こんにちは。弁護士の浅見隆行です。
かっぱ寿司(カッパ・クリエイト)の元社長が、転職元のゼンショーホールディングスを2020年に退職する際に、子会社のはま寿司から仕入先や商品原価に関するデータを不正に持ち出した件について、2023年5月31日、東京地裁は、不正競争防止法違反として懲役3年、執行猶予4年、罰金200万円を言い渡しました。
退職者が退職する時に情報を持ち出すリスクへの対策、転職者が転職先に前職の営業秘密を持ち込むリスクへの対策については、以前投稿しましたので、そちらを読んでみてください。
さて、報道によると、かっぱ寿司の元社長の刑事裁判では、持ち出した仕入先や商品原価に関するデータの「現実的な有用性が低い」と弁護側が主張し、東京地裁判決はその主張を退けたそうです。
報道をみる限りでは「有用性」を認めた東京地裁の論理構成が特徴的なので、今日は、この「有用性」とは何かについて解説します。
不正競争防止法の「営業秘密」に該当するための3要件
不正競争防止法は、一般的に使う「企業秘密」とは違う「営業秘密」を保護の対象としています。
会社が公にしていない情報なら何でも「企業秘密」として法律上保護されると勘違いしている人が多いです。不正競争防止法は「営業秘密」しか保護しません。
では、「企業秘密」と「営業秘密」の違いはなんでしょう?
ある情報が不正競争防止法の「営業秘密」に該当するというためには、
- 有用性
- 非公知性
- 秘密管理性
の3要件を充たしていることが必要です(不正競争防止法2条6項)。
この3要件の一つが「有用性」です。
簡単にイメージだけ言えば、
- 有用性;会社の売上・利益に貢献するもの
- 非公知性;一部の人にしか知られていないもの
- 秘密管理性;文字どおり秘密に管理しているもの
です(正確な定義はもっと細かいです)。
なお、不正競争防止法は2018年の改正によって、「営業秘密」には該当しない情報でもビッグデータなどの「限定提供データ」は法律上の保護の対象としています。「限定提供データ」については、経産省のガイドライン「限定提供データに関する指針」で詳しく説明されています。
「有用性」とは何か
公共土木工事単価情報事件判決が示した判断基準
かっぱ寿司の元社長の弁護側は「有用性が低い」と主張して執行猶予を求めて争ったと報じられています。
では、「有用性」が高い、低いとは何でしょう?
過去に「有用性」の有無が争われた裁判例に次のようなケースがありました。
- 埼玉県庁の一部の者しか知り得ない非公開の公共土木工事の単価表のデータがあった。
- そのデータを不正に入手した会社から、データをフロッピーディスクにコピーして持ち出した者がいた。
- コピーして持ち出したデータは有用性があるのか、会社の「営業秘密」に該当するか、が争われた。
裁判所は「有用性」の判断基準を以下のように判示し、このケースでは有用性はないと判断しました。
不正競争防止法は,このように秘密として管理されている情報のうちで,財やサービスの生産,販売,研究開発に役立つなど事業活動にとって有用なものに限り保護の対象としているが,この趣旨は,事業者の有する秘密であればどのようなものでも保護されるというのではなく,保護されることに一定の社会的意義と必要性のあるものに保護の対象を限定するということである。
すなわち、上記の法の趣旨からすれば,犯罪の手口や脱税の方法等を教示し,あるいは麻薬・覚せい剤等の禁制品の製造方法や入手方法を示す情報のような公序良俗に反する内容の情報は,法的な保護の対象に値しないものとして,営業秘密としての保護を受けない
公共土木工事単価情報事件(東京地裁2002年2月14日)
この裁判例は、有用性があるか否かの判断基準として、
- 財やサービスの生産,販売,研究開発に役立つ
- 公序良俗に反する内容の情報は,法的な保護の対象に値しない
の2点を示しました。
経産省のガイドライン
この判示を前提として、経産省の「逐条解説不正競争防止法」では、
「有用性」の要件を満たすためには、当該情報が現に事業活動に使用・利用されていることを要するものではないが、当該情報自身が事業活動に使用・利用されていたり、又は、使用・利用されることによって費用の節約、経営効率の改善等に役立つことが必要である。
と、「役立つ」の内容の内容をもう少し詳しく説明しています。
経産省の「営業秘密管理指針」は「直接ビジネスに活用されている情報に限らず、間接的な(潜在的な)価値がある場合も含む。」として、以下の情報も「有用性」が認められる例としています。
- 過去に失敗した研究データ(当該情報を利用して研究開発費用を節約できる)
- 製品の欠陥情報(欠陥製品を検知するための精度の高い AI 技術を利用したソフトウェアの開発には重要な情報)等のいわゆるネガティブ・インフォメーション
どの解説を読んでも、「営業秘密」を保有している会社(持ち出された被害会社)にとって「役に立つ」かどうかの目線で解説されています。
かっぱ寿司の東京地裁判決の論理展開への疑問
一方、かっぱ寿司の東京地裁判決は、弁護側の「(持ち出した仕入先や商品原価に関するデータの)現実的な有用性が低い」との主張に対し、
被害会社が戦略的に商品設計を行い、取引先を開拓し交渉してきた成果で、競合他社が利用すれば商品開発や仕入れを改善できる可能性があるものだった
2021.5.31日経新聞電子版
と判断したと報じられています。
この報道部分だけを見ると、東京地裁は、競合するかっぱ寿司(カッパ・クリエイト)にとって「有用」となる可能性があるから、転職元であるはま寿司(ゼンショーホールディングス)にとっても「有用性」がある、と判断したように思います。
はま寿司(ゼンショーホールディングス)にとって「役立つ」を直接認めるのではなく、競合するかっぱ寿司(カッパ・クリエイト)にとって「役立つ」効果をもたらす可能性があることを理由に、はま寿司(ゼンショーホールディングス)にも「役立つ」と、判断したのです。
結論に異論はありませんが(私もこの件でZAITENからの取材を受けたときに、元社長が情報を持ち出した動機や狙いについて、そのように回答しています)、「有用性」を認定するには、おもしろい論理展開だなと感じました。
仕入先や商品原価に関するデータははま寿司(ゼンショーホールディングス)が日々の価格設定の見直しなど原価の節約、経営効率の改善のために用いているから有用性がある、と判断してもよかったのではなかと思います。
もしかしたら、報道されていない部分で、そのように判示されているかもしれませんので、判例データベースへの掲載を待ちたいと思います。