東証が企業行動規範を7月にも改正し、IR体制の整備を上場会社に義務づける動き。「株主との対話」は大事だけれど・・

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

日経電子版の2025年4月9日の記事に、東証が企業行動規範を7月にも改正し、投資家向けのIR体制の整備を上場会社に義務づける動きがあるとのスクープ記事が掲載されていました。

今日はその記事に対する雑感です。

結論から言えば、投資家向けのIR体制の整備の必要性があることは否定しないけれど、体制を整備して管理部門ばかり大きくしても企業は成長しないので、その点を東証はどう考えているのだろう、と感じました。

投資家向けのIR体制の整備の必要性

株式会社は株主のものであり、その株主になろうとしているのが投資家です。

そのため、上場企業が株主・投資家向けに情報を積極的に発信するIR体制を整備する必要性は否定できません。

特に上場している以上は開かれたパブリックカンパニーですから、株主・投資家に対して、会社が何を行おうとしているのか、何が起きたのか、さらには投資の判断に影響を与える事由が発生した・発生しそうだということをこまめに情報提供すべきことは当然です。

その情報提供も、コーポレートガバナンス・コードの「株主との対話」の一環です。

また、情報提供したことをきっかけに、株主・投資家から会社に対して何らかの意見を具申してくることもあるでしょう。

中には、先日のフジメディアHD、フジテレビの件のように、「株主による要請」がガバナンスを機能させる一助になるケースも少なくありません。

おそらくそうしたことを期待してのIR体制の充実ということだと思います。

管理部門の増強と企業の成長との相反

しかしながら、IR体制を整備するということは、当然、そこに人員を確保する必要があります。

記事によると、IR担当役員・担当部署・担当者を置くことを想定しているようです。

もちろん、大きな会社で人員に余裕がある会社なら、既にIR担当役員・担当部署・担当者を置いているでしょう。

しかし、人員確保の余裕がない会社にとってはどうなのでしょう。

コーポレートガバナンスとして諸々の体制を既に整備している上に、さらにIR体制の整備ということになると、結果として、管理部門の人員だけがさらに増えることになります。

上場会社の会社の企業価値が向上するのは、大前提として、売上・利益が伸びることです。

そのうえで、事業の成長性への期待や信用・信頼などをも加味して企業価値が成長していきます。

その売上・利益を伸ばす、事業の成長への期待を持たせるための第一線にいるのは、商品・サービスを企画、研究・開発、仕入、製造、販売、提供等する現場寄りの人たちです。

管理部門だけが増えて、こうした現場寄りの人が少なくなるなら本末転倒です。

現場寄りの人数を残したまま、管理部門を増強するなら、売上・利益を生まない社内組織が増えるだけです。

特に、物作りの会社(メーカー)では、製品を1個作って何銭の売上・利益の会社も少なくありません。

そこにさらに管理部門を増やして新たな人件費の負担が発生するなら、到底、利益など生まれようもありません。

もう少し利益があがるように物を作ったら良いのでは・・・という考えもあるかもしれませんが、それが、メーカー各社が行ってきた海外への工場移転・下請けであり、技術の移転です。

結果的に日本のメーカー各社が経済成長力や競争力を失う一因にもなりました。

他方で、物の価格を上げればいいのでは・・・という考えもあるかもしれませんが、価格競争力を失う値上げはそう簡単にできるものでもありません。

最終製品を売っているメーカーなら最終製品の価格を値上げできるかもしれませんが、下請各社は厳しいでしょう。

これが物づくりではなくサービス業ならある程度の言い値で価格を値上げできるかもしれませんが、やはり価格競争力を失うので、そうも簡単にはいきません。

東証がPBRやROEの改善などを求めていることは、こうしたことも考慮したうえでの業態転換などを求めているであろうとは理解できますが、そんな簡単にいくならどこの企業も苦労はしません。

また、経産省は「「稼ぐ力」の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会」などというものを開催していますが、例えば、「「稼ぐ力」を強化する取締役会5原則(案)」を見ても、質の悪い経営コンサルタントですか?と言いたくなるくらい一般論が書かれているだけで、こんなもので「稼ぐ力」が強化されるわけないだろうと思います。

そんなわけで、IR体制の整備を義務づけても、人員が確保されない多くの会社では、管理部門だけが大きな会社になり、企業価値は向上しない気がします。

若手従業員の傾向と企業の成長

さらには、最近の年齢層が若手な従業員に多い、ストレス耐性が低く、対人コミュニケーションをできる限り避け、少しでも自分にとって不快なことはことごとく「ハラスメント」と言う人たちの存在も、見逃せません。

これらの若手従業員が会社に入って何を希望するかというと、対人コミュニケーションやノルマのストレスを苦手とするせいで営業部門を避け、対人コミュニケーションやノルマのストレスが係らない管理部門や映えるきらきらイメージがある部門に配属されることです。

営業がいなければ、誰が売上・利益をあげるのでしょうか。

また、営業の現場に配属されても、移動の肉体的ストレスから出張や取引先への訪問を嫌がるタイプもいます。

ましては、工場の現場で働くなどの肉体的ストレスが最大に係る仕事を嫌がるタイプは目立ちます。

これらのタイプが管理部門に配属されたとして、現場の泥臭いことや現場の人たちの心情や機微がわからないのですから、到底、企業価値の向上に繋がる管理などできようもありません

ちょっと話が逸れますが、私も、若い駆け出しの頃は現場の人たちと話をするなんて面倒だなと思って比較的今の若手層と同じような発想でいました。

しかし、職業柄全国各地に出張し、時には工場の人たちや現場の職人さんとも話をしたりするようになると、出張もそうしたコミュニケーションも結構面白いと思うようになり、むしろ、今では現場の生々しい話を聞きたい気持ちが勝っています。

しかも、研修の場で話しを伺ったりすると、トラブルが発生してから話しを伺うのとは違って、率直な気持ちを打ち明けてくれたりします。

「現場だとこういう見方をしているのか」「こういう発想で働いているのか」などの話を聞くと、それが次の仕事での話の進め方や段取りにも生きてきます。

例えば研修一つとっても、こういうアプローチで話を進めないと伝わらないなとか、すぐに工夫できるものもあります。

閑話休題。

というわけで、若手従業員の傾向がこのような状況でIR体制の整備を義務づけ管理部門をさらに増強することは、現場と管理部門の距離が離れるだけで、企業価値の向上には繋がらないのではないかと思います。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。

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