです。

しかし、現実は、そうではありませんでした。

情報管理と紙ゴミ削減とは両立されず、現場では情報管理は二の次で、ESGやSDGsのための紙ゴミ削減が優先順位として上になってしまった。ある意味、優先順位が上書きされてしまった。管理部門の期待は裏切られたことになります。

規模が大きい会社では、情報管理の重要性を社内に伝える部署と、ESGやSDGsによる紙ゴミ削減を社内に伝える部署とが違うために、現場が、どちらを優先したら良いか困惑することもあります。

ここがガバナンスの難しさです。

指示を出す管理部門の考えていることと、現場で指示を受ける立場の受け取り方には、常にギャップがあります。

そのことを認識して、簡潔な指示を出す、部署間での整合性を事前に取っておくことが不可避です。

紙ゴミ削減のためならペーパーレス化をより一層推進することも考えてもよいかもしれません。

現場に期待しない。現場に判断させない。現場に判断させるなら、判断できるまで教育を繰り返す。これが「体制」の整備の究極です。

今回この2件が報じられたことで、裏紙の利用による情報漏えいは「通常想定される不正行為」となりました。取締役・取締役会は、これを防止できる程度の「体制」を整備する義務があるので、今一度、自社での裏紙の利用状況、裏紙の利用による情報漏えいの可能性を振り返り、防止できるために何をしたら良いか、情報管理とESGやSDGsの両立に向けた取り組みをアップデートしてください。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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