阪神淡路大震災から30年。自然災害への備えに関する企業の危機管理とその責任(安全配慮義務、安全確保義務)はどの程度の質・程度を伴う必要があるか。大川小学校事件控訴審判決を参考に考える。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2025年1月17日をもって阪神淡路大震災の発生から丸30年が経ちました。

当時は大学2年生だったのですが、テレビから流れてくる惨状を見て酷いショックを受けたと同時に、実家が被災した大学の悪友1名に仲間で義援金を渡したところ、その友人がその義援金を競馬で倍増させていて驚いたことを今も鮮明に覚えています(今でも仲間で集まったときにはネタになっています)。

また、よくあの震災から2か月でセンバツ高校野球を開催できたなと今でも不思議に思います。

さて、今日は震災に関連して、自然災害への備えに対する企業の責任を取り上げます。

自然災害への備えと企業の責任

取締役(会)は内部統制構築義務の一環として「損失の危機管理体制」を構築する義務を負っています。

そのため、自然災害への備えとして事業継続計画(BCP)や自然災害を想定した避難マニュアルなどを策定している企業は多いと思います。

問題は、どの程度の質・程度の伴った事業継続計画(BCP)、避難マニュアルなどを策定すれば、企業は「損失の危機管理体制」を構築したと言えるか、内部統制構築義務を果たしたと言えるか、です。

大川小学校事件控訴審判決

参考になるが、東日本大震災に関連して石巻市と宮城県の責任が問われた大川小学校事件の二審判決です(仙台高判2018年4月26日。なお、一審;仙台地判2016年10月26日、上告審;最決2019年10月10日)。

大川小学校事件とは、東日本大震災後の津波により、石巻市立大川小学校に在学していた児童74名と教職員10名が死亡した事故に関して、その遺族らが安全配慮義務違反等を主張して石巻市と宮城県に国家賠償請求訴訟を提起したケースです。

安全配慮義務に関して裁判例が言及したポイントは以下の4点です。

  1. 市教委は市が処理する教育に関する事務を管理・執行する者(地方教育行政法23条)として、校長、教頭及び教務主任は大川小の運営に当たっていた市の公務員として、学校保健安全法に基づき、本件地震が発生する前の2010年4月末の時点において、その当時、2004年3月に宮城県防災会議地震対策等専門部会が作成した報告において発生が想定されていた地震(本件想定地震)により発生する津波の危険から、大川小に在籍していた108名の在籍児童の生命・身体の安全を確保すべき義務を負っていたものであり、その安全確保義務は、2010年4月末の時点においては、個々の在籍児童及びその保護者に対する具体的な職務上の義務(本件安全確保義務)を構成するに至っていた。
  2. 市教委は、2010年4月30日までに、本件危機管理マニュアルを含む大川小の平成22年度教育計画の送付を受けたから、同年5月1日以降、本件危機管理マニュアル中の第三次避難に係る部分に不備のあることを知ることができたにもかかわらず、本件危機管理マニュアルの内容を確認せず、大川小に対し、その不備を指摘して是正させる指導をせず、大川小においては、市教委から派遣された指導主事から、本件危機管理マニュアルの内容について、何らの指導、助言も受けなかったものであり、これは、市教委による本件安全確保義務の懈怠に当たる
  3. 校長等は、学校保健安全法29条1項に基づき国賠法1条1項にいう違法を根拠づける職務上の注意義務として成立した本件安全確保義務(本件危機管理マニュアル中の第三次避難に係る部分に、本件想定地震によって発生した津波による浸水から児童を安全に避難させるのに適した第三次避難場所を定め、かつ避難経路及び避難方法を記載するなどして改訂すべき義務)を懈怠したというべきである。
  4. 校長等が本件安全確保義務を履行していれば(本件危機管理マニュアル中の第三次避難に係る部分に「バットの森」を定め、かつ避難経路及び避難方法について、三角地帯経由で徒歩で向かうと記載してあれば)、被災児童が本件津波による被災で死亡するという本件結果を回避することができたと認められるから、本件安全確保義務の懈怠と本件結果との間に因果関係を認めることができ、したがって、校長等は、本件安全確保義務を過失によって懈怠したものであって、国賠法1条1項にいう違法の評価を免れないから、被告らは、原告らの損害を賠償する責任がある。

「想定されていた地震」という表現は、取締役・取締役会の内部統制構築義務に関連する日本システム技術事件判決の「通常想定される不正行為を防止できる程度の管理体制」との表現と同じ意味と言って良いでしょう。

想定できるなら、取締役・取締役会は、それが地震などの自然災害であろうと不正行為であろうと結果の回避(防止)をしなければならない、ということです。

なお、日本システム技術事件判決は過去の記事で何度か解説していますので、そちらを参考にしてください。

企業に求められる自然災害への備えの質・程度

大川小学校事件控訴審判決は国家賠償請求や学校保健安全法などが安全確保義務などの根拠法令になっていますが、企業の場合、会社法の内部統制構築義務(損失の危機管理体制構築義務)、従業員との雇用契約に基づく安全配慮義務と置き換えて理解することができます。

そうすると、企業の場合は、

  1. 取締役・取締役会は、自然災害が発生する前の時点で想定される自然災害の規模・内容と、それに伴う二次災害、三次災害の危険から従業員の安全を確保する義務がある(安全配慮義務)
  2. 取締役・取締役会は、現場で作成された事業継続計画(BCP)や避難マニュアルがあれば、その内容を見て想定される自然災害に照らした不備を知ることができたから、不備を指摘し改訂させる義務がある(損失の危機管理体制構築義務)
  3. 想定される自然災害に照らした事業継続計画(BCP)や避難マニュアルの改訂をさせていなければ、取締役・取締役会の安全確保義務違反である(安全配慮義務違反、危機管理体制構築義務違反)
  4. そうした改訂をしていれば想定される自然災害が実際に発生したときの死亡等の結果を回避できたから、死亡等の結果が生じたときには取締役・取締役会には任務懈怠責任がある

と整理することができます。

昨年元日に能登半島地震が発生し、2025年に入ってからも南海トラフ地震が発生するなど、現在は、次なる大規模震災が想定されている状況です。

そうだとすると、企業は次なる大規模災害に備えて、事業継続計画(BCP)や避難マニュアルなど従業員の生命を守るために策定した社内規程類を見直し、必要に応じて改訂しなければいけません。

もし仮に改訂せずに、想定される次なる大規模災害に対応できずに死傷者が発生してしまったときには、取締役・取締役会の責任です。

阪神淡路大震災から30年というこの機会を大事に取り組んでいただければと思います。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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