岡山大学で113箇所の論文のねつ造、改ざんが判明。研究開発での不正の告発に備えて、大学や企業はどのように内部通報窓口を運営したらよいのか?

こんにちは。
弁護士の浅見隆行です。

3月24日に、岡山大学の教授が2019年に発表したガンの研究論文で、データなどをねつ造、改ざんしていたことが公表されました。113箇所がねつ造、改ざんされていたため、理事から「前代未聞」と指摘されています。

岡山大学は3月24日、同大教授が関与した論文において不正行為があったと発表した。113件に及ぶ数値の改ざんや画像の捏造(ねつぞう)が認められた。教授は「地震でデータを保存していたHDDが故障した」として調査に必要なデータの提出を拒否したが、システムに残っていた画像のプロパティなどから捏造が分かった。

岡山大で研究不正 113カ所の捏造 「HDDが壊れたからデータ破棄した」として調査協力拒否

大学でも企業でも研究開発における不正が後を絶ちません。
今回は、こうした研究開発での不正の告発に備えた大学や企業の内部通報窓口の運営のあり方について考えます。

不正は告発によって発覚する

大学での研究開発の不正は、ほとんどが告発、通報によって発覚します。

文科省のサイトに掲載されている研究不正の一覧を見ると、2022年度は11件中8件が告発、通報によるものでした。その他3件のうち2件も過去に告発をきっかけに調査した案件の再調査、追加調査で、残る1件も論文を掲載するジャーナルからの調査依頼によるものでした。

岡山大学のケースも告発によって発覚しました。

令和2年9月17日、国立大学法人岡山大学は、独立行政法人日本学術振興会から、●●教授を筆頭著者兼責任著者とする論文1編について、告発の回付を受けた。

岡山大学、本学教員の研究活動の不正行為に関する調査結果報告書

大学では研究不正についての内部通報制度が機能している?

告発は氷山の一角という可能性

こうした実績を見ると、大学では研究不正について内部通報が機能しているように思えます。
しかし、必ずしもそうとは言い切れません。通報されたのは氷山の一角だけで、告発されていない研究の不正は他にもあるかもしれません・・いや、たぶんきっとあります。

三菱電機の品質不適切問題

企業でいえば、2021年から2022年にかけて三菱電機の品質不適切問題が明らかになりました。

このケースに先立って、三菱電機は2016年から2018年にかけても品質不正について調査していました。

しかし、その際に、不正を行っていた担当者の全員が不正を報告したわけではありませんでした。

そのため、2016年以前に行われていた不正なのに、2021年から2022年にかけて行った調査によって初めて発覚したものも存在しました。

1991年から2016年10月まで行われていた数字の修正も、2021年から2022年にかけて行った調査で初めて発覚しました。

三菱電機のケースからわかることは、会社を挙げての調査まで行っていても、従業員が調査に誠実に協力しなければ不正は発見できない、また、従業員が内部通報窓口に積極的に告発してくれるとは限らない、ということです。

大学という象牙の塔

大学の場合、教授以下ではヒエラルキーがハッキリしています。

教授に逆らえば、准教授以下の者は上に昇進することはできません。他の大学のポジションに就くことも難しいでしょう。

そのため、教授に逆らってまで告発することは非常に難しい。まだ告発されていない不正があるかもしれないことは容易に想像ができます。

内部通報窓口の運営のあり方

公益通報者保護法による内部通報窓口の設置義務

そうはいっても、大学も企業も、不正が大きな問題になる前にできるだけ早く見つけて、自浄努力で対応したいと考えているはずです。

できるだけ早く不正を見つけるために必須なのが、内部通報窓口の存在です。

公益通報者保護法の改正によって、2022年6月から、従業員が300人超の企業では内部通報窓口の設置が法律上義務づけられました。300人以下の企業でも設置することが努力義務になっています。

これにより、内部通報窓口が設置されている会社が増えました。従業員の声を届ける場所や機会は増えているということです。

しかし、内部通報窓口が設置されていても「1年間で通報案件がゼロ」という会社は少なくないと思います。

「1年間で通報案件ゼロ」の本当の評価

「1年間で通報案件ゼロ」というのは決して喜ばしいことではありません

  • 「内部通報をしたくても、あとの報復が怖くて通報できない」
  • 「職場の仲間を裏切ったと思われるようで、通報できない」
  • 「どうせまともに取り合ってくれないから、通報する気がない」
  • 「あの社長のもとで通報しても無駄でしょ」

そう考えて通報しない人はたくさんいます。
いろんな会社の従業員からそういう声を何度も聞いたことがあります。

通報案件を増やそう

大学や企業にとっては、「1年間で通報ゼロ」よりも、むしろ通報件数が増えて、問題が大きくならないうちに情報を吸い上げ、会社が自浄努力で改善できることの方が望ましいです。

そのためには、まずは「通報案件が増えること」を目指した方がよいでしょう。内部通報に対する従業員の心のハードルを下げるのです。

具体的には

  • 「こんな案件でも通報してよい」と、通報することの大げさ感を抑えるメッセージを出す
  • 過去に通報を受け付けたあとに、事実・原因を調査し、対応した実績を知らせる
  • 通報を受けたのに窓口担当者の調査、対応がいい加減であれば、そのこと自体を社内処分の対象にすることを社長が宣言する

などです。

要は、「窓口への通報を待っていること」を積極的にアピールするのです。

事実の調査〜対応、再発防止策までキチンと行える社内体制

もちろん、大学や企業が窓口への通報を積極的に受け付けるようにしても、その後の事実や原因の調査、社内処分などの対応、再発防止策の立案までがいい加減なら、

  • 「通報しても結局、その後キチンと対応してくれないよな」
  • 「通報するだけ無駄」
  • 「窓口があるけれど形だけ」

などと従業員や職員の心はすぐに離れていきます。

そのためには、事実の調査、対応、再発防止策までキチンと行える社内体制を整えることが必要です。

具体的には

  1. 人員の確保
  2. 調査権限の付与と調査への協力義務
  3. 調査への妨害を防ぐ
  4. 取締役会、理事会の姿勢

を整えることなどが必要です。

1.人員の確保

窓口を設置したとしても、通報を受け付けるのが手一杯で調査が対応できない脆弱な体制では、その後の調査をやり遂げることができません。

通報された内容によっては、複数の人員で調査をすることが必要なこともあります。不正会計など組織的に不正が行われた場合が典型です。

そのため、人員の確保は必須です。

内部監査部門がある会社や大学なら、調査の担当者と内部監査部門とが協力して調査することがあっても良いと思います。

グループ会社や中小企業の場合、人材がいても調査したことがなく不慣れでうまくできるかどうか不安というケースもあります。

そこで、通報窓口は社内に設置しつつ、調査以降の対応について顧問弁護士ではない外部の弁護士に相談できる体制を作ることも必要です。

私も顧問ではない会社やグループ会社から一括して、通報窓口の担当者から調査やその後の対応について相談や依頼されるケースも増えています。

2.調査権限の付与と調査への協力義務

通報案件を調査していると、企業なら取締役、執行役員、支社長、工場長、管理職に対しても調査をしなければならないケースも出てきます。
大学なら教授や理事に対する調査をするケースです。

その時に、調査担当者に十分な権限が与えられていないと、調査の相手から

「なんでお前に答えないといけないんだ」
「社長になら話すけど、お前には話さない」

などと調査を拒まれることが珍しくありません。

また、調査への協力義務を負わせていない場合も、同様に調査を拒まれることが珍しくありません。

調査への協力義務を負わせれば、協力しなかったこと自体が義務違反です。そうすれば、調査への協力義務違反を理由に社内処分することができます。

今回の岡山大学のケースでも調査対象になった教授が、調査への協力を拒んだことが報じられています。

調査担当者の調査権限と調査への協力義務を社内規程などに定めておくことが必要です。

調査に当たり教授に論文データの提出を求めたところ「2018年6月の大阪北部地震で実験データを保存したHDDが落下し故障したため破棄した」「紙資料も薬液に浸かって判読不能となり破棄した」として提出を拒否した。しかし、関係者へヒアリングしたところ、これを裏付ける証拠は見つからなかったという。

岡山大で研究不正 113カ所の捏造 「HDDが壊れたからデータ破棄した」として調査協力拒否

3.調査への妨害を防ぐ

窓口が通報を受け付けて調査を行っていると、調査が自分の身に及ぶことを恐れた役員や教授、理事から担当者に妨害が入ることが稀にあります。

妨害とまでは言いきれなくても、調査の内容について意見を言ってくることは珍しくありません。

こうした事態を防ぐためには、窓口担当者には調査への絶対的な権限があるとして、調査の過程で役員や教授、理事の誰もが口を挟むことができないようにした方が良いです。もちろん、窓口担当者の職務ライン上の役員や教授であれば別です。

そのため、取締役会や経営会議ですべての役員・教授・理事などに共有するタイミングを、調査が終了してからにすることもあります。

もちろん、あくまで全役員や教授、理事などへの共有を遅らせるだけで、社長や職務ライン上の役員などの耳には報告したうえで調査を進めてください。
通報された内容によっては、通報されてすぐに会社としての広報対応をする、窓口担当者だけではなく会社として調査委員会や危機管理委員会を立ち上げることが必要なケースもあるからです。

4.取締役会、理事会の姿勢

一番重要なのは、経営者である取締役会、理事会の姿勢です。

通報窓口を設置し、通報を受け付けて、自浄努力で対応することについて、本気で取り組んでいるかどうか。
ある意味、これがすべて
です。

本気でなく、形だけの会社や大学では、従業員、職員にすぐに見透かされます。

岡山大学のケースでは、公式サイトに調査報告書を掲載するだけではなく、4月17日には論文不正をした教授を懲戒解雇しました。
さらに、処分に対する学長の厳しいコメントのほか、学生に向けたメッセージなども掲載しています。

当該行為は、真実の探求を積み重ね、新たな知を創造していく営みである科学の本質に反するものであり、人々の科学への信頼を揺るがし、科学の発展を妨げ、冒涜するものであって、決して許すことのできないものです。さらに、当該教員は、医学研究現場において教授という責任ある立場にあったことなども考慮し、本学の規則に則り、厳正な処分を行いました。

本学教員への懲戒処分について

こうした一連の対応からは大学としての本気度が伝わってきます。

本気度を伝えるための危機管理広報としても成功した事例だと思います。

まとめ

内部通報窓口を設置して自浄努力を働かせようと本気で考えているなら、本当に、この体制で調査、処分、再発防止策の整備までキチンとできるのか?を考えてください。

できないと思ったなら、その都度、体制のアップデートをしてください。

アップデートしない企業や大学は、本気ではないと言っていいでしょう。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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