性的指向を上司に曝露(アウティング)され精神疾患を発症した部下に労災認定。LGBTに関する言動とSOGIハラ対策。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2023年7月24日、保険代理店に勤務していた20代男性の性的指向を、上司が暴露(アウティング)したことに起因して精神疾患を発症したことについて、池袋労働基準監督署が2022年3月に労災認定していたことが報じられました。

共同通信によると、

男性は2019年に入社し、面接の際、同性のパートナーを緊急連絡先として伝えた。説明を求められたため、自身が同性愛者だと明かし「同僚には自分のタイミングで知らせたい」とした。だが直後、40代の上司が無断で女性従業員に暴露。男性は女性従業員から無視されるようになり、精神疾患で退職した。

2023/07/24付共同通信

というケースです。

これは上司が部下の性的指向を曝露(アウティング)したケースですが、アウティングしたのが同僚であろうと人事部であろうと同じです。

アウティングに限らず、性的指向やジェンダーアイデンティティに関する言動は、SOGIハラ(LGBTに関するハラスメント)に該当するリスクがあります。

そこで、このケースを機に、今一度、SOGIハラになるかどうかの境界線を抑えておきましょう。

過去にアウティングが問題になった事例

性的指向をアウティングしたことで労働災害が認定されたのは、今回のケースが初めてかもしれません。他方、訴訟は既に何件か発生しています。代表的なものは、以下の2つです。

愛知ヤクルト事件

1つ目は、愛知ヤクルト事件です。

これは、会社(人事部)がアウティングし、かつ、本人にカミングアウトを強要したとして争われた事案です。

愛知ヤクルトの従業員が、2014年1月に性同一性障害であると診断され、5月に戸籍を男性から女性名に改めることが認められたことを会社に報告したところ、会社が名札を女性名に変更。特別に更衣室を確保して障害を職場で公表することを強要されたためうつ病を発症したなどとして、2016年6月28日に、330万円の損害賠償請求の訴えを提起しました。

なお、判例DBには載っていないので、和解で終わったのか結末は不明です。

一橋大学ロースクール事件

もう1つは、一橋大学ロースクール事件です。

これは、同級生がアウティングした事案です。

2015年6月に、一橋大学ロースクールの学生が、同級生にLINEグループで同性愛者であることを曝露されたことを受け心療内科に通うようになり、8月24日、建物から転落死したため、父母が一橋大学の安全配慮義務違反を訴えました(東京地裁2019年2月27日、東京高裁2020年11月25日)。

裁判所は一橋大学の責任は否定しましたが、同級生の曝露行為については

「本件アウティングは,Bがそれまで秘してきた同性愛者であることをその意に反して同級生に暴露するものであるから,Bの人格権ないしプライバシー権等を著しく侵害するものであって,許されない行為であることは明らかである(認定事実(7)クによれば,Bと本件学生との間に少なからざる葛藤があった可能性がうかがわれるが,そうであったとしても,そのことは本件アウティングを正当化する事情とはいえない。)」

東京高裁2020年11月25日判決

と判断しました。

SOGIハラの境界線と注意すべき言動

SOGIハラの判断基準

これらの裁判例からは、性的指向・ジェンダーアイデンティティに関する曝露(アウティング)は、LGBTの人格権、プライバシー権を侵害する違法な言動となりうることがわかります。違法とまで言えない言動でも、SOGIハラと評価される可能性はあります。

とはいえ、どんな言動がSOGIハラに該当するのかという基準は法律上定義されていません。

セクシャルハラスメントの定義(雇均法11条1項)、パワーハラスメントの定義(労働施策総合推進法30条の2第1項)、マタニティハラスメントの定義(雇均法11条の2、育児介護休業法25条)から考えると、

  1. 職場において
  2. LGBTに関する言動
  3. 業務上必要かつ相当な範囲を超える
  4. 就労環境を害する/労働条件で不利益を受ける

の4つの要件が揃えば、SOGIハラと評価されると思います。

LGBTに関する言動がすべてSOGIハラになるわけではなく、判断の分かれ目になるのは、主に、2のLGBTに関する言動の内容と、3の「業務上必要かつ相当な範囲」を超えるか否かでしょう。セクハラやパワハラ、マタハラでもこの要件が争点になるのと同じです。

LGBT理解増進法に基づいて、SOGIハラについても、今後、国が何らかのガイドラインを作るかもしれませんが、現時点では、厚労省が出しているセクハラ、パワハラに関するガイドラインを参考にLGBTに関する言動の内容と、業務上必要かつ相当な範囲について理解しておくのが賢明だと思います(ガイドラインのセクハラの箇所にSOGIハラについても言及があります)。

LGBTに関する言動の内容

言動なので、LGBTに関する「発言」と「行動」の両方の側面でSOGIハラにならないように気をつける必要があります。

LGBTであるかどうかを尋ねる、噂を広げる、冗談やからかうなどは、LGBTに関する発言です。また、身体を触ったりするのが、LGBTに関する行動です。

トランスジェンダーの従業員に対して上司が「何で女装してんねん、お前男やろ」などの言動やハラスメントを続け、従業員がハラスメントを訴えた後も上司と同じ職場に配属したことについて、上司の責任と会社の職場環境配慮義務違反を問われた訴訟も起きています(東京地裁2022年9月8日、会社が「認諾」により終了。上司は係争中。)。

業務上必要かつ相当な範囲

業務上必要かつ相当な範囲については、LGBTに関する言動をする必要性があることが大前提です。

性同一性障害で戸籍上も性別が変わった従業員に、人事管理上報告を求めること、今後の社内人事の記録上は性別が変わることを告げること、社内では従来どおりの性別の氏名を通名として使用するか戸籍上の氏名を使用するかを確認することなどは、業務上必要性があり相当な範囲でしょう。

更衣室やトイレについても同様です。

先日最高裁判決が出た経産省のトイレの判例では、本人の了解のもと部署内での説明会を開催しています。

アウティングするには本人の了解があれば問題がないという先例にもなります。

まとめ

LGBTに関する言動のすべてが禁止されるわけではなく、業務上必要かつ相当な範囲での言動に限定されるにすぎません。業務上必要かつ相当な範囲での言動ならSOGIハラになりませんし、差別でも不利益取扱いでもありません。

限界を理解した上で接するようにすれば、過度の心配し、必要以上に配慮する必要はありません。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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