NHKが受信料関係業務に関する新システム開発等の中止を巡り、日本IBMに損害賠償等を求めて提訴。日本IBMは契約内容・経緯等に関する説明を公表。提訴された被告側の危機管理広報のポイント。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

NHKが2025年2月4日、受信料関係業務に関わる新しい営業基幹システムの開発・移行業務を日本IBMに委託する業務委託契約を解除し、既払い金の返還請求と損害賠償として合計54億6992万7231円を請求する訴えを提起したことを公表しました。

今回は、この件に関する日本IBMが出したリリースを危機管理広報の観点から取り上げます。

NHKと日本IBMとの業務委託契約の解除(NHKの言い分)

NHKはリリースにて、訴訟に至った経緯を以下のように説明しています。

  • 2022年3月、日本IBMと業務委託契約を締結(現行システムの利用期限である2027年3月を納期)
  • 2024年3月、日本IBMが大幅な開発方式の見直しが必要であることを述べる
  • 2024年5月、日本IBMが納期を1年6か月以上延伸する必要があると申し入れた
  • 2024年8月、NHKは業務委託契約を解除し、既払い金の返還を求めてきた

日本IBMによるシステム開発・移行中断についての説明

これに対し、日本IBMは2月7日、「NHKシステム開発・移行中断の件について」と題して声明を発表しました。

提訴された会社の広報のスタンス

提訴された会社は、「訴状を見ていないのでコメントできない」などとお茶を濁すコメントをするケースが目立ちます。

しかし、日本IBMは声明を通じて自社の正当性を主張しています。

私も10年以上前から危機管理広報の研修や拙著「危機管理広報の基本と実践」や雑誌広報会議での連載を通じて解説してきましたが、これが提訴された会社の本来あるべき広報のスタンスです。

というのは、提訴された側が「訴状を見ていないのでコメントできない」とだけコメントすることは、記者・メディアには「提訴した側(原告)の言い分どおりの記事を書いて構わない」と同義であると受け取られてしまうからです。

当たり前ですが、これでは提訴した原告に有利な内容の記事にしかなりません。

訴訟への影響はないかもしれませんが、記事やメディアを通じて訴訟の存在を知った世の中の人たち、ひいては潜在的な顧客(取引先・お客さま)には、「この会社はこんなことをして訴えられてしまった」と負の印象を抱かれてしまいます。

最悪な場合、潜在的な顧客が今後の取引先や購買の際に、訴えられた企業を選択肢から外してしまうかもしれません。

そのため、広報は提訴されたことに対して自社の正当性を主張すべきなのです。

これは訴えられた場合に限らず、SNSで自社の広報やツイートが思わぬ形で炎上してしまった場合も同様であると考えて構いません。

過去には、訴訟や行政処分に対する広報について、本ブログでも取り上げたことがありますので参考にしてみてください。

日本IBMの声明の秀逸だった点

上記の意味で日本IBMの声明を読むと、自社の正当性を主張したものとして秀逸であることがわかります。

その理由を声明のポイントとして読める部分とともに説明しましょう。

声明を太書き・【】をつけて強調しながら、引用します(原文はすべて装飾がありません)。

本プロジェクトは、NHK指定の移行方針のもと営業基幹システムを新しい基盤へ移行するものであり、プロジェクト開始後に現行システムの【解析】を実施の上、【移行方針及びスケジュール等を確定】するという契約に沿って検討を進めてまいりました。

声明は、まず、「プロジェクト開始後に現行システムの解析を実施の上、移行方針及びスケジュール等を確定するという契約」との記載し、契約の内容を示しました。

この引用部分からは、契約が、現行システムを「解析」してから、「移行方針・スケジュール等を確定」する2段階の内容になっていたと読み取ることができます。

声明は、次に、その契約内容に基づいて、日本IBMが「解析」と「移行方針・スケジュール等を確定する」に向けて行った動きを説明しています。

現行システムの【解析】を進める中で、提案時に取得した要求仕様書では把握できない、長年の利用の中で複雑に作り込まれた構造となっていることが判明したため、当社はNHKに対し、【解析】の進捗状況、課題およびそれに対する対応策を随時報告し、共にその対応を検討してまいりました。こうした中で当社は、同システムを利用する業務の重要性も鑑みて、NHK指定の【移行方針による2027年3月まで】の安全かつ確実なシステム移行には【リスクを伴うことを伝え】てまいりました。そして、2024年5月に、従来の納期のもとで品質を確保した履行は困難であることを報告し、【取りうる選択肢とそれぞれの利点およびリスク等を提示】いたしました。 NHKは、これをふまえて契約を解除することを決定されました。

この引用部分からは、日本IBMは契約の内容どおりに「解析」し、「移行方針・スケジュール等を確定」するために、NHK指定の「移行方針である2027年3月」までの安全かつ確実なシステム移行には「リスクを伴うことを伝え」、「取りうる選択肢(おそらくリスク回避策の意味だと思います)とリスク等を提示した」とやるべきことはやっていた、ところが、NHKはこうしたリスクの提示を受けたにもかかわらず、当初の移行方針である2027年3月のスケジュールの時期の延伸を譲歩せず、日本IBMとの契約を解除した、というストーリーが読み取れます。

これらの内容を読むと、潜在的な顧客が日本IBMに対して負の印象を抱くことは回避できたのではないかと思います。

そういう意味では、危機管理広報としては成功したと思います。

広報の訴訟への影響

もちろん、こうした声明を出したからといって日本IBMが訴訟で勝つとは限りません。

声明の内容で示された契約の内容の読み方が正しいのか、契約前中後でのお互いのやり取りがどのようなものだったかは部外者にはわからないからです。

そもそもシステム開発を巡る訴訟は論点やその解釈が多岐にわたりやすく複雑です。

お互いの主張内容によって、訴訟での争点は変わります。

ちなみに、システム開発に関する紛争を勉強するには、「システム開発訴訟」「システム開発紛争ハンドブック」の2冊が、過去の裁判例が多く整理・紹介されていてわかりやすかったです。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
error: 右クリックは利用できません