2020年3月のスチュワードシップ・コード改訂が今年の株主総会に緊張感をもたらしている。取締役・取締役会は機関投資家の議決権行使基準をより意識することが必要です。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

上場会社の株主総会が集中する6月を迎え、会社と機関投資家とが対立している報道が目立っています。

株主提案が過去最多に達していることについては先日書いたとおりです。

今日は、機関投資家の議決権行使の様相について、です。

上場会社の取締役・取締役会は、機関投資家の議決権行使基準を意識した議案を提出しないと、株主総会で議決権が通らないかもしれないという話です。

機関投資家の議決権行使の傾向

2023年1月から3月に行われた株主総会で機関投資家がどのような議決権行使を行ったのかが報じられていました。

以前は、会社(取締役会)が提案した議案には機関投資家も含めて賛成する「シャンシャン総会」が中心でした。

しかし、金融庁が機関投資家に向けた日本版スチュワードシップ・コードを2014年に発表し、その後も2017年、2020年と2回の改訂を重ねた結果、最近は機関投資家が会社が提案する取締役選任議案に反対し、株主が提案する取締役選任議案に賛成するようになってきました。

なお、日本版スチュワードシップ・コードを受けいれている機関投資家は金融庁のサイトでExcelで一覧にまとめられています。一覧から各機関投資家の議決権行使基準を見ることもできます。

機関投資家の議決権行使の主な基準は以下のとおり整理できます。

  1. 企業価値の向上に資する/資さない
  2. 不祥事が発生したことで会社経営に影響がある/影響がない
  3. 社外取締役の独立性がある/ない
  4. 取締役による監視監督機能に期待できる/期待できない
  5. 取締役候補者の指名過程に問題がない/問題がある
  6. 取締役の多様性がある/ない

1と2はいずれも企業価値、3と4と5は内部統制(ガバナンス)、6は多様性(企業の社会的責任(CSR))と括ることができます。

CSRに関連するものとして、2023年は、ESGへの取り組みを株主提案や議決権行使の判断基準にしているケースも目立っています。

機関投資家による議決権行使基準を意識しなければならない現実

機関投資家以外の株主も会社の実質的所有者なので、取締役・取締役会が機関投資家だけを意識するのでは、株主から会社を委ね任されている者としての責任を果たしたことにはなりません。

しかし、機関投資家が反対すれば議案が通りません。株主総会で議案を通らなければ株主総会を行うことが時間と費用の無駄になってしまいます。

実際に上記報道では、

  • キヤノン;会長の取締役選任議案に対する反対比率が49.41%
  • 電通グループ;社長の取締役選任議案に対する反対比率が34.36%

など、薄氷の結果になっています。

それどころか、

  • フジテック;会社提案の社外取締役の選任議案に対する反対比率が53%超で否決され、かつ、株主提案の全取締役会議長解任議案に対する賛成比率が57.24%で可決

しています。

こうした現実を見ると、取締役・取締役会は機関投資家の議決権行使の判断基準をある程度意識して議案を提案せざるを得ません。

機関投資家の議決権行使基準をどう理解すべきか

では、機関投資家が議決権行使する基準をどのように理解すべきでしょうか。

上記の企業価値の向上、内部統制(ガバナンス)、多様性(企業の社会的責任(CSR))の3点に分けて考えてみましょう。

企業価値の向上

取締役・取締役会は株主から経営を委ね任されている者として企業価値の最大化を図らなければならない義務を負っています(善管注意義務)。

企業価値は、売上や利益の向上だけではありません。ブランド価値、世の中からの信頼、企業の社会的責任(CSR)も含めた価値です。

売上や利益があがっても世の中から後ろ指を指される会社は企業価値が低いので、取締役・取締役会が責任を果たしたことになりません。

どんなに売上や利益があがっても、不正や不祥事が背景にある場合にはそれ自体による損失のほか、ブランド価値の低下、会社の信頼低下を招くので、企業価値は下がります。

また、不正や不祥事が起きた後に、既存の役員が責任をとる姿勢が見えない場合も同様です。

また、不正や不祥事のあとに積極的に情報開示しない会社も、株主・投資家、世の中に気を配らない会社として企業価値が下がります。

そのため、機関投資家の多くは情報開示の積極性を議決権行使の基準として明示しています。

さらに、内部統制(ガバナンス)とも関連しますが、創業家オーナーの大株主しか見ていない経営判断をしがちな会社も、企業価値が低いと判断されやすい傾向にあります。

内部統制(ガバナンス)

企業価値を向上させるためには、取締役・取締役会による不正が起こらないように日頃から相互に監視監督し緊張感を保っている環境にあることが望ましいです。

これは取締役相互の内部統制(ガバナンス)が機能していることを意味します。

例えば、

  • 社外取締役が取引先や元従業員、関係会社の役員など利害関係があるとき
  • 監督官庁からの天下りであるとき
  • 取締役候補者として指名された過程が不明確あるいは会長/社長の強い意向が働いていると推測されるとき

は、機関投資家は、取締役の独立性がない、社長や会長に強くモノを言えないと予想し、内部統制(ガバナンス)が効かないと判断しがちです。

多様性(企業の社会的責任(CSR))

企業価値を向上させるためには、取締役・取締役会が企業の社会的責任(CSR)を意識した経営判断をすることが必要です。

そのためには、取締役会で多角的な視点で意思決定ができるように、あらかじめ取締役会が多様なバックグラウンドを持ったメンバーによって構成されることが望ましいです。

多様性の一つが女性です。他業種出身の社外取締役、年齢の幅も多様性の一つです。

端から見たときに「みんな似たような人たちだね」と思われるときには、機関投資家は、多様性がなく、企業の社会的責任(CSR)を意識した経営判断がされないだろうと予測します。

まとめ

上場会社の取締役・取締役会は、今まで以上に機関投資家を含む株主による議決権行使を意識した経営判断が求められるように外部環境が変化していることを意識してください。意識のアップデートが必要です。

そのうえで、主に、企業価値の最大化、内部統制(ガバナンス)、多様性(企業の社会的責任(CSR))を意識するようにしてください。CSRにはESGも含みます。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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